第153話

明の送別会が行われている、フスカル。

そこには何事もなかったのように、騒いでいる林檎の姿があった。



153



フスカル



「明ちゃ〜〜ん、お疲れ様〜〜〜」


桃の掛け声により、その場の皆は手に持った飲み物を天井向けてかかげる。

本日のフスカルは一見さんお断りの日。

その理由は、明が本日限りでフスカルから去るからだ。

明を見送る為に、集まった常連たち。

無愛想で客を客とも思わない態度だった店子だが、それでも常連達からは愛されていた。

そんな別れを惜しむ会なのに、明はもう既に家に帰りたくて堪らない。

昼間の雛山ややくざや警察やらのゴタゴタで、既に1週間分の気力を消費した気分だ。

林檎の一声で、事情聴取の為に警察署に行くことを免れたのは有り難いが・・・・それでも心身ともに疲れている。

その林檎といえば・・・・


「明ちゃんの綺麗なお顔が見れなくなるなんて、寂しいわよねぇ〜〜。林檎ちゃん」


「桃ちゃん、それだけじゃないよ〜〜。白君ももうフスカルに来なくなるんだから〜〜〜」


「は!!?そうか!ダブルで居なくなるんだったわ!!あぁ〜〜んもう〜〜〜!」


ボックス席。

明の正面に座る林檎は、いつもと変わらない姿で、いつもと変わらない騒がしさだ。

もうフスカルに来ないだろうと予想していたのだが・・・・・何食わぬ顔で送別会に来るとは・・・・

明はそんな彼に、胡散臭そうな視線を向けている。

結局、林檎が何者なのかは未だ解っていない。

あんなに若く見えて、実は超エリートの警視庁の人間・・・・って事はないのだろう。

周りの警官も林檎には余所余所しかったし、エバラの態度も少し変だと感じた。

やはり、東源組の人間ってのが明の中ではシックリくる。

明は隣で談笑している白田の耳元に顔を寄せると、「ちょっと、ここ離れる」と小さく呟いた。

そして・・・椅子から腰を上げると


「おい、林檎」


昼間の出来事が無かったかのように振る舞う林檎に、声を掛けた。

林檎だけじゃなくその場の皆の視線が自分に注がれると、明はこっちに来いと顎でカウンター席を指し示す。

そして次は、キョトン顔の雛山を見下ろし「お前も来い」と指名した。

明は2人の反応を見ることもなく、さっさとBOX席から離れカウンターへと向かう。

「呼び出し食らっちゃった〜〜」と背中越しで林檎の声を耳に入れながら、明はカウンター席の一つに腰掛けた。

それから間もなく、2人が傍まで来たのを背中で感じた明。

自分の右隣を指差し「一個空けて林檎、その間にピヨ座れ」と2人に座る場所を指定した。

それに対して林檎は躊躇する事なく「は~~い」と返事をして、言われた椅子に腰掛ける。


「雅さん、すごい顔で明さんの事見てましたよ・・・」


モソモソと明の横の椅子に腰掛けながら、小さな声で今しがたあった事を報告する雛山。

この状況で、林檎を呼び出したことを雅は怪訝に思っているのだろう。

2丁目の闇に首を突っ込んでいた事は、雅には何一つ話していない。

林檎の正体を知っているであろう雅からすれば、明の行動が奇妙に映ってもおかしくはない。

だからと言って、闇を嗅ぎ回っていた事や、今日の出来事を雅に言うつもりはない。

なんせ・・・叔父の方から何一つ説明もなく、ただ雛山と枇杷の食事を妨害しろと言われただけだ。

向こうが言う気もないなら、こちらも言う気もない・・・と半分意地にもなっている。

と今は雅の事より、林檎の事が最優先。

明は、隣に腰掛けている青年をジロリと睨んだ。


「で?」


「で?って?」


「もう止めろ、その猫かぶり」


「ふぅ・・・別に猫を被ってるわけじゃないんだけどなぁ」


「やかましいわ。とっとと話せっ」


苛立ちを素直に顔に出す明に、林檎は苦笑いした。

それもフスカルでは見せない表情だ。

林檎は猫を被ってないと言っているが、全ての言葉が嘘くさく感じる。


「警察の人間って事にしておかないの?」


「胡散臭すぎる」


「やっぱり・・・違うんですか?」


警官の中に混じっていれば、雛山みたいに勘違いするのが普通だ。

明に組の人間かもと聞かされていたが、未だ信じられないのだろ。

驚きを隠せない雛山は、少々混乱気味に林檎と明の顔を交互に見合う。


「雛ちゃん。これからも君はここで働き続けるよね」


「はい・・・そのつもりです」


「僕の事を聞いても、今までと変わらず接してくれる?」


「え・・・と・・・はい」


「無理に決まってんだろ」


戸惑い気味に返事を返した雛山に、明は隙かさず否定する。


「もう〜〜明さん」


「お前が器用に嘘がつけね〜から、枇杷の事だって言わずにいたのによ・・・」


「そうですけど・・・・だけど、林檎さんは僕を助けてくれましたし」


「お前を囮にしてな」


「う・・・・」


言葉を詰まらせる雛山に、明は呆れたようにため息をつく。

まだ雛山は、上辺だけの事しか教えていない・・・・・2丁目を取り巻く闇については、明は説明していないのだ。

林檎があの時に言っていた、「東源組の頭は捕まった」と。

という事は二丁目の闇の脅威は、完全に無くなった訳ではないが・・・・

明はチラリと、林檎に視線を向けた。

明の読みが正しければ、2丁目も以前より安全になるはず。

ならば雛山に全てを話しても、いいかもしれない。

事件に巻き込まれ、囮にもされたのだから・・・・


「今から話すことは、あくまでも噂だぞ」


明はそう前置きをし、ガブリエルでママやエバラから聞いた話を話し始めた。

全てが真実とは限らないと何度も言葉を挟んで説明したが、それでも雛山が顔色を変え表情を強張ばらせるには十分な内容だった。


「状況が変わったとはいえ、他言するなよ」


「は・・い・・・」


聞かなきゃよかったと後悔しているのか、話が終わって俯いていしまった雛山。

これじゃ、これからの事も話せないか・・・・と明は溜息をついた。


「ピヨちゃん、大丈夫だよ。2丁目にはもう闇はなくなったんだから。噂もいつの間にかそういう噂があったなとしか、皆の記憶に残らなくなる」


「って事は、お前は捕まった頭の後を引き継いで、悪どい商売をしないんだな」


「・・・・・」


明の言葉に林檎は黙ったまま、明を見つめている。

雛山だけが状況が解っていないとばかりに、上目遣いで二人を交互に見合った。


「その気はないよ」


「あの〜〜説明して欲しいです。林檎さんがその組の人だったとして、何で警察の人と一緒に居たんですか?」


「・・・・・・・・」


「自分の口から言わね〜のか?」


林檎の言葉を聞けば、やはり東源組内で戦争を仕掛けたのは林檎で間違いないと判断出来る。

ただ・・・彼が東源組の立ち位置までは解らない。

最初は彼本人か、それとも彼の上の人間が裏切ったのかは判断がつかなかった。

だがこうやって、林檎の目を見ていると・・・・・ただの組の下っ端には感じれない。

いつも無邪気な彼の雰囲気に隠されていた瞳の奥の力強い光は、今ハッキリと明にも感じられる。

もしかしたら・・・・目の前の青年は、組の中でもそれなりの地位の人間かもしれないと思えてきた。


「ごめんね、まだ全て終わったわけじゃないんだ。今度は警察内部の炙り出しが始まる・・・それが終わるまでは、詳しく話せないんだ」


「え・・・・・」


「だけどね。ピヨちゃん、僕は今まで通り林檎としてここに来るから、これからも仲良くしてねぇ〜〜〜〜〜」


ぐわしと隣の雛山に体を抱きしめる林檎。


「君は僕が猫を被ってるって言ったけど、違うよ。こっちが本当の僕の姿なんだよ。それが解ったのは、フスカルに来てからなんだけどね」


アワアワしている雛山を抱きしめたまま、いつもの笑顔で明に言う林檎。

結局あまり多くを語ろうとしない青年に、明もそれ以上突っ込む気はしなかった。

だが林檎の言葉で、想像は出来る。

東源組の裏稼業を潰そうと計画しエバラ率いる警官達と協力していた。

今まで見て見ぬ振りをしていた警察が、何故今頃動いていたのか・・・・恐らく、トップの人間が例の店の会員だったんだろう。

解りきっている犯罪を野放しにし、下のものは矛盾した正義に苛立っていた筈だ。

東源組の内部抗争は終わったが・・・これから、警察内部の抗争に変わる・・・権力を翳し好き勝手していたトップと、警官として誇りを持っているモノの戦いが始まる。

こうなれば、確かに首を突っ込んでいい話じゃない・・・・

少なからず、雛山にもう危険はない。


いつまでも雛山を放さない林檎を、白けた目で見ている明。

そんな時、誰かが店の中を横切ったのが目の端に入った。

何気にそちらへ視線を向けると、丁度出入り口の扉がパタンと閉じた。

誰か出ていったのだろうと思いながら、BOX席を見れば・・・・そこにはさっきまで居た白田の姿がなかった。



154へ続く

林檎ちゃんの事は、謎を残したままで・・・・雛シリーズで書こうかと思います。

と誰も期待してないと思いますが💦東源組の若頭(?)と新キャラの恋とか?

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