第152話

以前の自信がない自分に戻っていたと気づいた雛山。

自分を【普通】じゃないと思うあまり、周りから大切に思われていた事も見失っていた。



152



何も言えなくなった雛山に、明ははぁと1つ溜息をつく。


「あのなぁ・・・普通なんて曖昧なものは何の役にもたたねぇ〜ぞ。人と違う事が何が悪い?まわりの人間の生活を脅かすほど、影響がでるものなのか?」


「・・そうじゃないですけど・・・」


「なら、大したもんじゃねぇ〜んだよ。お前がゲイである事に、何ら影響はねぇ〜よ」


「・・・・・・・だけど、それで僕を嫌ったり・・・避けたりする人も居ます」


友人だったと思っていた人達の掌返し。

幾度となく経験してきた、辛い過去。

その度、自分の性癖を悩み、恨み、隠してきた。


「お前は、世界中の人から愛されたいのか?」


「それは無理ですよ」


「解ってるじゃねぇ〜か。無理に決まってんだよ、そんなもん」


「竜一さんは・・・こんな僕に好かれて・・・」


「迷惑かどうかはあいつが決めることだ。お前じゃない。それにゲイだって知ってても、お前に色々世話焼いてんだろ。ぐじぐじ悩む暇あったら、あいつの連絡先手に入れて、気持ちを伝えてから、地の底まで落ち込め」


「落ち込めってっ、それってフラれる前提になってません!?」


「今のお前じゃ、フラれるだろうな。望みなし、希望なし、間違いなしだ」


「そんな、ハッキリと言わなくてもいいじゃないですかぁ〜〜〜!」


「諦めたくね〜んなら、相手を振り向かせるぐらいのいい男になれよ。いつまでもうじうじしてる子供じゃ、望みなし、希望なし、間違いなしのままだぞ」


「いい男になれたら・・・・少しは望みありになりますか?」


雛山の問い掛けに、明は口を噤む。

じ〜〜〜〜と雛山に視線を向けるだけで、言葉を発しない。

その沈黙が、結局は無理なんじゃ・・・と雛山は不安になる。


「白田に連れられて初めてフスカルに来た時。どんな気持ちで来たんだ?」


「え・・・・」


もう数ヶ月前の話。

鷹頭に虐められているところを白田に見られ、彼の言うままに翌日新宿2丁目へと向かった。


「あの時の状況を何とか出来るのかなと・・・それが出来たらいいなって・・・」


希望した会社に入れ喜びはまだ胸に残ったままだったが、酷い言葉を投げ掛けられる每日に逃げ出したかった。

学生から社会人になり少しは今までの憂鬱な每日を払拭できるかと思っていたが、すでに社会人としての人生に終わりが見えた・・・・双葉を辞めて結局、他の職場でも繰り返されるのだろうと絶望もしていた。

ゲイである事がまるで呪いのように感じて、自分毎世界から消えてしまいたくなった。  

そんな時、親身になって話を聞いてくれた白田。

初めて人にカミングアウトしたのは、あの時が初めて・・・・・それも見かけるだけの、よく知らない人。

隠したい恥ずかしい性癖を口に出す事に抵抗もあったが、それよりも現状をどうにかしたい気持ちが大きかった。

彼に従うことで、地獄のような每日を終わらせてくれたら・・・・・藁をも縋る思いだった。


「言っておくが、俺も白田もフスカルの奴らも直接的にお前を助けたわけじゃない。虐めに耐性が出来て辞めずに会社に行けたのは、お前自身が変わったからだ」


「・・・・・」


「あの時、お前がず〜〜とウジウジしたままだったら、オレはお前を見捨ててた。連絡先も交換してね〜し、この家にも入れてねぇ〜、鷹頭から助けるためにキスもしてねぇ〜し、今日も助けにも行ってねぇ〜よ」


いつも口悪く、素っ気ない明。

何気に優しいとは知っていても、彼が自分の事をどう思ってたかなんて、明の口から聞いたことがない。

思い起こせば沢山あった明の手助けに、今まであった色んなシーンが頭の中に蘇る。

雛山が描くデザインを最初に認めて褒めてくれたのは明だった。

その時の嬉しさも胸に蘇り、雛山の胸をジーンと暖かくしていく。

こんなにも自分の事を認めていてくれている人が傍に居るのに、自分自身を卑下して拒否までしていたのが恥ずかしい。

竜一ばかりを気にして、自分のことだけじゃなく、周りの人も見えなくなっていた。


「ちょっとはオレに歯向かうようになっと思ったら、また前のお前に逆戻りかよ」


「うううぅ・・・歯向かってすみません・・・」


歯向かっているつもりはなかったが・・・確かに、枇杷の事で明に言い返したりして、電話も一方的に切ってしまった事がある。

やってしまったとその時は思ったが、どうしても明の言われるがまま流されたくなかった。

その結果が・・・今日の事件だ・・・


「あのなぁ、それでいいんだよ」


「へ?」


「自分の意見を言えるようにまでなったって事だろうが。誰に何言われようが黙って虐められていたお前からしたら、かなりの成長だぞ」


「けど・・・・明さんの言う通りにしてれば、事件に巻き込まれる事もなかったです」


「それは結果だろ〜が。良くも悪くも、自分がそう思ったらハッキリ言えばいいんだよ。結果が悪くても、腹が立っても、今日みたいにお前を見捨てたりしねぇ〜よ」


「うう・・・あき・・らさん・・・」


そうだった・・・酷い態度を取ったのに、明は助けに来てくれた。

こんな自分を見捨てることなく、色んな事から救い出してくれた大切な人。

雛山は明の言葉に、瞳に涙をためる。

そしてあろうことかテーブルの上に乗り上げ、明に抱きついた。


「おい・・」


「ううわぁぁぁ〜〜〜」


こんな場面、白田に見られたら不味い。

そう思っても、大好きな明の首にすがりつきワンワンと声を出して涙を流す。


「はぁ・・・・」


耳元で聞こえる諦めの溜息。

それでも雛山を引き剥がそうとしないところが、明の優しさを感じる。


「あいつに気持ちを伝えるのはまだ早い・・・・もう少し自分に自信を持ってからにしろ」


そんな明の言葉に、雛山は泣きながら何度も頷いた。



153へ続く

家を出てくるのが遅い明の様子を見に来た白田に、この場面は見られることになるでしょう。

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