第5話

「この指は何本に見える?」「足は動きそうかい?」

屈んだ姿勢でミーニャと向き合ったアルドは、彼女の安否を確認している。


打ち上がる花火の光に照らされるミーニャ。


まだ幻から完全には目覚めていないのか、花火をぼんやり見つめている。


アルドはひと通り彼女の無事を確認して、打ち上げ砲台にいる花火師の方を指差した。


「彼はあそこにいるよ」


金色に輝く大輪たいりんの花火が、花束のように夜空を飾る。


「ニシキカムロ。お祭りの最後の演目ね…」

その花束を一心に見つめて、ミーニャがつぶやく。


「君もずいぶんがんばったね。大団円だいだんえんだ」

名残惜しそうにアルドも花火を見つめる。


最後の花火が打ち上がり、あたりが急激に静まり返ってゆく。

通りの方で拍手と歓声をあげていた観客たちも、ぞろぞろと帰っていくようだ。


― 「…彼に会いたい」

歩けない彼女を支えて、アルドは花火師のもとへとゆっくり向かう。


アルドに支えられながらミーニャが話す。


「わたしはずっと夢を見ていたわ。この庭で蝶々の魔物に襲われて、わたしは彼と引き離されてしまった」


「それでも彼を探して、彼を見つけて、わたしはそばにいた気がするの」


「もしかして、あの猫は君だったの?」

アルドがおどろいて言う。


ミーニャはか細くほほえむ。

「どうかしら」


「彼はずっと私を探してくれて、毎日わたしに想いの花を届けてくれた」


「そんな夢をずっと見ていたわ」


「この謝肉祭の花火は、最後に君が観ていたものから三年後の花火だよ」


「うん」


「あなたが蝶々たちから私を救ってくれたのを、花畑から見ていたわ」


― 説明するまでもなく、彼女はほとんどくわしい事情をわかっているようだった。


「あなたに助けられなければ、きっとわたしたちは再会できない運命だった。あなたがいなければ、きっとわたしたちの願いは結ばれなかった」


「わたしたちを助けてくれて本当にありがとう」


アルドは頭を振って応える。


「いいや、これは君たちの願いが叶えたハッピーエンドだよ」

「ともかく、無事に君を救い出せてよかった」


ミーニャの目から涙が次々にこぼれおちる。

「ありがとう…ありがとう…本当に…」


「さぁ、涙を拭いて。彼に笑顔を見せてあげるんだ」


打ち上げ砲台の裾まで着く前に、こちらに気づいた花火師が猛然もうぜんと駆けてきた。


花火師が泣き叫ぶ。

「うわあああああ!」「ミーニャ!!!」


アルドはよろけるミーニャの体を、花火師の両腕にそっと預ける。


想いを込めた美しい花束を手渡すように。




― 二人が抱き合う。アルドは傍らで満面の笑顔だ。


「君が…いなくなってから…おれはずっ…と…君を探していたんだ」

「また…こうして…会える日が…やって来るなんて…」

感動のあまり、花火師は言葉をうまく出せずに、息を詰まらせている。


「おれのもとへ…帰ってきてくれて…ありがとう」


「たくさん待たせちゃったね…」

ミーニャが男をやさしくなだめながら言う。


「アルドが魔物の元からわたしを助けだしてくれたの」


くしゃくしゃにしわを寄せた泣き顔をアルドに向けて、花火師は言葉にならないままむせび泣いている。


「アルド。あり……がとう」


アルドはそれをさえぎって、それどころじゃないだろうと、彼女の方に彼をうながす。


― この祭りの演目の最後は感動の再会劇だ。

思う存分二人で楽しんでくれ。


二人は抱き合って支えあったまま、ずぶ濡れになって号泣した。


「もうどこにも行かないでくれ」

「うん、ずっと一緒にいよう」


アルドは二人から離れて、舞台のそでにはけた。


月明かりのライトに照らされた二人のシルエットをあたたかく見守る。




今回も無事に解決できてよかったよ。


閉幕の言葉は… そうだな…


―「あなたの抱いた花束も、いつか、だれかの胸に届きますように」 ―


これにて一件落着。


チャン チャン。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あだ花の花束に寄せて 海島 @umishima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ