第11話 実習開始
ヨールに到着した翌日、俺たちは準備を整え集合場所に集まっていた。
今日から早速実習に入るようで、俺たちは6人程度のグループに分けられていた。
流石に今回はみんな同じグループにはならず、たまたま同じグループになったのはリラだけだった。他の人は全員初対面だ。
「さて、我々もバスに乗ろうか。」
グループの指揮を取ってくれる先輩がそう言う。
今日の行先は、魔獣の被害が確認されている森林である。
森林と言っても、かなり浅い場所を広く探索し弱い魔獣を狩るだけらしいので、あまり固くならずたもいいと言われた。
それでも俺は油断しないように、荷物の点検を始める。
あまり大荷物にならないように制限はしてきたつもりだが、それでもそれなりの量になってしまった。
まずは非常用の水と食料、それに魔法銃のバッテリーと予備、さらにそれから便利なロープやアイテム、そしてお守りにガルから貰ったナイフと拳銃などだ。
このナイフと拳銃だが、ナイフの方はよく調べてみると、そこそこ良い金属で出来ているらしく、耐久性も高いようだ。
拳銃の方も、銃関係に詳しいシイナに聞いてみると大興奮で説明してくれた。
確か大昔に発見された希少なモデルで、六発の弾倉と比較的長いバレルが特徴的だ。
デザインも個人的に気に入っており、大事にしている。
今回至急された装備は、アサルトライフル型の旧型魔法銃だった。
形はM4A1カービンによく似たシンプルなデザインだ。
確か名称は【アイグマイナ1型】だったな。
汎用性が高く、威力も高い武器のようだ。
これなら、森での活動にも支障がなく、活用が可能だろう。
しかし、バスの順番待ちが結構長い。
何かあったのだろうか。
俺はすこし不審に思うが、あまり気にせずに確認を再開する。
「はあ…かっこいいですわアストさま!」
そんな俺の耳に、あまり耳障りの良くない甲高い黄色の声が入ってくる。
そちらにジト目を向けると、そこには本当に軍服か?と思うほどにおかしな格好をした少女がいた。
同じグループの人物、たしか名前はクルナと言ったはずだ。
その格好は白色の軍服用のズボンを改造してスカートにしてあり、髪型は明るい金髪をファンタジーでよく見る縦巻きロールにしていてとても機能的には見えない。
(誰も何も言わないのか?)
そう思い先輩を見るが、チラチラうるさそうに見てはいるが、声をかける様子はない。
俺のグループには他にも2人の訓練官がいるが、どちらもクルナの取り巻きらしく、苦笑いをしつつも注意する気配はない。
どうしようか、あまりにうるさいと他のグループから苦情が来そうだが、いきなり注意するのも難易度が高いな…。
「…うるさい。」
ボソッ、そんな効果音がつきそうな程小さく、それでいてハッキリ聞こえる思いを込めたリラの言葉が、喜声を上げていたクルナをピタッと固める。
「貴方、今何か言った?」
「…はぁ、うるさい。」
「な、何よ貴方!初対面でいきなりため息なんて失礼よ!それにうるさい?私が誰だか分かってるの!!」
流石リラさん、クルナに詰められても顔色ひとつ変えずに流している。
マジパネェっすわ。
「さぁ、順番だ。みんな遊んでないで行くよ。」
リラとクルナがヒートアップする寸前、辛うじて先輩が二人を止める。
クルナはリラを思い切り睨んだ後、渋々という様子で引き下がった。
(しかし、なんで先輩は彼女をギリギリまで止めなかったんだ?)
クルナの不遜な態度と何か関係があるのだろうか、そんなことを考えながら俺は先輩たちの後に続いた。
目的地の森へは、バスで十数分もすれば到着した。
森は鬱蒼としており、木が絡み合っていて視界も悪い。
そのためこういう場合は、周囲を警戒し奇襲に備えながら進まないとならない。
だというのに…
「じーー〜」
後ろからついてくるクルナが、俺の隣にいるリラをずっと睨んでいるのだ。
俺としてはくだらないことをしてないで警戒しろ、と言ってやりたのだが、周りの様子を見るとそれはあまり得策ではないようだ。
バスで移動する最中、こっそり先輩に彼女のことを聞いてみた。
すると、彼女の親が軍に多額の寄付をしているスポンサーらしく、その関係で彼らも声をかけずらい事が分かった。
しかも、彼女の親が財閥主だからといっても金に物を言わせた裏口入学のようなものではなく、きちんと実力で訓練官になっているのも厄介なところらしい。
なので、あまり厄介事を抱えたくない俺は、リラに何か頼まれるまでは傍観することにした。
「キャ!」
微かな悲鳴の後、どすんと何かが転ぶ音がした。
後ろを見ると案の定、クルナが顔から地面へ倒れている姿が見えた。
「だ、大丈夫ですかクルナ様!」
「ええ、平気よ。全くなんでこんな湿った森に入んないと行けないのかしら。足元も不安定だし、服は引っかかるし!」
(絶対その格好が悪いだろ。)
俺は後ろの会話にこっそりツッコミを入れた、その時。
「……………!?」
それまで苦笑いしつつもクルナを傍観していた先輩が、突然何か違和感を感じたかのように止まり、俺とリラはそれにいち早く反応し停止した。
後ろのクルナや取り巻きたちも、何が起こったのか分からないような顔をしながらも停止した。
「ちょっと、何止まってるのよ。」
クルナが後ろで何か言うのをスルーしながら、俺は周囲の木を調べる。
すると、そこである痕跡を発見した。
「先輩、これを見てください。狼型の爪痕です。」
「何!?本当だ、こんな浅い所に何故…。」
「ここにもある、総数はかなりの数になるかも.......」
俺の報告にリラの言葉が重なる。
森に入ってからまだ十分も経過していない場所での痕跡の発見。
それは森の奥地からかなりの魔獣たちが降りてきていることの証拠だった。
「まずいな、これはいち早く報告しないと…。」
先輩が事の重大さを察知し、無線で連絡を取ろうとしたその時、彼の後ろでギラついた眼光が煌めいた。
「危ない!!」
俺の警告の直後、数発の発砲音と何かの悲鳴が森へ響いた。
どうやら、リラが眼光のあった場所に目掛け攻撃してくれたようだ。
「あ、ありがとう、どうしたんだ?」
「森の中に何かがいました。今確認します。」
俺は先輩にそう伝えながら、銃を構えながら茂みを覗く。
そこには、エネルギー弾を頭にうけ絶命している狼の姿があった。
「こいつは、ボルクか!他の個体は?」
「俺が見たのはこいつだけです。他は…おそらくもう既にここにはいないでしょう。」
ボルクという名の魔獣は、小型中位に位置する群れ型の魔獣だ。
魔獣の種類にはいくつかあり、大きさは小型、中形、大型に分けられ、それに下位、中位、高位のクラスがつく。
ボルクは主に群れで人を襲う魔獣であり、それでいて狡猾で残忍である。
「おそらく、先程の個体は偵察か奇襲を目的にしていたのではと思います。」
「ああ、奴らは頭がいいからね。本部に連絡しよう。」
先輩とそう話した後、先輩は今度こそ無線で本部へと連絡した。
俺はその間周囲を警戒するため、森の影を見渡した。
瞬間、絶句する。
「な、なによこいつら…。」
クルナたちも直ぐに気づいたらしい。
自分たちの周りを無数の眼光が取り囲んでいることに。
「敵襲!来るぞ!」
俺の叫びが終わるや否や、眼光たちは森の影から飛び出し、その狼の体を露わにする。
「い、いや!来ないで!」
クルナは混乱したのか、ボルクが襲ってくる方向にがむしゃらに銃を撃ち始めた。
だが、銃は撃てば当てるものでは無い。
ましてや構えも何もなっていないような射撃では、文字通り蚊も殺せない。
ボルクたちは銃弾の雨をかいくぐり、クルナたちの喉元へ食らいつこうと飛びかかる。
「いやぁ!」
「…フッ」
だがその前に、リラのナイフがボルクの喉元を掻っ切った。
「体勢を崩すな!しっかり構えないと当たらないよ!」
こんな時ばかりは親の身分など関係ない。先輩の指示にクルナはハッとしたのか、きちんと構えを直し、撃ち始めた。
俺は周囲を軽く見回す。
敵の数は見たところ十体以上、下手すれば木の影にも潜んでいるかもしれない。
速攻で片付けなければ犠牲が出てしまう可能性もある。
俺は先輩を後ろから襲おうとするボルクに向かって、自分の魔法銃を構えて放った。
距離は1メートル未満、その距離ならば俺でも当たる。
俺の放ったエネルギー弾が、ボルクの横っ面に直撃し、脳漿をぶちまけた。
「あ、ありがとう」
「大丈夫です。まだまだ敵はいますから、気をつけて行きましょう。」
俺は軽く先輩と言葉を交わし、それから懐からガルのナイフと拳銃を取り出すと、そのままボルクたちの群れへ襲い掛かる
それから数分たった頃、そこにはボルクたちの死体が散乱していた。
こちらの被害は皆無であり、多少軽い怪我などをした人もいたが、幸い重症を負ったものはいなかった。
相変わらず俺の銃は1メートル以上離れたら当たらなかったよ…
「…一応、礼を言っておくわ、ありがとう。」
事が済んだあと、クルナがリラへ恥ずかしがりながらそういった。
しかし、リラは不可解な顔をしながら首を傾げた。
「私はそこにいたゴミを片付けただけ。別に礼を言われる筋合いも理由もないけど?」
「な!あ、あなた…!!」
クルナが小さな怒りに震える中、俺は先輩と共に状況を整理していた。
「本部に連絡をとってみたところ、色んな場所で異常事態が起きているみたいだ。早く戻った方がいいだろう。」
「そうですね、魔核を回収してから帰還しましょう。」
俺は懐から剥ぎ取り用のナイフを取り出すと、そこらに転がっているボルクの死体のひとつに刃を入れた。
魔術エネルギーが生成される魔核は、大半が魔獣の心臓の位置にある。
今回はあまり時間がないので、肉や骨を無視して心臓をむき出しにするが、普通は骨や肉も一緒に剥ぎ取り売買する。
取り出したボルクの魔核は、暗い朱色をしており、あまり綺麗だとは言えないものだった。
俺はそれを腰にあるエネルギー製造機に放り込んだ。
エネルギー製造機とは、魔術銃を使う際に必要なエネルギーを充填し、さらに魔核をそのままエネルギーへと変換することができる機械である。
魔術銃のバッテリーを繋げば、補充も可能である。
防衛軍人の基本装備の一つだ。
「あらかた回収したな。」
「はい、それじゃあ一時撤収しましょう。」
俺はいがみ合うリラたちを連れて森を後にした。
○●○●○
森から出るとそこには、俺たちと同じように森から出てきた訓練官たちが集まっていた。
そこに見覚えのある赤髪を見つけた俺は、そいつに声をかける。
「カルア、無事だったか。」
「おお、ネウとリラちゃんこそ、大丈夫だったか?」
「ああ、大事はなかった。それよりも、何があったんだ?」
俺がそう問いかけると、カルアは俺に初めて見せるような真面目な顔で話した。
「それが、森の奥地から、大量の魔獣たちが街へと攻めてきているみたいなんだ。」
「なに!?」
カルアの言葉に俺は驚愕する。
話を詳しく聞くと、一時間前に本部が多数の魔獣たちを補足したらしい。
その数はおよそ数百、大型低位の魔獣も確認された。
決して楽観視できるものでは無い。
まるで4年前の事変の再来だ。
「だから俺たちは、素早くバスで砦まで戻って、防衛するんだとさ。全く、こんな非常事態三期もいたのに初めてだぜ、緊張するわー。」
カルアはそう軽く答えるが、本心はどうなのか。
少なくとも俺は今、極度の緊張にある。
四年前のあの日、俺は一度死にかけた。
その時の恐怖と痛みは今でも忘れられない。
だが、それ以上にあの少女の後ろ姿が、目に焼き付いて離れないのだ。
(同じ過ちは、絶対にしない)
俺は決意と緊張と共に、ヨールの砦へと戻るため、バスへと乗り込んだ。
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