第149話

雛山と明に挨拶をし、明の家を去る竜一。

玄関先で出来た嫁の白田と一緒になり、無愛想な旦那はあれでいいのか?と聞いてみた。



149



明達が家を出る準備をし始めた頃、竜一は洗面所に向かっていた。

愛野宅を去る前に、青年に一声かける目的だ。

明かりがついている洗面所までもう一歩という所で、中にいる雛山の声が耳に届いた。


「はぁ〜〜爆睡しちゃった」


そんな呟きに竜一は思わずプッと吹き出し、洗面台に立っている青年の背中を視界に入れた。


「疲れてんだから、仕方ね〜だろう」


鏡の中に自分に反省を促している雛山に、そんなフォローを投げかける。

竜一の存在に気がついた雛山と、鏡越しに目が合った。


「今日は色々あったんだ、店を休ませてもらったらどうだ?」


なかなか経験する事のない、ハードな一日。

軽く寝たとはいえ、これから深夜のバイトに入るのは大変だろう。


「いえっ、今日は駄目なんです!」


こちらに振り返る雛山の口調は、少し力が籠もっているように聞こえる。


「今日は明さん最後の日なので、送別会も兼ねてるんです」


そういう事か・・・竜一はなるほどと納得するも・・・


「別に最後ってわけじゃね〜だろう?あいつとはいつでも会えるんだしよ」


「そうですけど。でも・・・明さんのお陰だから・・・・あの場所は僕にとって人生を変えた場所なんです。明さんがフスカルで働いていなかったら、一生知り得なかった大切な場所なので・・・。最後だけはちゃんと見送りたいんです」


ついさっき明に蹴り起こされ、ぐずぐず言っていた青年とは思えないセリフだ。


「そうか、ならちゃんと見送ってやれよ。けどあまり無理すんな?」


「はい」


頬を染めて恥じらうように返事をする雛山。

自分に好意を寄せているのは、度々向けられる彼の視線で感じていた。

電話越しの告白を聞かなくても、何れは気づきそうなほどに雛山の視線は甘さを含んでいる。

その視線を受けるたび、密かに竜一の胸はざわついていた。


「じゃ、俺はもう行くから」


「はい、今日は本当に有難うございました」


「おう。じゃ、またな」


頭を下げる青年に、ヒラリと手を振り洗面所を後にする。

脳裏に浮かんだ、惚けた雛山の顔。

それを振り払うように頭を振り、長細い廊下を歩く。


「明、先出るぞ」


さっきと変わらず居間に居る明。

スマホを弄っている明の姿を確認し、廊下から彼に声を投げかけた。


「おぉ〜〜〜じゃ〜なぁ〜〜」


こちらを見ようともせず面倒くさそうに返す明に、相変わらず素っ気ないな・・とフッと笑いを漏らす。

文句を言ったところで時間の無駄だと、竜一はそのまま玄関へと向かう。

そこへコートを羽織った白田がいた。

丁度靴を履き終えた彼は、竜一に気が付くと「もう、帰るんですか?」と爽やかな笑みを向けてきた。


「本当・・・仁は人間出来てんなぁ〜」


ルックスや人当たりの良さで、女もほっとかないだろうに・・・・何であんな無愛想な男と・・・と先ほどの明の態度を引き合いにそんな思いが過る。


「お前も先に出るのか?」


「外は寒いですし、車を回そうかと思って」


本当・・よく出来た嫁だ・・・

白田の甲斐甲斐しさに、今日何度そう思ったか解らない。

元々世話好きな性分なのか解らないが、見返りを期待して世話をしている感は全く感じなかった。


今まで付き合ってきた中には、白田のように甲斐甲斐しく世話を焼きたがる女もいた。

したいようにやらせる竜一に、後々になって女は言い出すのだ「ここまでしてあげたのに」とか「あなたの事を想ってやったのに」等。

竜一からしてくれと頼んだ訳でもなく、やってもらった事に一言も文句を言った覚えもない。

なのに一方的に尽くすだけ尽くして、見返りがない事に怒り出すのだ。

お陰で、世話焼き女房タイプは苦手になってしまった。


「仁ってよ、明にこうして欲しい、あぁして欲しいとか思わねぇ〜の?何してやっても、無愛想だろ?」


パタンと閉じた玄関の扉。

白田と一緒に外に出た竜一は、思ったことを聞いてみた。


「これでもセーブしてる方ですよ?付き合った当初は、色々といきすぎて怒られましたから」


「ははははっ、何じゃそりゃ」


一体どんなお世話の仕方をしたんだと、腹を抱えて笑う竜一。

先に門扉を開けて外に出た白田は、後に続く竜一を待つようにその場に佇んだ。


「暫くは何もするなって言われたんですけど、それが俺には返ってストレスになっちゃって。結局明が折れて、ある程度面倒見させてもらってるんです」


「世話を見させてもらうって、初めて聞いたんだけどよ」


ここまくると病気に近いものがある・・・・何もしない方が楽な気もするが、目の前の男にとってはそれが苦痛なようだ。

竜一は、はははと笑い声を立てながら、愛野宅の門前に置いていたバイクの横に立つ。


「ほっとけないのかな、それとも俺が構ってほしいのかな・・・。兎に角、何をしてても明の事を優先に考えちゃうんですよね」


「元々そうだったのか?」


「いいえ。どっちかと言われれば、ほっとくタイプですね」


昔は今と真逆だった・・・・白田の言葉に、付き合う相手によってそんなに変わるものなのかと不思議に思う。

そしてここで、ず〜〜と胸の奥にしまい込んでいた疑問を、どうしても聞きたくなった。


「なぁ。明を好きになった時、戸惑いとかなかったのか?」


明と同じ元々はノーマルである白田。

初めて同性を意識する事に、戸惑いはなかったのだろうか・・・・

既に恋人という間柄でいる相手に、こんな事を聞くのも野暮だと思いずっと聞かずにいた。

なのに・・・今更、聞きたくなった。

それは雛山の事があったからか・・・・それとも、偶々そういう気分になったからなのかは自分でもハッキリしない。


「・・・・・」


竜一の質問を受けた白田は、少し困ったような表情で口を閉じた。

そして、すぐに竜一の質問を返さなかった。



150へ続く

本当は雛山視点で書いていたのですが、急遽書き直しました。

長くなりそうなので、一旦切ります。

気がつけば!!もうすぐ150話!!

いつも足を運んでくださる、皆さんには感謝感謝です。

プライベートでは、コロナ不況で会社の派遣が切られ・・・社員である私達の残業が当たり前になりつつあります。

それでも事業悪化で、給料を減らさせる話があり気分が滅入っておりましたが・・・・それでも話を書いている時だけは、嫌な事を忘れられるんですよね。

そしてイイネやブックマークを頂くたび、下がっていた気分も上がっていきます。

考えれば切られた派遣の方も大変な思いをしてますもんね、苦しいのは自分だけではない!!

と脱線しましたが・・・・

本当に、皆さんには感謝しております。

今後とも、よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る