第150話

同性に惹かれた事に戸惑いはなかったか・・・・そんな竜一の問いかけに、白田は「ない」と答えた。



150



「ん〜〜・・・」


記憶を手繰り寄せるように、あらぬ方向に視線を向けている白田。

ちゃんとした言葉を発せずにん〜と唸るだけの相手に、竜一は思わず苦笑いする。


「そんな言いにくいのか?」


さっきまでちゃんと受け答えしていた相手が、これほど返事を躊躇するのは、何か言いたくない訳でもあるのだろうか。


「いや、そうじゃなくて・・・。そう言えば、なかったなぁ〜と」


「なかったのか?ならそう答えればいいじゃねぇ〜か」


「そうなんですけどね、何でなかったのかな?って考えてました」


「なんじゃそりゃ。で?答えは出たのか?」


「多分・・・好きだと自覚する前に、すでに明に夢中になってたからですかね。色んな表情に見惚れたり、身体に触りたいと思ったり、人と仲良くする姿に嫉妬したり・・・気持ちよりも先に、既に明に執着してました」


「ほぉ・・・じゃ・・あいつを好きだって自覚した時は?」


「彼が好きだと自覚したのは、明が女性と仲よさげに歩いていたのを見た時ですね・・・・。その時点で自分は失恋したものと思いましたよ。だけどその女性は彼女じゃなくて幼馴染だと聞いた上に、明と距離を置いていた期間に少しでも俺の事を気にかけていてくれたと知って、物凄く嬉しかったなぁ〜〜・・・・・だから、男とか女とか考えなかったんですよね。どうしたら明と付き合えるかなと、そのことばかり考えてました。その内に明も俺の事を好きなんだと気付いたんです。だけど明は色々と悩むことがあったので、彼の気持ちが固まるまで側で待ち続けましたよ」


「盛大な惚気を聞いた気分だ・・・・・」


「俺にとっては、初めての恋なんです。まさかこんな歳で、初恋をするとは自分でも思ってなかったですけどね。あっ正式に恋人になった時の話も聞きます?」


幸せそうに光り輝いている笑顔の白田は、もっと話したい様子で一行に車を取りに行く気配がない。

自分から聞いといてなんだが、高校時代の友人の甘い色恋話を聞くには胃薬が必須かもしれない。

既に胸焼けしそうで、ここは退散したようがいいと判断した。


「明ってね、付き合う前は恥ずかしがり屋さ「いい!いい!もういいから」・・・・そうですか?」


遠慮なく話を続けようとした相手に、ストップとばかりに言葉を遮る。

最後まで話せずに、白田は残念そうに肩を落とした。

そんなに話したいのかよ・・・


「ほら、車取りに行くんだろうが」


「あぁそうでした」


「じゃ、俺ももう行くから」


さっさと帰ろうと、バイクに跨る竜一。

だが白田は、未だバイクの脇に立ちその場を離れない。

もしかしてまた、明との恋バナを聞かされるのか?と顔を顰めて男をみやる。


「どうした?」


「竜一さんは、男と女が一緒になることが自然だと思ってますか?」


「・・・・・・」


先ほどとは打って変わって、真面目な表情の白田。

真剣な眼差しの男に、竜一は手袋をはめていた手を止めた。


「そりゃ・・・世間的には、それが普通だと言われてるだろう?」


昔とは比べ、世間の見方は変わってきた。

それでも未だ日本では、同性婚は認められていない。

ということは、道理に反していると世間では見做している・・・そういう考えの人が大半を占めているのだから、仕方がない。

かといって、竜一は差別する気はない。


「基準となる普通って・・・誰かに教わるものなんですかね?」


「は?いや・・・どうだろう・・・誰かに教えてもらわなくても、刷り込まれてるって言うか・・・自然に感じ取るものなんじゃないのか?」


「そうなんですよね。周りがそれが普通だと認識しているから、そうなんだって自分は思い込んでいるんですよね。だから、こうは思いません?普通って世間からそう思い込まされているって」


「思い・・・こまされてる?」


「男と女が一緒になるのが普通だって、思い込まされてるんですよ」


「・・・いや。けど、人間の本能的なものもあるだろう?人間が繁殖のために異性を求めるのは、動物と一緒で生存本能があるからだろ?」


「なら、何故異性に惹かれる人がいるんでしょう。それに女性として未熟な幼女にも惹かれる人もいる、決して繁殖は出来ないのに・・・・」


竜一の言う本能に反している白田の言葉に、思わず言葉を詰まらせる。


「俺も明と出会う前は、竜一さんと同じ考えでした。だけど、同性を好きになった時・・・普通って何なんだろうって思ったんです。同性愛を否定する人は、大抵子孫を作れないから人の道理から外れると言うでしょう。繁殖する必要があるからと・・・・なら何故、一夫多妻や浮気は許されないんですかね?お互い異性を求めて繁殖するだけなら、特定の人を作らない方がより多く子孫を残せる。子孫を残すことが正しいとするならば、それこそ繁殖機能に問題がある男女を、夫婦として認めるのも矛盾してます」


「そんな・・・・まぁ・・・そうだけどよ・・・」


なんか方向性が怪しくなってきたぞ・・・・・竜一は余計な事を言わないように、うんうんとうなずいて見せる。


「結局は、繁殖する必要性よりも個々個人を尊重しなければならないから・・・それは認められないですよね」


「まぁ、動物と違って人間には感情があるからな・・・」


「そうなんです。だから日本国憲法第13条『すべての国民は、個人として尊重される』と定めているんです」


えぇぇ〜〜何でここで憲法でるんだ!?

心の中でそうツッコミをいれるも、それを口にすると更に話が長くなりそうで、竜一は我慢して口を閉じた。


「国民それぞれの多様な存在のまま・・・個人のありのままを尊重しなければならないとあるんです。なら異性を愛せない人や、そもそも人を愛せない人も、ちゃんと認めてあげるべきなんです」


「あのよ、別に俺は差別してるつもりはね〜んだぞ?」


「そうですね・・・・・憲法が正しく誰もが個人を認めてあげているなら、人を指す言葉に『普通』なんて言葉は存在しないですよね。普通か、普通じゃない線引きの定義はないんです。結局、普通じゃないってのは、いつの間にか誰かに刷り込まれた固定観念なんです」


「・・・・・・・・」


かなり規模が大きくなってしまった白田の話。

だが言いたいことは理解できた。

どこの誰かが決めた『普通』。

そう思い込ませる事が、都合がよかったのだろう。

いくつの時代も『普通』は存在し続け、普通ではないとされる人々は自分を偽って生きてきた。

そして世代が変わるたびに『普通』自体も変化していく・・・・、平成から令和になり漸く『普通』を『普通ではない』と気づく人達が出てきた。


ついさっきまで目にしていた、明と白田のやり取り。

2人を見て、少しでも羨ましいと感じた。

その時点で竜一の中では『普通』のフィルターは外されていた・・・・それが雛山の事を思うと『普通』が邪魔をした。

彼自身の事は受け入れている。

だが、好意を寄せられているとなると・・・・・


「雛山ですが。あいつが自分の口から気持ちを言うまで・・・友人として側にいてやってください。気持ちを伝える前に竜一さんがあいつを避けてしまったら、自分を『普通』じゃないと誤解し続けてしまう」


唐突に雛山の名前を出した白田に、竜一は一瞬ドキっとする。

避けるつもりはない・・・・だけど、彼が自分の事を想っていると変に意識をしてしまうのだ。

それで変な態度を取っていたり、戸惑いが顔に出ていたら、彼を傷つけてしまうかもと心配なのだ。

白田の言う通り、それで彼を避けてしまったら・・・・雛山はゲイである自分を否定して、距離を置かれていると誤解されてしまうだろう。


「はぁ・・・避ける気はね〜よ。ただ、好意を持たれてる事に、どう接していいか迷う時があって・・・」


「何言ってるんですか。竜一さん、恋愛経験あるいい大人でしょ?ちゃんと素知らぬふりをしてあげてくださいよ」


「お前に言われたくねぇ〜よ。明の前じゃ、顔緩みっぱなしのくせしてよ」


「俺達は気持ちは通じ合ってるので、偽る必要はないですよ。常日頃からラブラブなんです」


「もういい!惚気はいいんだよ!」


「そうですか。じゃ明を待たせてるので、俺は行きますね。竜一さんも今日はお疲れ様でした、気をつけて」


自分が言いたいことだけを言い、さっさと竜一に背中を向ける白田。

明の事となるとめっちゃ喋るんだな・・・・・と関心しながら遠ざかっていく背中を見送る。


「・・・・・・・友人としてか・・」


1人になった竜一は、噛みしめるように小さく呟いた。

そして意を決したように視線を前に向ける竜一は、バイクのエンジンを掛けるとメットを被らず、白田が去っていった方向へとバイクを走らせた。



151へ続く

話が長いですね・・・書いてて自分でも?マークが沢山でてきました。

あまり書き直している時間がなかったので、白田が何を言いたいのか上手く書けた自信がないです。

時間がある時にでもこっそり、手を加えているかもしれません。

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