第10話 思わぬ再会

 大規模実習の噂を聞いて一週間後、俺たち訓練官は首都にある本拠地の前に集まっていた。


 これから大規模実習のために、それぞれが決まった街に向けて出発するのだ。


 俺は最南端にある街ヨールという街に行くことになった。

 ヨールはこの国では一番硬く大きな城壁を持っており、それで毎年多くの魔獣の脅威から人々を守っているらしい。


 目的地までは、軍が所有する輸送車を使って運ぶようだ。

 その大きさはちょっとした観光バスほどはあり、それでいて魔術で硬く防御されているようだ。

 改めてこの世界の魔術文明の発達に目を見張る。


「どうしましたか?早く乗りましょうよ。」


 ふと後ろから声が聞こえてくる。

 それに俺は「ああ、」と答えながら思う。


(まさか、全員同じ場所になるとはな…。)


 俺は後ろを振り返る。

 そこには俺と同じ寮の面々が揃いに揃っていた。



 バスの内部、そこはバスというより列車のような席が向かい合う構造になっていた。


「てか、こんなにみんな固まるってなかなかないよな?」


 カルアがふとそう呟く。


「まあ、顔を知っている人がいた方が気が楽ですしね。」

「そ、そうですね。」

「マナは前期あまり友達が出来ませんでしたものね。」

「い、言わないでください!」

「その言葉は僕にも刺さるよシイナ…。」

「すみません気が効きませんでしたね。もっとオブラートに包んで…二人とも陰キャですしね。」

「おい待てオブラートどこいった。」


 容赦ないシイナの言葉に二人の死傷者が出たところで、カルアがどこからともなくトランプを取り出した。


「じゃじゃあーん、これで暇潰そうぜ。」

「お、いいな。」

「やりますか、ババ抜きなら得意です。」

「僕も頭を使うやつなら自信があるよ。」


 みんながトランプを楽しむ中、リラは一人窓の外を眺めていた。


「リラはやらないのか?」

「……しない。」


 そう短く答えたリラは、それきり俺に目を合わせようとはしなかった。


「あ、俺もトランプやる。」

「いいですね。何をしますか?」

「ここは無難にババ抜きするか?」

「ポーカーなんかもいいね。」

「わ、私はなんでも…。」


 移動中はこうしてゲームをして過ごした。


 それから四時間あまり、そろそろ皆がトランプに飽きてきた頃、ようやるヨールの都市に着いた。


「ここがヨールか、首都とはやっぱり雰囲気が違うな…。」


 俺は一人街中を見ながら呟く。


 ヨールの街は、首都とはまた違う様子だった。


 首都バルチザンでは争いも知らないような人々がほのぼのと生きているような場所だったが、ヨールは歴戦の強者たちが日夜戦っているような熱い熱気を感じた。


 やはり、いつも魔獣と戦っているからだろうか…。


「ネウ君、支部の宿舎はこっちだよ。」

「ああ、今行く。」


 アノールの言葉に俺は頷き、後をついて行く。

 その俺の後ろには、俺たちと一緒に実戦に挑む他の訓練官たちの姿もあった。


 

 俺たちは案内された防衛軍の宿舎に荷物を預け終わると、いきなり広場へと呼び出された。


 そこでは、ここの先輩たちと思われる防衛官数名が俺たちを待っていた。


「よく来たな訓練官たち、私の名はグルス一等防衛官。この都市拠点の責任者である!」


 そう答えたのは、俯瞰そうな態度をした大柄の男性だった。


 身長は190以上はありそうで、軍服の色は明るい雰囲気とは真逆の漆黒だった。


 防衛官の階級は軍服の色が目印となる。

 五等なら白、四等なら茶、三等なら青、二等なら紫、そして一等は黒になる。

 だが、特等だけは数が本当に少ないらしいので、決まった色がないらしい。


「さて、君たちには明日から実戦に挑んでもらうのだが、それをサポートしてくれる助っ人を呼んでおいた。さあ、来てくれたまえ。」


 グルスはそういって並んだ防衛官の一人を呼び寄せた。

 

 反射的に俺はその呼ばれている軍人に目を向ける。

 そして、驚愕に目を見開く。


 そこには、見覚えのありすぎる金髪が映っていたからだ。

 

「どうも、本部より皆さんのサポートに来ました、アスト一等防衛官です。よろしくお願いします。」


 そこには、俺の知る彼とは大きく成長した、アストの姿があった。


 身長も伸び、体重も増えたであろう彼の姿は正しく軍人であり、その姿に俺は呆気に取られてしまう。


「彼は間違いなく史上最年小の一等軍人だ。参考になることも多いだろうから、どしどし頼るといいぞ!ワッハッハ!」

「グルスさん、それ普通本人が言うことですよ。まあ、いいですけど。」


 そういって肩を竦める姿が、幼い時に俺を諌める姿と重なる。


(間違いない、アストだ!)


 友人との思わぬ再会に俺の心は踊る。

 それからは、グルスの言葉は右から入って左から出るような調子で全く頭に入ってこなかった。


 グルスの口から終了を言い渡された途端、俺はアストの方へといち早く駆け寄ろうとした。


 が、それは多人数の大きく厚い壁に阻まれる。


「キャァァ!アスト様よ!握手してください!」


 それは訓練官の少女たちだった。

 パッと見数十人はいそうな女子たちが、アストの周りを囲んでいるのだ。


「あはは、ちょっと、みんな押さないでね。」


 アストの身長は比較的高く、何とか頭が陣集から飛び出て見えるが、その顔は困りながらもどことなく嬉しそうだ。


「めっちゃモテてるのか、すげぇな。」


 俺は素直な感想を吐き出した。

 俺の顔はこの世界では平均ほどのようであまり女子から声をかけられることはなかったが、アストの顔は男の俺から見てもかなりの美形であり、人気が出るのは至極当然のように思えた。


 俺は女子たちが満足するまで待とうと思いなんとなくその様子を眺めていると、「ゴホン」という咳払いの後に、女子たちの波が二つに割れた。


「これはこれは、アスト一等防衛官殿、私は今期の五等防衛官たちの教官筆頭のグライだ。よろしく。」

「ああ、どうもアストです。ご丁寧にどうも。」


 そこには、俺の見知る教官たちが、アストに恭しく接していた。


「アスト殿の噂はかねがねお聞きしております。養成校を二年で卒業し、一週間で四等、さらには二年で一等まで登りつめた天才と。」

(は?)


 いつもの高圧的でない教官の言葉に、俺は耳を疑った。

 俺が今チビチビ稼いでいるポイントを、たった一週間で達成したと言われ、現実味がなかったのだ。


「いやいや、僕なんて周りの人にサポートされてやっとですよ。」

「これまたご謙遜を。」

「アハハ。」


 教官の言葉にアストは苦笑いをしつつも、それを否定はしなかった。


「…………。」


 教官たちが去り、またも女子たちがアストへ群がる中、俺はゆっくりとその場を去った。


 アストに合わせる顔が、俺にはなかったのだ。


 


 なんとなく自室に戻る気がしなかった俺は、人気のない裏路地に腰掛けた。


「…なにやってんだろ、俺。」


 俺は自分の情けなさに悪態をつく。

 アストはとんでもない努力したのだろう、出なければあれほどの人気や信頼を勝ち取ることなど出来やしないから。


 女子たちにはモテて、教官には認められ、一等防衛官として活躍する。


 そんな親友の姿を見て、嬉しさより妬ましさが勝ってしまう自分にとことん嫌気が指した。


(俺だって努力してきた、なのになんでアイツの方が成功して俺は上手くいかないんだ。)


 正当性の欠けらも無い暴論が俺の中に渦巻く。

 

(アストは俺なんか目にないほど必死に努力してきたんだ、そんな奴に俺が勝てるわけがないだろ…)


 そういって心の暗い膿を沈めようとするが、俺のイラつきは変わらず止まらない。


「ハア…」


 俺は大きなため息をついた。

 そんな俺の目の前を、誰かが横切った。

 

「……………!!」


 ふと顔を上げると、そこにはフードを深く被った人物がこちらを見ていた。

 

 フードの影で顔を見ることは出来ない、だが、その人物にはどこか懐かしいような、変で異様な感覚を抱いた。


「お前は、今日来た訓練官か?」

「あ、はい。」


 俺が咄嗟にそう答えると、謎の人物は懐から果物を取り出すと、俺に放り投げてきた。


「え、あ、ありがとうございます…。」

「いい。それと、先輩からのアドバイスだ。そんな辛気臭い顔してると、心意気まで腐ってしまうぞ。」


 その言葉はドロドロした何かが溜まる俺の心に、スっと染み込んだ。


 人物はそのまま振り返らずにどこかへ去っていったが、俺はその背中を見えなくなるまで眺めていた。


 彼がくれた果物は、なんの変哲もないリンゴだった。


 だが、それをかじるとスッキリした酸味が心の清涼剤のように作用し、心を癒し、軽くした。


「…こんな奴が、アイツの親友でいいのかよ。」


 俺は意を決すると、リンゴを芯まで一気に噛み砕くと、宿舎へと戻った。


(今の俺がアイツに負けてるなら、これからの俺が何倍も頑張ればいい。)


 それは恐らく辛いことだろう、だがそうしなければアストと同じ場所に立てないのならば、俺は喜んでそこに飛び込もう。


 そう静かに決めた。

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