第8話 唯一の武器
定期試験の二日目。
カルアによると、今日の試験は身体能力を測る類のものらしい。
まず、最初に俺たち六班が集められた場所は、運動場の端にある持久走レーンであった。
先に言っておくと、俺は運動神経が悪い訳では無い。
というよりむしろいい方なので、これについてはあまり心配はしていなかった。
が、身体能力について心配しまくっている人物が、俺の目の前にはいた。
「はあ…、走るのは嫌だな…。」
アノールだ。
彼の射撃と座学の成績は、訓練官たちの中でも上位に入るらしいのだが、それを引いてあまりあるほどの、運動音痴らしい。
「まあ、そんなこと言うなって。ほら、次は俺らの番だぞ。」
「ま、待ってくれ!まだ、まだ心の準備が!」
アノールはそう弱音を吐きながらカルアに引きずられていった。
一体どのようなことがあればあれほどのトラウマを植え付けられるのだろうか…
「……あ、」
自分の順番を待っていた俺は、男女に別れたうちの、女子レーンがたまたま目に入った。
そこに立っていた女子たちはほとんど見覚えがなかったのだが、一人だけ知った顔があった。
「リラ、か…。」
そこでは、相変わらず無表情に周りを見据えるリラの姿があった。
審判をする女性が、笛を鳴らす。
その瞬間、リラは信じられないほどの速度で走り出した。
「速い…!」
リラは100メートルの距離を、わずか6秒あまりの短時間で駆け抜けた。
「強いな、俺より断然…。」
俺が呟くその言葉、それはリラだけに向けたものではなかった。
それは寮みんな、訓練官の人達、みんな俺より射撃が上手く、勉強が上手で、運動神経も抜群。
たった二日で、俺のプライドにはヒビ割れが広がっていた。
「…ここから、ここからが本番だ。」
イーゴさんの言っていた言葉、アレはこれのことを言っていたのだ。
ここには国中から選りすぐりの天才たちが集まる場所だ。
それまで調子に乗っていた俺のちっぽけな自信なんて、所詮メッキに覆われたもの過ぎなかったのだ。
そして、その現実に心折れるか、折れぬかが…
「ここの分かれ目、だ。」
俺は今一度気合いを入れ直すと、自分のレーンへと向かっていった。
◆◇◆◇◆
持久走を終え昼食を食べた俺たちは、男女に分かれて体育館のような場所に集められた。
え、結果?ほとんど平均ですが何か?
「なぁ、これから一体何をするんだ?」
俺は教官に目をつけられない程度に声を抑え、カルアに質問した。
それにカルアは同じくらいにまで声を落として返答した。
「ああ、これからするのはみんなお待ちかねのイベント…模擬戦だよ。」
「模擬戦……?」
俺が聞きなれない単語に疑問を抱いていると、カルアは説明を続けた。
「模擬戦っていうのは、手っ取り早くいうと一体一で行われる決闘みたいな感じだ。ほら、あそこに変な機械があるだろ?アレが治癒魔術の結界を張る装置で、そこそこの傷でも直ぐに治るんだ。だから、ここでならお構い無しに暴れられる。みんな待ちわびてるのには、そんな理由があるんだよ。勝てば点数も貰えるしな。」
「…へぇ」
思ったよりも血の気が多いんだな、と思いながら俺は周りを見渡してみる。
すると、先程までとは少し違い、どことなく凶暴な雰囲気を漂わせた輩が増えた気がした。
「カルアは出るのか?」
「いや、俺はパス。そもそも俺は近接戦闘向きじゃないし、てかそもそも軍人に近接戦闘力いるか?って感じだからな。」
カルアはそういって参加する気配はないが、俺は出ようと思っていた。
聞いた話によれば、いい成績を残せば点数も与えられるそうだ。
射撃でやらかした俺にとっては、点が取れるものならば少しも逃したくないのである。
「じゃあ、俺行ってくる。」
「おう、がんばれよ。」
そういうとカルアは、近くの女性たちの元へ声をかけに向かっていった。
会ってまだ二日間の間柄だが、彼の性格は大体理解してきた。
彼は男とつるむのも好きだが、それ以上に女の子と遊ぶことが大好きなのだ、と。
受付を終え、早速模擬戦の試合が組まれた。
俺がいくつもある試合場の一つに向かうと、そこには身長190センチはありそうな丸刈りの巨漢が仁王立ちしていた。
その男は俺を見つけると、侮るような表情を見せると高らかに笑い始めた。
「おいおい、誰だよこのひょろひょろのガキは?悪いことは言わねぇから、さっさと寮に戻んな。」
「………………。」
その言い草にムカついた俺は、ついバカにするような表情で反論してしまう。
「ハッ、そんなこといって実はあんたが戦うのが怖いからじゃないのか?違うなら、さっさとやろうぜ。」
俺は巨漢の目をしっかりと見ながら、頭の中でガルやジルを思い描きながら高圧的に見えるように告げた。
すると、巨漢の目は遊んでいるような目から、獲物を狙う獣の目へと変わった。
「ハッ、そこまでいうならやらせてもらおうじゃねぇか。」
巨漢は俺の挑発に乗ると、試合台の上に登り構えをとった。
「………………フッ。」
俺は、その構えの堅さから男が決して弱くないことを察した。
だが、俺の顔からは自然と笑みが零れた。
俺も試合台の上に登り、足幅を半歩ほど開き、重心を低く、そして拳を硬く握りしめた。
「よーい、始め!」
審判係が合図した瞬間、男の巨体が急接近してくる。
「おらぁ!」
男は自らの拳を武器のように振り上げて、そのまま俺に打ち付けようとした。
が、次の瞬間、その場の空気が震撼する。
「………!?」
男の体は、俺が軽く右に避けると、そのままの体制で崩れ落ちるように倒れた。
「な、何が…。」
「.......あんたが俺の間合いに入った瞬間、最速であんたの顎の先に一撃入れた、そんだけだよ」
混乱する男に、俺は軽々しくそう答える。
それが屈辱的だったのだろう、男はやっとこさ立ち上がると、先程よりも早い打撃を繰り出してくる。
「あまい!」
俺は打ち出す拳とは逆の方へ身を捩ると、そのままの勢いで、男の顔面に思い切り頭突きを叩き込む。
「グッ!…この野郎。」
男は頭突きの痛みが堪えたのか、今度は足を地面擦りながらジリジリと距離を詰めてきた。
先ほどの2撃がよほど効いたのか、その顔には焦りのような物が浮かばれている。
「へぇ、それなら」
「くっ!!」
俺はジリジリと近づいてくる男に向かって地面を蹴り、半ば不意打ち気味に男との距離をゼロにする。
「おら」
俺はほとんど密着した間合いの中、相手を自分の左肩でいなし、その間に右拳に力を溜め、一気に突き出した。
「グハッ!」
その拳は、男の横腹を抉るとそのまま勢いを殺さずに場外へと吹き飛ばした。
「…強ぇ。」
誰かの声が聞こえた。
そんな声に俺は、少しだけ、ほんの少しだけ誇らしい気分になった。
何故ならば、それは俺が唯一ガルに勝ると言われたものであるからだ。
〘近接戦闘の才能〙
それが俺の唯一最大の武器だった。
「グッ…結構やるじゃねぇか、お前。」
吹き飛ばした巨漢の男が、立ち上がりながらそういった。
「まだやるか?」
「…いや、今はお前の勝ちにしといてやるよ。だが、次は負けねぇからな。」
彼は最後にそう言い残すと、俺に背を向けて去っていった。
「さて、俺も次に備えるか…」
俺はそう呟きながら、試合場を後にした。
誰か知った人はいないかと周りを見渡してみると、カルアが驚いたような目で俺を見ているのを発見した。
「お、お前めっちゃ強かったんだな!驚いた」
「ああ、俺の武器ってこれくらいだからな、ちゃんと通用して良かったよ。」
カルアの素直な賞賛に、俺は安堵の声で返した。
実際、俺が他の人より抜きん出ているのは、この近接戦闘のみ。
他の種でとってしまった遅れを取り戻すためには、これ一本でもっと頑張らなければならないのだ。
そのため、もしこの技術が防衛軍で通用しなければ、もはや詰みといってもいい状況になっていただろう。
だからこその安堵、そして歓喜だった。
今までやってきたことは無駄ではなかった、そう思える瞬間だった。
俺は順調に勝ち進んでいた。
模擬戦の試合はトーナメント方式であり、勝てば勝つほど敵の強さも貰える点数も上がる。
だが一つ、俺にとっては重大なルールがあった。
それは、男女混合であることだった。
通常、それは男性が断然有利なルールである。しかし、今期に限っては違う。
「え、マジで…?」
優勝一歩手前の決勝戦、俺の目の前には絶望的な相手が立ち塞がっていた。
定期試験ほぼ全種目一位、色素の薄い髪をショートにしたスレンダーな彼女は、特徴的なツリ目を凶暴に研いで俺を睨んでいた。
(やばい、今までたまたま連勝できてちょっと調子乗ってたけど、そのバチが当たったのか?勝てる気がしないんだけど。)
女の子相手に何を情けない、そう思う人も世界にはいるだろう。
しかし、考えてもみよう。
リラの試験の結果は俺の知る限りでは訓練官の中で最上位に位置するうちの一人、運動神経も良く、頭もキレる、オマケに美少女。
勝てる要素がどこにあると言うのだろう。
「オマケに…」
俺はリラの方をチラ見する。
すると目の前には、相変わらず戦闘する気満々の鋭い目付きがあった。
やばい、あっちもヤル気だ。威圧感だけでも俺の事圧倒できそうな錯覚すらしてしまう。
「では決勝戦、よーい…」
しかし、無情にも審判は待ってはくれなかった。
俺は唇を噛みながら、奇襲に備えて防御を念頭にいれる構えをとった。
「始め!」
審判の合図の瞬間、リラは先程の巨漢と同じように、しかし比べ物にならないほどの威圧感を纏いながら加速してくる。
「…グッ!」
俺はなんとかリラの攻撃を防ぎ、致命的な一撃を貰うことだけを避けたが、それでもリラの攻撃は収まることがない。
腹を守れば顔を、顔を守れば腹を、そればかりに気を取られていると下半身や他の部位を狙われ連打を叩き込まれる。
パワーはさすがに俺の方が上だが、それも何発も食らっていられる差ではない。
(受けに回るのは危険か!)
「オ、ラァ!」
「……ッ。」
そう結論づけた俺は、隙を見てリラを力任せに蹴り飛ばすことに成功する。
そのまま場外へと出す勢いだったのだが、難なく踏ん張られてしまった。
だが、こちらも落ち着く時間が出来たので良しとする。
(守ってばっかじゃ一生ターンを継続される、何とかしてこっちのペースに持ち込まないと…。)
俺はリラとの間合いを意識しながら、ジリジリとすり足で近づいく。
たとえここでリラが先程の俺のように不意打ち気味に攻撃してきても、警戒していればカウンターでダウンさせることができるだろう。
さて、ここでリラはどのような判断をしてくるのか。
「………!?」
リラはその場から動かなかった。
その代わりに、リラは自分から距離を詰めることを諦め、拳を腰だめに構えて完全な一撃狙いに切り替えたようだ。
おそらく、このままリラの間合い入れば俺は無事では済まないだろう。
「…ふぅー。」
だからこそ、俺は自らも体に力を込め、集中する。
一瞬、それで決着をつける。
その心意気で俺は、体の奥底から力を流し拳へと集める。
会場の緊張感が少し、また少しと高まる中、俺の拳に異変が生じた。
俺自身のどこからか、黒い何かが溢れ出てくるのだ。
覚えのある感覚だった。
それは持ち主である俺自身にすら把握できず、ごく稀に発動し、絶大な威力を発揮する。
しかし、俺にとってはただただ気味の悪い謎の現象に過ぎなかった。
なのに、何故だろう、この心踊る感覚は、この奥底から膨れ上がる歓喜は。
俺が零れ落ちる激情のまま、拳を振るおうとした。
その時だった。
「そこまでだ」
リラを遥かに超える何者かの威圧が、俺の心臓を鷲掴みにした。
気がつけば俺の身体中に汗がたっぷりと滴っていた。
それはリラや、他の訓練官も同様だった。
その人物の登場に誰一人反応できない。
まるで、獰猛な肉食獣に牙を当てられているような、そんな感覚だった。
「いやいや、これは素晴らしいね。これほどのレベルの訓練官がいるとは驚きだよ。」
「ざ、ザリア一等防衛官殿、突然訪問されてどうしたのですかな?」
教官の1人にザリアと呼ばれた男は、一見気の良さそうな細目の青年だった。
しかし、肉体に内包する圧倒的強者の覇気は、俺の全身に鳥肌を立たせるのには十分だった。
「ああ、今回の新人たちはどんな様子かなって思って見に来ただけさ。」
「な、ならば何故模擬戦を止めに?」
「いや、あのまましてたらちょっと不味いことになってたから止めただけさ。お詫びに君たちには後で僕から点数を与えておこう。」
ザリアはそう言い残し去ろうとするが、その直前、俺とリラに視線を送ってきた。
その目はどこか値踏みをするような、それでいて畏怖するかのようなチグハグな違和感を感じた。
ん?不味いこと?
「それでは、これにて今回の定期試験を終わりとする。全員解散!」
俺の疑問に答えが出ぬまま、定期試験は終わりを告げた。
◆◇◆◇◆
片付けを終え、寮へと帰ってきた俺たちは、夕食の準備を始めていた。
今日の飯当番はカルアとリラだ。
「それにしても、今日のネウのアレはびっくりしたな。どうして隠してたんだ?」
カルアが食事の準備をしながらそう聞いてくる。
「べつに隠していたわけじゃないさ。でも、自分の師匠に唯一褒められた所だからな、大切にしたいんだ」
「へぇ、その師匠って誰なんだ?」
「ガルっていう五十過ぎのおっさん。」
俺が軽い拍子でそう告げると、周りの空気が一転して驚愕に包まれた。
「あ!あの噂の息子ってお前の事だったのか!だから、あんなに近接戦が強いのか…。納得がいったぜ。」
「なるほど、だからですか。」
「え?待ってどゆこと?詳しく説明してくんない?」
俺が一人事態に取り残されていると、気を利かしたシイナが助け舟を出してくれた。
「今でも軍人の間で噂される〘凶刃のガル〙という男は、今から二十年以上前に実在した軍人らしいです。」
そのような語りから始まるのは、俺の知るガルとはとても思えないような内容のものだった。
曰く、巨大な魔獣を素手で捩じ切る。
曰く、敗戦濃厚な戦場で敵地に潜り込み、見事戦争を終結させる。
曰く、その男は戦いの間、狂わん刃となる。
他の訓練官が話していた内容にさらに盛られたような内容だった。
「えー?それほんとにガルの話か?説得力が欠けらも無いぞ?」
「本当だって、実際昔からこういう話があるくらいなんだから。」
そんなカルアの言葉にも、俺は納得出来ないでいた。
何故ならば、あんなにも厳しくも優しい男が、〘凶刃〙と呼ばれているのが、なんとなく気に食わなかったからだ。
「お、そんな話をしていたら、出来たぞー。」
カルアが作ったのは、肉と野菜を炒めたチャンプルだった。
リラは昨日のカレーの影響か、米を炊いていた。
まあ、自分の分だけしか炊いていなかったので俺が途中で追加で炊いたが。
「おお、美味そうだな。」
俺は手を合わせてイタダキマスをすると、チャンプルを米の皿の上に乗せて口にはこんだ。
塩っ辛い肉と野菜、そして米の調和がしっかり取れているご馳走は、一日の疲れを癒すのには最適であった。
二、三回オカワリした後、ようやく満腹になった俺は、みんなに一言告げてから、早めに部屋に戻った。
その背中を、誰かが不穏な目つきで見ていることに、俺が気づくことは無かった。
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