第151話

帰る前に残した竜一の言葉。

雛山は彼が言った「またな」に、そうならないと痛感していた。


151



「おう。じゃ、またな」


ヒラリと手を振り、男は洗面所から姿を消した。


またな・・・・


以前と全く同じ。

またなと言うのは社交辞令だと解っていても、切ない気持ちが湧き上がる。

次はいつ会えるのだろう・・・同じジムに通っていながら、そう簡単に会えるわけじゃない。

竜一を忘れるために、枇杷の食事に行くはずが・・・・予定外のことが起きた。

そして、助けに来てくれた竜一に胸がときめいた。

枇杷が向けた銃口から守るため、抱きしめられた時の感触は今も覚えている。

熱い男の体温と、固く逞しい身体に包まれ・・・・絶体絶命な状況なのに、胸がドキドキしてしまった。

今日の出来事で更に好きが加速してしまったようで、自分では恋心を治めさせることは無理な気がしてきた。

相手はノーマル。

ゲイである自分では望みはないと解っているのに・・・・


「うぅ・・・・」


雛山は胸のあたりを擦り、小さく唸る。

そんな時、丁度洗面所の前を通り過ぎる大型犬に気付いた。

雛山は洗面所の電気を消すと、犬を追うように廊下に出る。

居間に入っていくモエのお尻が見え、雛山もその後に続いた。


「あれ・・・・白田さんは?」


居間には、スマホを弄っている明しか居なかった。

顔を洗いに洗面所に向かう前は、明の隣に座っていたのに・・・・


「車取りに行ってる」


そうなんだ・・・と心の中で納得しながら、テーブルを挟んだま迎えに腰を下ろす。

そして、明の隣に寄り添うように座るモエと目があった。

暫くの沈黙。

明はスマホに視線を向けたまま何も言わず、雛山も口を閉じたっきり。

だが・・・・聞きたい事はある。

ただそれを聞くと・・・明の反応が目にみえるのだ。


「あのぉ〜〜〜」


遠慮がちに声を掛けてみるが、明はスマホを見たまま「あぁ?」とやる気のない返事を返す。


「林檎さんの事なんですけど・・・」


そこで漸く明は視線を雛山に向けた。

相変わらずの、死んだ目だ。


「何、もう一度話せって?ヨダレ垂らして寝てたお前のために?」


「うううう」


ですよねぇ〜〜〜無理ですよねぇ〜〜〜と雛山は予想していた明の返しに、それ以上は何も言う気はなくなった。


「俺は推測でしか話せない、林檎に直接聞け。あいつがフスカルに来なくなっても、連絡先は知ってんだろ?」


「はい」


「あいつに良い様に使われたんだ、お前には聞く権利はあるだろう」


連絡先を知っているが、聞いたところでちゃんと教えてくれるのだろうか・・・・。

だが明の言う通り、自分には聞く権利があると思う。

後日、ダメもとでLINEを入れてみよう。


「で?あいつは何て?」


「あいつ?」


「竜一。洗面所の方に行ったから、何か話したんだろ?」


「・・・・べつに・・・特に何もないです・・・・またなって言って帰りました」


またな・・・・その言葉を口にするだけで、胸に鈍い痛みを感じる。


「ふ〜〜〜ん・・・」


「またなって・・・言われたんです。2回も」


「は?」


「なのに・・・連絡先聞かれてないし、教えてもくれないんです」


「んなもん、社交辞令だろう」


「うう・・・そんなハッキリ言わなくても」


解っていても、オブラートも梱包材にも包まれていない明の言葉が胸に突き刺さる。


「お前から聞けばいい話じゃねぇ〜か」


もっともなお言葉・・・・だが、それが出来ればこんなにウジウジ悩む性格じゃない。


「拒否されたら・・・立ち直れません」


「あいつがすると思うか?」


「そりゃ竜一さんは優しいから、聞けば教えてくれると思います。だけど・・・本心では嫌がってたり」


「あいつ、俺と一緒で嫌ならハッキリ言うし」


「だ・・・だけど・・・」


「ああぁ?」


明の表情が苛つき始めた。

明が嫌うのは『でもでもだって』だ。

雛山はそれが解っていながら、彼が苛つく『でもでもだって』に陥ってしまう。

明みたいに飛び抜けて綺麗で、スタイルもよくて、全てにおいて持っている男ならば、相手が誰だろうが自信をもってアタック出来る。

だが・・・自分は・・・


「竜一さんはノーマルです。僕みたいな・・・・」


「僕みたいなゲイってか?」


明の問い掛けに、雛山はコクンと頷く。


「僕みたいな【普通】じゃない人間が想いを寄せるなんて・・・迷惑です」


「普通じゃないねぇ〜〜〜・・・・」


明はテーブルの上に両肘をつき、前のめりの体勢になる。

そして正面に座っている雛山の顔を、食い入るように見た。


「え・・・何ですか・・」


いつのように冷めた目だが、綺麗に整った顔で見つめられ雛山はドギマギして後ろに仰け反る。


「お前の顔・・・・ふっつうだな」


「へ?」


「眉の形も在り来りだし、目がでかいだけでハッキリした二重じゃねぇ~し、鼻も低いし、口も厚くもなく薄くもない・・・特徴のない、普通の顔だよな」


何で今・・・顔の話しをするの!?


「どうせ、何処にでも居そうな顔ですよ」


もって生まれた顔を、悪く言われたようで雛山はムッとする。


「で?俺は?」


「へぇ?」


「俺の顔はお前から見て、どうなんだ?」


「そ・・・そんなの言われなくても解ってるじゃないですか。飛び抜けて・・・・・・あ・・・」


そこで雛山は明が何故そんな事を聞いてきたのか、解った気がして言葉を止めた。


「普通とは程遠い俺は、お前みたいにウジウジしなきゃいけないのか?」


「それはっ!また別の話ですよ!」


確かに明の顔は、普通とは違う。

周りの人の視線を掻っ攫うほどに、飛び切りの美貌を持っている。

だがそれはプラスでしかない。


「一緒だろ。お前今、顔が普通って言われてムカっとしただろうが」


「それは・・・」


「矛盾してんるだろうが。【普通】で居ることが良いと思い込んでいるお前が、【普通】って言われて一丁前に苛つきやがって」


「う・・・・」


明の指摘に、何も言えなくなった雛山。

その場で肩を窄めて、俯いた。



152へ続く

雛山視点も長くなるので、一度切ります。

竜も雛もお互いに【普通】であることに拘りをもっていますが、相談する相手の明と白田にも違う答えがあるという事で・・・

考え方って人それぞれですよね。正解はないと思います。

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