第9話 大規模実習
今期の新人訓練官たちが入団してから、はや1ヶ月。
俺は、少しずつではあるが点数を稼いでいた。
俺の得意分野は主に体術・格闘分野、座学なら数学や理学などであった。
俺は現代日本の記憶を保持している、そのため義務教育や高等学校までの勉強の内容も把握している。
なので、計算や理学にはあまり苦戦しなかったのだが、その一方でこの世界の歴史や言語には疎かった。
まあ、それを補うために復習や予習を頑張ってはいるのだが、それでも射撃の致命的な遅れを取り戻すのには難しく、進捗は微々たるものだった。
それに比べ、同寮の仲間たちの成果は目を見張るものだった。
カルアは元々成績が悪かった訳ではなく、男女関係でなにかと問題を起こしたり、ルールを違反したりの減点が積み重なって未だ訓練官の位置にいるらしい。
なので、座学ではいつもトップ20には入っており、実技でも才能を遺憾無く発揮している。
アレで女遊びが無ければ普通に優秀なんだけどな…
遊び人のことは置いておいて、シイナも最近成績が上がったという話を聞いた。
シイナの得意分野は射撃、座学は歴史や理学を得意としていた。
特に射撃、とうより銃には深い思い入れがあるようだ。
つい先日のこと。
俺が週に一度の休日に寮でゆったりとしていると、シイナが何かをいじっていることに気づいた。
「何をしてるんだ?」
「コレクションの整備です。これはワルサーという名前の拳銃なのですが…」
シイナが手に持っていたのは、どこか見覚えのある形状をした拳銃だった。
ああ、そうだ。確かアニメの怪盗三世に出てきたやつだ。
「ああ、俺それ知ってる…」
俺が軽い調子でそういうと、椅子に座っていたシイナの顔がぐるりとこっちを向いた。
正直めっちゃ怖かった。
「興味ありますか?」
「え?あ、うん?」
咄嗟にそう答えたことを、俺は数分後に後悔した。
その場にいたはずマナやアノールといった人物たちも、シイナの様子が変わるやいなや速攻どこかへ立ち去っていった。
その答えは、今ならば分かる。
シイナはドがつくほどの銃器オタクなのだと。
「こちらの拳銃は数十年前に発見されたものを忠実に再現し、さらには改良を加えたまさに遺物であり、さらにさらには──」
そのような話が一時間は経つ頃、俺は大半の話を聞き流して相づちを打つことに専念していた。
シイナはどうやら常日頃はクールに務めているが、自分の好きな話題になると日頃の鬱憤を吐き出してしまうようだ。
その気迫には、俺でも止められないほどだった。
いや、止めようと思えば止まられただろう。だが、あまりに楽しそうに語るシイナを見ていると、少しくらいいいかなと思ってしまったのだ。
まあ、さすがにそれから数時間シイナの話が続くとは思ってもいなかったが。
ああ、そういえばマナも最近成績が上がったという。
彼女の得意分野は医学や理学、それに文学などの座学系統だ。
特に医学や治療系の分野となると、とても頼もしくなる。
その反面、実技の体力等は平均以下だが。
アノールの得意分野は射撃、それに歴史や文学などだ。
彼の部屋には数え切れないほどの本が保管されており、俺もたまに貸して貰っている。
あと、最近では自分の入れた紅茶を飲んで研究をしているそうだ。
これで紅茶の味が上がってくれると嬉しいのだが、あんまり期待はしないようにする。
リラは言わずと知れた天才。得意分野は全て、苦手分野はなしの超オールラウンダーである。
その中でも射撃と体術は群を抜いており、今の訓練官たちの中でもダントツである。
ただ、最近では何かを焦っているかのような必死な様子が少し気になる。
あ、あと飯時には1番早く椅子に座ってスタンバイしている。
そんなにカレーが美味しかったのだろうか…
そんな訓練官生活をしている俺たちの元に、ある噂が流れてきていた。
◆◇◆◇◆
「大規模実習?なんだそれ。」
授業中、俺は隣に座るカルアにそう聞き返した。
聞き馴染みのない言葉だったからだ。
「大規模実習っていうのは、簡単に言うと訓練官全員で行う実戦のことだ。」
カルアがいうには、一年に数回行われる大規模実習では、本物の魔獣と戦うことになるらしい。
そして、魔獣を倒せば倒すほど点数が貰えるのだ。
「いい成績を残したら、点数ががっぽり手に入るらしいぜ!」
「そこ、うるさいぞ。」
無駄話をしていると、担当の教官に注意されてしまった。
カルアが必死に謝っているのを横目に、俺は考える。
(もし、その実習で沢山点数を手に入れたら…正式な防衛官になれるかも!)
今の階級から上に上がるためには、相応の点数が必要だ。
五等から四等に上がるならひとまず100点が必要であり、今の俺の持ち点は30か40点程度だ。
つまり、演習で70点以上の点数を獲得しなければならないということだ。
あまりにも膨大だが、チャンスであることには変わりない。
(燃えてきた!!)
俺はひっそりと大規模実習のための策を練るのであった。
○●○●○
「大規模実習のことを聞きたいんですか?」
「ああ、色々聞いておきたいんだ。」
全ての授業を終えた俺は寮へと帰り、シイナやアノールたちに実習のことについての話を聞いていた。
本当はカルアに色々と聞こうと考えていたのだが、当人が「俺よりシイナやアノールに聞いた方がいい」と申し出たのだ。
そのあと女性たちを連れてどこかへと消えていったが、あまり気にしないでおく。
「そうですね、ではまず実習の詳細から話しましょうか。」
俺の頼みにシイナは快く応じてくれた。
「まず、実習を開始する前に訓練官たちは四つのグループにランダムで分けられます。そこから、東西南北の都市に赴いてそれぞれ実習を始めることになります。」
授業で習った通りならば、俺たちの国には東西南北の端にそれぞれ大きな都市があったはずだ。
そこでは毎年魔獣の目撃例が多く、そのため他の都市よりも大きな基地があるのだ。
「実習では主に野外でのサバイバルの基本や応用、そして魔獣との実戦が行われます。」
「………………っ。」
実戦、その言葉に俺は軽度の緊張を覚える。それと同時に、あの時の身体中を砕かれたような痛みをも蘇った。
魔獣は今でも怖い。
それは一度殺されかけたからだけではなく、その凶悪な牙が自分の身近な人や助けられたはずの人にも突き刺さること全てに対するものだ。
「まあ、実戦と言っても私たちの時は捕獲されて弱った小型の魔獣を撃ち殺すような感じでしたので、あまり心配する必要はありませんよ。」
「…そうか。」
シイナはそういっておどけたように話すが、俺の不安はそう簡単には拭えなかった。
「そういえば、シイナたちって何期前の訓練官なんだ?」
俺はそんな感情を無理やり飲み込み、ふと思った素朴な疑問を投げかけた。
それを聞いたシイナは頬をかいて苦笑いをするとおずおず答えた。
「ええと、恥ずかしいのですが、私とアノールは二期まえの訓練官なんです、一応言うとマナは1期前です。」
「それの何が恥ずかしいんだ?」
「普通の訓練官たちなら2ヶ月や3ヶ月あれば4等に上がれるのですが、私たちはあまり成績が良くなかったのと、頻繁に違反をしてしまうので、なかなか昇級できないんです。」
「違反って何したんだ?」
俺がそう問いかけると、マナ以外の2人が揃って俺から目を逸らした。
「おい」
「いや、違うんです。倉庫の整理をしていたら偶然レアな銃器があって、それで一つくらいバレないだろう…て。」
「僕も以前に色々あってね、質のいい茶葉が入ったって聞いて居ても立っても…。」
二人ともそんな言い訳をうわ言のように呟いていた。
「まあ、なんだかんだ言って一番先輩なのはカルアさんなんですけどね。あの人は三期まえの訓練官ですから。」
「え、そんな前から?いったい何をやらかせばそんなことに…」
「女性関係ですね。」
「…実は大体予想はついてた。」
俺は今も女性と遊んでいるであろう男に呆れ、そして来るであろう実戦に向けて、静かに決意を固めるのだった。
◇◆◇◆◇
月夜に隠れる一室、そこには二人の男性が向き合うように座っていた。
「で、あれから1ヶ月。凶刃の子のようすはどうなんだ?」
鋭い目付きに髭を蓄えた男は、対面に座る豪華な男にそう問いかけた。
それに対し問われた男は注いだ茶を飲みながら答える。
「ボチボチとではあるが確実にスコアを稼いでいるようだ。あの調子ならあと数ヶ月あれば昇級できるだろうな。」
「…遅すぎる…」
鋭い男が呟く。
その言葉続けば続くほどその声な荒ぶりを見せる。
「いつ奴らが攻めてきてもおかしくないような時期だぞ。それをあと数ヶ月持たせろ?正気か?そもそも、あの凶刃の倅だからといって、あの小僧も凶刃並とは限らないだろう!」
静かな部屋に怒号が響くが、対面する男はひどく冷静だった。
それはどこか場を静観しているような、一つ上の位階の人間の様だ。
「いや、彼は間違いなく逸材だ。ただ、彼の力が防衛軍に合っていないのが少々問題だが。」
「…というと?」
「まず、彼が持つのは驚異的な近接戦闘センス。これはあのガルをも超えるほどらしい。奴の手紙に書いてあった。」
「その程度ならば、探せば他に何人もいるだろう?」
「慌てるな、ここからだ。」
話す男─ジェラサムは静かに笑う。
その微笑には、対面する男も軽い悪寒を覚えた。
「私の部下の話では、彼は四年前の第一次大規模魔獣災害で救出されたらしい。そして、その時当時十歳だった彼の傍には、瀕死のレイブがいた。」
「レイブ!あのクソ獅子か!それが瀕死だと?どういうことだ?」
レイブ、それは魔獣の一種であり、その中でも凶暴で残忍な種の一つであった。
「つまり、十歳のガキがレイブを瀕死まで追い込んだと?そんな馬鹿な話が…」
「あるだろう?同じ時期に同じ場所で、同じような事象が。」
「…なるほど、あの怪物と同類か。」
「ああ、恐らく彼もあの者と同じだろう、そして私たちともね。」
そういいながらジャラサムはカップに残った僅かな紅茶を飲み干す。
「加えて言うと、彼はレイブから救出される際に、かすり傷程度で済んでいたようだ。これがどれだけ異常なことか分かるかい?」
「…確かに、奴が我々の良い駒になる可能性もあるか。なら、あれのサポートは奴に任せるか。」
「ああ、そうしよう。」
月下の密談、それが日の目に出ることは、絶対にない。
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