第8話 小野寺家と黒崎 たまに僕

 僕 山崎晴人と隣でパソコンをいじっている女の子、黒崎一夏、必死に後ろで黒崎のパソコンを物珍しそうに見入っているのが小野寺渚だ。


 僕達は今日から、小野寺の手助けをするためにクラウドファンディングを始めることにした。

 と、言っても全部は黒崎任せなのだが。


 黒崎は綺麗な長い指で素早く丁寧にキーボードにタイピングをしている。

 あまりにも無駄のないその動きはまるで会社員のようだ。


「黒崎、ちょっと聞いていいか?」


 僕は少し気になったことがあったので黒崎に聞いてみることにした。


「はい、山崎くん。なんでしょうか?」


 タイピングをやめて黒崎は僕の方をみた。さっきまで集中して取り組んでいたのだろう、先程までのパソコンを鋭い目で見つめていた彼女はいつもの穏やかな目に変わっていた。


「その、クラウドファンディングではお礼の物を送ったりしないといけないのか?」


 そう僕はずっと気になっていた。一時期クラウドファンディングがテレビで特集され始めた時に“寄付型”という言葉や“購入型”など特集されていてお礼を渡している方もいれば していない方もいたのだ。


 それに、クラウドファンディングは僕の生活に身近な存在ではなかったのでとっつきにくい、と言うのだろうか。何度か新聞やテレビで見たりしたが仕組みがよく分からなかったのだ。


 すると黒崎は結んでいた口元を緩ませ僕に教えてくれた。


「今回、小野寺さんがするのは“寄付型”です。この寄付型は基本的にお礼は原則しなくてもいいんですが、皆さんお礼の手紙などは書いてるので私たちもそうしようかな、と今考えていました。」


 今回するのは“寄付型”らしい。お礼の手紙かぁ…。確かに未来へ向かって頑張っている子を応援して、感謝の手紙を貰うのは寄付する側としても嬉しいものだろう。


 そんな事をまた考えていると黒崎はパソコンへ目を向けて、また真剣な顔つきでタイピングをしていた。

 小野寺はパソコンの画面に見飽きたのか僕の方をまじまじと見始めた。


 最初は勘違いと思って小野寺の視線から目を逸らすが小野寺の瞳は一向に僕を見つめたままだった。


「どうしたんだ?そんなに見てきて。」


 僕がそう問いかけると小野寺はハッと気づいた顔をして、僕をみながら申し訳なさそうに唇を開いた。


「いや、改めて考えると山崎くんに黒崎さん、どうしてここまで協力してくれるのかなって。」


 小野寺は僕と黒崎の方を見ながら少し照れくさそうに言う。


 確かに小野寺からすれば、僕達が急に現れてきて今では小野寺家を救う為にクラウドファンディングまでしようとしてる。


 この状態は小野寺からしたら少し異様に見えても仕方ないだろう。


 そんなことを考えながら僕はお茶を飲んでいると、少し何かが頭に引っかかる感覚に陥った。


 何かを、大事な何かを忘れているような…。大事なパズルのピースがどこか抜け落ちているようなそんな気分になる。



「あー!!」


 思い出した。なんでこんなことを忘れていたんだろうか。僕は、僕は…まだ、小野寺にシャープペンシルを返せていないじゃないか!


「おっ、小野寺!返さないといけないものがあるんだ。」


 僕はそう言うとガサガサと学校で使っている使い古して少し形が歪んだ黒色のサブバッグの中から小野寺のシャープペンシルをだす。


 そのシャープペンシルを見た瞬間、小野寺は少しびっくりした顔をした。しかし、すぐに口元を緩ませ笑を浮かべた。


「それ、山崎くんに貸してたんだね。そうだった、そうだった。」


 多分小野寺は僕にシャープペンシルを貸したことなんて忘れていたんだろう。

 シャープペンシルを見ると「懐かしい」と言った表情でシャープペンシルを眺めていた。


 僕はシャープペンシルを小野寺に渡す。

 小野寺はそれを受け取り、笑みを浮かべながら僕に言った。


「わざわざコレを返そうと家にまで来てくれたんだね」


 小野寺はそう言うと、面白いのか笑いながら僕から受け取ったシャープペンシルを机の上のペン立てに入れた。


 この対応から見る限り凄く大切なモノ、とかでは無さそうだった。大切なものだったらどうしよう、とばかり考えていたのでこれを機に返せて良かった。


 黒崎はそんなやり取りをする僕たちをチラリとみて微笑み、またパソコンに目を向けた。


 カチカチと時計の秒針が動く音と黒崎のタイピング音が部屋に響く。


 窓は開けっ放しでカーテンが風でまるでフワフワとしたスカートのように舞っていた。

 心地の良い風と夏の匂いが僕を落ち着かせる。


 椅子にもたれかかりながらゆっくりと目を瞑る。






 この時の僕は安易に考えすぎていたのかもしれない。





 自由を得ることはとても美しく過酷だなんてその時の僕たちには分からなかったのだから

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ひと夏の君に 佐藤瑞月 @satou_mizuki04

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