第154話

154



賑わっている店から一歩外に出ると、室内の騒音は遮断された。

ひんやりとした空気が身体に纏わりつき、上着を着てきた事を正解だと思った。

先に部屋を出た筈の男の上着は、店の中に残ったまま・・・・

「仕事の電話みたいよ〜〜」と桃の言葉を聞いて、待つこと10分。

冬空に薄着で外に出た男の様子を見に行こうと思ったのだ。


「ったく・・・上着ぐらい着ていけよ・・・」


廊下に出た明は、そう呟く。

非常階段から微かに聞こえる声を聞きながら、男が居る方へと歩き出した。

距離が近づくにつれ、ハッキリと耳に入ってくる話の内容。


「解ってる、今年の正月はちゃんと顔を出すから・・・」


仕事の電話か?

それはとても仕事の内容に聞こえず、まるで実家の親と話しているようだ。


「ん〜〜〜それは・・どうだろう・・・彼も家族と過ごすかもしれないし」


彼も家族と?

引っかかる、白田の言葉。

非常階段にたどり着いた明は、踊り場の手すりに凭れ掛かっている男の背中を見やった。

もしかして・・・オレの話してる?

そう聞きたいが、相手は電話中。

ここは黙ったまま、持ってきた男のコートを広げて、相手の肩に引っ掛けてやった。

途端に跳ね上がる白田の肩。

スマホを耳に当てたまま振り返ろうとする男を止めるように、明は逞しい相手の背中に抱きついた。

男の肩越しにビックリした様子の白田と視線が絡み、相手が明だと知ると白田は蕩けるような笑みを口元に乗せた。

男のウエストに回した腕に、冷え切った大きな手が添えられる。


「今は忙しいから、また帰省の目処がたったら連絡するよ・・・・」


お互いの身体がくっつく距離では、流石に電話口から女性の声が聞こえる。

母親か・・・・・

そう言えば・・・・・こいつから、家族の話し聞いたことがないな・・・

男の肩に顎を乗せながら、そんな事を思い出す。


「じゃ」


「仕事の電話じゃなかったのか?」


通話を終えた白田に、直様解りきった質問を投げかける明。


「そうだったんだけどね。実家から着信あったの気づかなくて、折り返してたんだ」


「で、たまには家に返ってこいって言われた?」


「うん」


「それで、男の恋人が居るってのも、もう言ってたんだな」


「あ〜〜・・・・まぁ、隠しておくのもって思って・・・」


「オレ、お前の家のことも、既にカミングアウトされてたのも、な〜〜〜んも聞いてね〜んだけど〜?」


「・・・・・明、怒ってる?」


恋人に何一つ話していなかったのが、後ろめたいと思っているのだろう。

まるで機嫌を伺うような相手に、明は吹き出しそうになる。

確かに話してほしかったが、あっさり親に同性の恋人がいると話していたのは・・・・とても嬉しい。


「正月に帰省する時、男の恋人も連れてこいって?」


「う・・・ん・・だけど、ほらっ正月は太郎さんと一緒に過ごすんでしょ?」


「まぁ、毎年そんな感じだな・・・」


男二人の年末年始なんて、いつも家でダラダラ過ごすぐらいしかない。

ご近所から差し入れはあるものも、お節なんてものは用意もしない。

正月番組を観ながら、雑煮を休みの間食べ続ける・・・・・


「大丈夫だよ。田舎にはオレだけ帰るし・・・・あっ、コート有難う」


「こんな寒空で、薄着で外でるなよな」


「こんなに長くなるとは思わなくて・・・・」


「なぁ、正月お前の親に会う時は、どっちのオレでいればいいんだ?」


「え・・・・」


「いつもの無愛想なオレなのか、それとも営業の「明っっ、手放してっ」」


背後から抱きつかれている白田は身動きが取れず、明の言葉を遮ってまで抱擁を解こうとした。

そんな男に何だよと呟きながら、男の腹から腕を解き一歩後ろへと下がる。


「明っ」


瞬時に振り返った白田は、今度は明の身体を抱きしめる。

その反動で肩に引っ掛けていたコートがパサリと落ちたが、本人は全く気にしていない。

ふんわりといつもの香水と男の香りが、明の鼻孔を擽る。

長い間外に居た男の身体は冷たく、それを少しでも温めてやろうと明も男の背中に腕を回した。


「来てくれるの?」


「まぁ・・・遅かれ早かれ、挨拶しに行ったほうがいいだろうし」


「だけど、太郎さんは?お正月1人じゃ寂しいんじゃ」


「今年は桃連れて雅も顔出しに来るだろうし、同じく1人の婆もほっとけなくて呼ぶだろう」


「そっか・・・。なら・・明」


背中に回されていた腕が緩み、白田は身体を離す。

そして嬉しそうな表情で明を見下すと・・・


「いつもの大好きな俺の明で・・・・俺の父と母に会ってください」


偽りのない明のままで・・・

男の言葉に無愛想なままでいいのか少し不安に感じるも、それ以上に恋人を両親に合わせたがっている白田の気持ちが嬉しい。

明はあえて返事を返さず・・・

代わりに男の唇に顔を寄せ・・・口づけをした。


そう・・あの日もここでキスをした。

初めての恋に翻弄され、お互い想い合っているのに長い間前に進めなかった。

そしてこの場所で、明は白田に気持ちを伝えたのだ・・・・

あの時は溢れ出る感情で、上手く気持ちを言葉に出来ず・・・代わりに「好きだ」と気持ちを込めて口づけた。


「仁・・・好きだ」


未だに相手の名前を口にするのは気恥ずかしい・・・

だけど、好きだって気持ちはちゃんと口に出せるようになった。


「俺もだよ。明、愛してる」


自分だけに向けられる、甘ったるい男の笑顔。

その表情を見るだけで、どれだけ愛されているのか感じ取れる。

これからもずっと、その笑顔を見ながら毎日を送りたい。

だから、素直でいようと思った。

それでもまだまだ、不器用なところもあるが・・・・白田なら、急かさず待ってくれる。

明とペースに合わせて、一緒に歩いてくれる。

だからたまには、明も早足で白田のペースに合わせてあげたい。


「東京土産、一杯買って行かないとなぁ」


「お土産は流石に割引シール貼ってないけど、沢山買っていいの?」


「ならサンフランシスコで入荷させて、特売シール貼ってもらう」


本気か冗談か解らない明の言葉に、白田は「またぁ〜〜」と笑う。

遠くから聞こえる騒音と、2人のクスクスと笑い合う声が非常階段に響く。

この場所に来るのは、もう今日限り・・・

だが、この薄暗い非常階段での出来事は、明の記憶に残り続ける。

あの日のキスも

今日のキスも

何年経っても、鮮やかに思い出せるだろう。


「ちょっと!!主役何処にいったのよ!!!」


廊下に響く由美の声。


「ちょっと由美、他のお店も営業してるから~」


続いて抑え気味の日富美の声も。


「何・・あいつらも来たの?」


「賑やかになるね」


「賑やか通り越して、煩くなるだろう~」


名残惜しいと思いつつ、仕方無しに白田の体から離れる。


「ちょっと~~!明くん!」


まるで非常階段に居ることが解っているかのように、由美の声が投げかけられる。

明は嫌そうに顔を歪めて「うるせぇ~なぁ!すぐ行く!」と声を上げた。


「早く来てよね~~婚約者連れてきたんだから!!!」


え・・・まじで!?

由美の言葉に驚いた明。

コートを手にした白田も、同じ様に目を見開いている。


「しゃ~ね~なぁ、よしよしの旦那見てやろうじゃねぇ~か」


明はそう言うと、白田の手を取り廊下へと出た。

フスカルの前で扉を開けて待っている由美は、手をつなぎ合っている明と白田を見て囃し立てる。

冷やかしの言葉を耳にしても、明は白田の手を放すことはなかった。



終わり



あとがき

長い間、お付き合い頂きまして有難うございました!!

またご感想いただけましたら・・・・飛び上がって喜びます。

又pixivにて、続編シリーズも開始しております。18禁番外編等はFANBOXにUPしておりますで、一度足を運んでみてください。

https://www.pixiv.net/users/59903140

自己満足で書き始め、誤字脱字も多い作品でしたが・・・本当に最後まで読んでくださって有難うございました。

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