第7話 射撃センス
五等防衛官となった日の翌日。俺は指定された運動着に着替え、寮のみんなと共に運動場に来ていた。
その場所には、数百人程度の若者たちが集められおり、彼ら全員が自分と同じ運動着を着ていたことから、自分と同じ訓練官である事が伺いしれた。
「…気持ち悪い。」
俺の体調は最悪だった。初めての飲酒だったが、この世界のワインは酸っぱくてあまり美味しくなく、しかしアルコールはかなり高いのか頭がクラクラしてしまっていた。
そのおかげで、初めての訓練は最悪のコンディションで迎えることになった。
「おいおい、ネウは酒に弱いなぁ。」
そういうカルアは、全く酒が残っている様子はなく、むしろ生き生きしているように見える。
他のみんなも同様だった。
「俺はみんなの肝機能の強さが羨ましいよ。」
そんなそっけない返事をしているうちに、俺たちの持つものとは違う茶色の軍服に身を包んだ数名の男たちが現れた。
恐らくは教官たちだろう。
「整列!」
その内の一人の男が、貫禄のある声で号令を掛けた。
その途端、先輩の訓練官たち全員が無駄のない動きで並ぶ。
俺と同じような新人たちは、一瞬遅れたが、一番端に並ぶことが出来た。
「さて、新人共とは初対面なので名乗るが、私の名前はグライ。グライ教官と呼べ。」
グライと名乗った教官は、俺たち新官の列を厳しい表情で見回す。
「ふん、今回は腑抜けた奴が多いな…まあいい、今日は定期試験だ。成績の良かったものには点数をやる。
まず最初は射撃技能だ、班ごとにならべ!」
その号令と共に、訓練官たちは用意された射撃場に向かう。
ちなみに班とは、訓練官たち同士の組み分けのことだ。
俺の班は寮のみんなと一緒の六班なので、彼らの後について行く。
するとそこは、日本でいう所の弓道場のような場所だった。
奥には的が並べられており、そして目の前の机には、見慣れないハンドガン型の銃器が大勢並べられていた。
「これは、魔術銃か?」
「ん?ネウ見たことないのか?」
「ああ、魔術銃は軍人しか使用を許されていないからな。」
魔術銃、それは4年前の魔獣たちによる襲撃時から開発された、対魔獣用兵器だ。
そもそも魔獣とは何か。
その問題において、専門家たちの間では未だ議論が絶えない。
しかし、魔獣とそれ以外の間には決定的な違いがあった。
それは、魔術エネルギーを持つかどうかだ。
魔術エネルギーとは、魔獣にだけ備わっている〘魔核〙と呼ばれる部位からのみ生成されるエネルギーであり、この世界では電気と同等レベルにまで活用されている。
その使い道のひとつが、目の前にあるこの魔術銃だ。
魔術銃や他の魔術兵器は、専用のバッテリーに溜まっているエネルギーが尽きない限り、戦い続けることができ、オマケにエネルギーを調節すれば威力も操作できる…らしい。
調整すれば、実弾銃より遥かに威力が出るのだとか。
そんなことを勉強してはいても、本物を触るのは初めてだった。
「さて、俺はこいつにするかな。」
カルアはそういって、並べられた魔術銃から一つの銃を選びとった。
俺も特に考えないで適当なものを選んだ。
どうせどれを選んでも結果は同じになるからだ。
「なあ、知ってるか?今回の新人に、あのガルの息子がいるらしいぞ。」
取った銃を確認していた俺の耳に、聞き覚えのある名前が飛び込んできた。
そちらに目を向けると、訓練官の男性数人が、順番待ちなのか世間話をしていた。
「ガルって、あの凶刃のガルか?」
「そうそう、山くらい大きな魔獣を倒したり、1000近くの魔獣を追い払ったりってやつ。」
(いや、そんなのナイナイ。)
俺は心の中で笑った。
確かに俺の父親はガルという名前だが、今聞いた噂のようなバケモノとガルをイコールで結ぶことは難しかった。
(…いや、でもあいつ、俺に戦いを教える時は凄く怖い顔をしてたな。)
あれは今でも覚えている、ガルにはじめて銃の扱い方を教えてもらった時。
『いいか、銃って言うもんは、持てばお前みたいな弱っちいガキでも、筋骨隆々の大男を瞬殺できるくらいの威力をもった兵器だ。そして、それをどう使うのかは、お前自身が引き金と共に握っている。だから、自分の悔いのないように、それを引け。』
俺にそう教えたガルの顔は、鋭く尖っていたが、目の奥には確かな優しさがあったのを覚えている。
「次はネウ、お前の番だぞ。」
どうやら考え込んでいるうちに自分の番がきたようだ。
「…フゥ。」
俺は大きく深呼吸をすると、用意された的の目の前に立つ。
そして、ガルから教えられた銃の扱い方を意識した。
『ハンドガンは右手でグリップを包むようにして、左手を添える。脚は肩幅より少しひらいて、利き手の方の足を少し下げる。』
ガルに教えられた打ち方、それを頭の中で再生し、そのままトレースする。
『引き金を引くのは簡単だ。後ろに向かって真っ直ぐ引け─』
「………!!」
瞬間、六回の小さな爆裂音が、鼓膜を揺らす。
「「……!?」」
周りの人々が俺の射撃に絶句する。
「…ふぅ。」
チャージされたエネルギーを撃ち尽くした俺は、構えていた銃を降ろし、満天の青空を見上げた。
「と、得点は…0点!一発も当たってねぇ!!」
記録を測っていた訓練官がそう叫ぶ。それを聞きながら俺は思った。
(ああ、全っ然変わってねぇな、俺の射撃…。)
俺は射撃が全くのヘタだったのだ。
◆◇◆◇◆
「お前、5メートルの的で全部外すってマジ?」
「…うるさい。」
カルアの嘲る物言いにムカついた俺は、そうぶっきらぼうに答えた。
(もしかしたら上手くなってるんじゃ、って思ってたけどやっぱりダメか…)
俺はガルに銃の扱い方を教わった時を思い出していた。
○●○●○
「…ふぅ。」
弾倉に入った6発の弾を撃ち尽くした俺は、ゆっくりと拳銃を降ろす。
そして何度目かの的の確認を終えると、そのまま地面にうずくまった。
「当たらねぇ…!!」
「拳銃だけじゃなくて、小銃や散弾銃もダメとは…。」
ガルは珍しく呆れたように頭を抱えた。
最初に弾丸を打った時から、俺の射撃技術は絶望的だった。
どれだけ綺麗な姿勢でいくらしっかり狙っても、1メートル以上離れた的にはカスリすらしない始末。
散弾銃を使ったとしても、何故か狙った場所には命中しなかった。
「これ、もしかしなくても軍人にはなれないんじゃ…」
「…まあ、射撃は軍人には必須技能って言ってもいいくらいだからな」
ガルの無情な一言に俺は絶望してしまう。
(アストにあんな啖呵切ってちまったのに、こんなこと…。)
だが、ガルは続けた。
「だが、射撃が全てって訳でもない。」
「………。」
ガルの言葉に、俺はゆっくりと顔を上げる。
そこには、変わらず感情の感じにくい顔をしたガルがいた。
「お前には、普通の奴らにはない〘アレ〙がある。それがあれば、軍人なんてほとんど余裕だ。なんせ、お前のアレにはオレでも敵わないんだからな。」
ガルは変わらず無表情、だがそれでもその言葉には、十数年過ごしても感じずらい、けど確かな温もりがあった。
●○●○●
「お、次は俺か、行ってくるわ。」
カルアの言葉に現実へ引き戻された俺は、慌てて射撃場に目を向ける。
そこは、同寮たちが射撃を開始する直前の光景だった。
(そういえば、アイツらって成績良いのか?…まあ、さすがに俺より下手なやつはいないだろ。)
そんなどうでもいいことを考えている時だった。
「カルア…得点240点!」
(おう、めっちゃ高い。)
点数の計算は、的の外側は5点、それより一つ内側が10点、一番真ん中が15点といった感じだ。
的までの距離も選ぶことができ、5メートル、10メートル、15メートルまで準備してあった。
そして、当てた点数×距離といったように決まる。
確か、5メートルで×1、10メートルで×2、15メートルで×3だったはずだ。
「カルアは15メートルの所に立ってるから…80点分当てたってことか…!」
予想以上の点数をたたき出したカルアに、俺は驚いて目を剥いた。
しかし、驚愕はこれからだった。
「シイナ…75×3で225点!」
(お、おう、高い…。)
「アノール…70×3で210点!」
「……スゲェ。」
「マナ…60×2で120点!」
(……………。)
同寮たちがドンドンと高得点を出していく、そんな光景に俺は絶句してしまう。
ドン臭そうな雰囲気だったマナさえも、ランキングでいえば中位あたりの成績である事は、なかなかに堪えた。
しかし、驚きはここからだった。
「リラ…90×3で270点!」
(……マジかよ。)
リラは、更にその上をいった。270点ということは、最高距離で満点を叩き出したというわけなのだ。
「おう、すげぇなあいつ。最近来たばっかなのにもうあれかよ。」
「……え?リラって新人なのか?」
いつの間にか戻ってきていたカルアの言葉に、俺はつい食いついてしまう。
「おう、アイツお前が来るつい3日前に来たばっかだぞ?」
「…だから自己紹介の時は凄くあやふやだったのか…。」
俺は知らなかった事実に苦笑いしつつも、周りと自分の圧倒的な差を感じていた。
(いや、分かっていたことだ。あまりクヨクヨはしてられない。)
俺は軽く頬を叩くと、次の試験の会場へ向かった。
◆◇◆◇◆◇
「今回の新人たちは豊作ですね。」
「ああ、そうだな。」
茶色の軍服を着た若い男が、同じく茶服着た壮年の男に話しかける。
彼らは複数いる教官の内の二人だった。
彼らの仕事は、訓練官たちの成績を記録し、情報を集めてまとめること。
そのため訓練場や射撃場には彼らの目があるためか、訓練官はより一層訓練や試験に身を入れるようになるのだ。
「やはり、あのリラという子が一番ですかね?」
「ああ、射撃も見ていたが、フォームも狙いも満点だった。座学の成績も、新人の中ではトップだな。」
彼らの話すリラという少女は、早くも教官たちの間で話題であった。
曰く、冷ややかな目で周りを傍観し、常に冷静沈着に物事を達成する天才だと。
「明日は身体能力の測定ですよね。彼女は一体どんな成績を叩き出すんでしょうか…。」
「ああ、少し楽しみだな。」
壮年の男はそう相づちをうちながらも、別の訓練官のことを考えていた。
(例のガルの息子、気になるな。)
男はガルという名前の男を戦場で目撃したことがあった。
まだ魔術銃がなかった頃、硝煙を撒き散らしながら敵軍に突撃し、敵味方関係なく恐怖に陥れるその狂気は、まさしく〘凶刃〙と呼ぶに相応しかった。
(やれやれ、その息子がどんなやつなのか、心配で眠れなさそうだ。)
壮年の男─グライはそう思い、頭を抱えたのであった。
◆◇◆◇◆
一日目の訓練を乗り越えた俺たちは、寮に帰って飯の準備をしていた。
「結局、座学も普通だったなぁ…。」
「ハハ八、気にする事はないよ。射撃や座学なんて、直ぐに上手くなるさ。」
「…そうだな、四年間このままなんだけどこれから上手くなるよね」
「…うんそうだね。」
「なんで急に目を逸らした?」
今日の飯の当番は、俺とアノールだった。
だが、実質は俺一人と思って良い。
何故ならば、アノールは料理を作るのが壊滅的に下手だったからだ。
『お、この調味料入れればもっと美味しくなりそうだね、全部入れるとしよう。』
『おっと、塩と砂糖間違えてしまった。』
『ん?なんか真っ黒い物体がグツグツ煮られてるね、これ美味しいのかな?』
…俺は頑張った、うん。
アノールに料理を手伝ってもらうのを早々に諦めた俺は、野菜を切ったりする単純作業に回ってもらった。
…マナの料理を希望にする彼らの気持ちが少し理解出来た。
「ネウ君、今日はどんな料理を作るんだい?」
「ああ、今日は家で人気だったアレを作ろうと思う。」
「アレ?」
「そう、アレ?」
アレ、とは恐らく日本に住む人全員が知っているであろう食べ物である。
それは甘かったり、辛かったり、激辛だったり、そんな料理である。
「さてさて、スパイスは家から持ってきた奴を…。」
俺は実家から持ってきた、特性のスパイスを混ぜ込んだとルーを、お湯と切った野菜が入った大鍋の中に入れた。
今回は寮のみんなは初見なので、甘くするために蜂蜜を入れておく。
「よし、炊いてあった米を皿に盛ってルーを注げば…。」
そこには、異世界の素材で作ったカレーライスが美味しそうに出来ていた。
「なんだ、これ?美味しいのか?」
「見た事がない料理ですね、シチューに似ていますが…。」
「な、なんだか食欲をそそる匂いがしますね…。」
「…ゴクリ。」
みんながみんな、自分の前に置かれたカレーを興味深そうに見つめるが、今一歩手が出ない。
やはり、未知の食べ物を食べるには勇気がいるのだろう。
「じゃあ俺が最初に、いただきまーす。」
俺は両手を合わせていただきますをした後、スプーンで米とルーを一緒に掬って口に運んだ。
すると、ピリッとしたスパイスと蜂蜜の芳醇な甘さが口いっぱいに広がった。
「うめぇぇ…。」
俺が美味しそうに食べたからだろう、彼らも恐る恐るだが、スプーンを手に取りカレーを口に運んだ。
「「「!?」」」
奇しくも、一口目が全員の口に入ったのはほぼ同時だった。
そして、それからのリアクションもみな同様だった。
「「「─────!!!??」」」
全員がスプーンごと食べる勢いでカレーを口の中にかきこみ始めた。
最初は冷めた目で見ていたリラに至っては、もはや呑んでいるのでは?というほどのスピードである。
「…うっんま!なんだこれ上手すぎだろ!?」
「こんなのは初めて食べました、思わず癖になりそうですね…。」
「お、美味しい…美味しいです!」
「凄く美味しい!これはきっと、僕が野菜を切ったからなんじゃ…?」
「絶対違うと思うぞ?」
みんなの賛辞に俺は少々頬を緩ませてしまう。
だからだろう、何も考えずにそんなことを言ってしまったのは。
「みんな落ち着けって、オカワリはまだまだあるんだから…」
その瞬間、だべっていた彼ら全員の目がギョロりと俺に向けられた。
(あ、余計なこと言ったかも。)
少し後悔した俺の目の前に、たまたま隣に座っていたリラが皿を突き出して言った。
「ついで。」
「え、いや自分で…」
「ついで。」
「…………いやあの…」
「ついで。」
「つがせていただきます。」
数瞬の攻防の結果、俺は奮闘虚しく敗れ去った。
リラのマジメンチには敵わなかったよ。
「お、じゃあ俺もオカワリしよ!」
「それでは私もオカワリしましょう。」
「わ、私も…」
「食いすぎは太りますよ?」
「…ちょっとだけなら…」
それに続いて、全員がオカワリをしに台所に向かう。
結果、大鍋いっぱいに作ってあったカレーは空になり、全て食い尽くされたのであった。
どうやら、ここでの初料理カレーは大成功だったようだ。
「マリアの姐さんにもっとルーを送って貰うように頼んどくか。」
俺は膨れた腹を抱えた彼らを見ながら、そう呟いた。
俺の分のカレーはほとんど無くなっていたが、俺の心はみんなのおいしいという言葉で満腹だった───
「あれ?俺軍人になるんだよね?料理人じゃないよね?」
…一瞬自分の在り方を見失いかけたのは無かったことにする。
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