勇者のスプーン

 AIに職を追われた女神。そういえば、名前をまだ聞いていない。


「ヒメユリヒメよ……はっ!」

 人の心を勝手に読むな! 「……はっ!」じゃねーよ。そこが俗物なんだ!

 まぁ、名乗られたら名乗り返すのが筋。


「俺の名前は……」

「……春日葛羽でしょう。私、女神だから知ってるわよ!」

 またどやっている。心なし『かす』と『くず』を強調してやがる。

 殴ってやりたいくらいにかわいい……。


「で、俺のスプーンは返してもらえるんだろうな」

 志子からもらった大切なものなんだ。取り返さないといけない。


「もちのろん。転移なさらないなら、持っていても問題ありませんから」

「転移したら問題になるような言い方だな」

「当たり前ですよ。勇者のスプーンですよ!」

 勇者のスプーン。志子はたしかにそう呼んでいた。

 名前負けしていそうだけど。だってあれは店の備品と同じもの。


「名ばかりの勇者のスプーンなんじゃないの?」

「そうね。この世界では、カレーを食べるときにしか役に立たない代物ね」

「えっ? シチューはダメなの?」

「……それもいけるわ……」

「オムライスは?」

「……いける……」

 女神の声は、だんだん小さくなっていく。

 なんなんだよ。何でもOKじゃないか。

 ってことは、あれだって!


「……はい。いけますよ。かつ丼までだったいけますって!」

 また俗物発言! 俺の発言を先まわりしている。

 しかもやさぐれている。

 しかも色々と飛び越えてのかつ丼ときた。

 俺が思念したのはいくら丼なのに。

 いくら丼、海の親子丼、親子丼、牛丼、かつ丼の順。


「じゃあ、何がダメだっていうんだ」

「うな丼。あれはムリ」

「いやいやいや。うな丼は普通、箸で食うでしょう」

「あら、それを言ったらいくら丼だって箸を使うんじゃない?」

「たっ、たしかに」

「貴方には肝心なものが見えていないのよ」

 だっ、ダメ出しされた。ダメな女神にダメ出しされるなんて……。


「『かす』いわね!」

「それを言うな!」

 結構気にしてるんだから。『かす』とか『くず』とか、呼ばれたくない。

 しかも相手は初対面の女神様。かわいいのがムカつく。


「いいわ。だったら見せてあげる。勇者のスプーンの本当の力を!」

「勇者のスプーンの本当の力? この世界では役に立たない代物なのでは」

「私くらいの女神なら、使いこなせるわ」

 ヒメユリヒメは言いながら、まずはスプーンを天にかざした。

 それからゆっくりと弧を描き、俺を掬うようにした。

 1度ではなく、何度も何度も、かざしては掬うの繰り返し。


 実際に掬われたわけじゃないけど、胸が熱くなるのを感じる。

 心の奥の奥にある何かが、掬い取られていくようだ。


「大物ね。これは、すごい!」

 女神の表情は真剣。こうしていると本当に神々しい。

 けど、一体何が起こっているんだろう。

 女神は、何を救い取ろうとしているんだろう。


「貴方の心の奥の奥にあるものを掬っているのよ」

 この俗物が!


「そう言いなさんな。直ぐに楽にしてあげるから」

「えっ?」

「悩みを解決してあげるわ!」

 俺の悩み。そんなものをほじくり出そうというのか……。


「安心して。女神には守秘義務があるの。口外はしないから」

 義務を果たしてくれるかが心配でしかたない。

 けど、女神が言うことが本当だったら、どんなに幸せだろう。

 心の奥の奥にある悩み、解決したい!


「さぁ、いよいよ仕上げよ。見てなさいね!」

 俺は固唾を飲んで見守る。


「女神様の見せ場、人を掬う瞬間よ!」

 字が違わないか? 女神は普通、人を救うんじゃないのか?


「おっ、同じことよ! 掬うも、救うも」

 違うと思うが、突っ込んでいる暇がなかった。

 どうやら、俺の心の奥の奥にあるものが出てきたようだ。

 俺の胸が光っている。その光がどんどん強くなる。

 まぶしい。目を開けていられるのが不思議なくらい。


 水素ガスに火の点いた線香を近付けたときのような、ポンッという音がした。

 そして、半球状の2つの部品が組み合わさって球状になったものが出てきた。

 一方は透明、もう一方は赤。赤い部品の天頂部分には穴が空いている。

 こっ、これは……。


「ガチャガチャ?」

「違うわ、ゴチャゴチャよ。心の奥の奥にある、ごちゃごちゃしたわだかまり」

 いや、どう見てもガチャガチャでしょう。


「失礼ね! こっちが元祖なんだから。ガチャは類似品よ」

 どっちでもいい。


「投げやりにならないで。昭和から続く論争なんだから」

 どっちでもいい。


「ごちゃごちゃしたわだかまりを掬われた人は救われるのよ」

 言われてみれば、心が軽くなった気がする。


「さぁ、開けるわよ!」

 俺のごちゃごちゃしたわだかまりが、明らかとなる!

 女神は手慣れた感じでゴチャゴチャをオープンした。

 中に入っていたのは、1枚の紙切れ。文字が書いてある。


「えー、なになに……」

 『勇者のスプーンを回収して、早くここからいなくなりたい』。

 紙切れにはそう書いてあった。

 読み上げた女神は白目を剥いていた。


「おっ、俺の本心だから。早く返してほしい」

「言ったでしょう。それはできないって!」

 何でだよーっ!


________


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いじめられてひきこもってた俺。元同級生に拾われてカレー屋の店長となり初出勤の日に、AIに職を追われた女神を拾って異世界転移。装備品のスプーンがチートだった。 世界三大〇〇 @yuutakunn0031

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