第34話 痛車クイーン


 十月も終わり、落ち葉が舞い始めた頃、思ってもいなかった人がわたしの元に訪ねてきた。突然の客は北九州市の職員だった。


「こんにちは、北九州市文化課の谷元と申します。

 桜琴音さんはご在宅でしょうか?」


 玄関を開けたかあちゃんに訪ねた。


「琴音はクリーニング店の方で、店番をしてますが」


 かあちゃんは怪訝そうに答えた。


「なにか、琴音が変なことでもしでかしましたか?」


 心配そうな顔をした。


「いえ、そんなことではないので、心配しないでください。

 市の方から、琴音さんにお頼みがありまして、こちらに寄せていただきました」


 谷元は丁寧に答えた。


「お頼み?」


 事の成り行きのわからないかあちゃんは尋ねる。


「お母様も含めて、ご説明させていただきたいので、琴音さんとお話しできないでしょうか?」


「そうですか、ちょっと待ってくださいね。

 かつおー、ちょっとお母さん、クリーニングの方に行ってくるけん、留守番しとってー」


 大きな声で二階に叫ぶ。


「わかったー」


 弟の声が上から響いた。


 母親は市の職員を連れて、近くのクリーニング屋へと入っていく。


「琴音、市の方があんたに用事があるんやって」


「うち、何も悪い事してないよ」


 わたしは反射的に答える。


 誰もが市の職員や警察が来ると、何かを疑われていると取るのが普通のようだ。


「今回、来させていただいた理由は、桜さんに手伝っていただきたい事がありまして」


「手伝う?

 でも市の何を手伝えばいいんですか?」


「実は、市が力を入れている、北九州ポップカルチャー・フェスの担当をしてまして」


 谷元は名刺を二人に差し出す。


「そこで毎年、九州全土から痛車が集まりまして、会場で痛車の九州チャンピョンを決めるんです」


 わたしが理解しているかを確かめるように言葉を止める。


「でも私、痛車持ってないんですけど」


「そうじゃなくて、そのイベントのクイーン、つまり桜さんに、痛車女王になっていただきたいんですが、可能でしょうか?」


「痛車女王?」


「そうです」


「でもなんで私なんですか?」


 なぜ自分が痛車クイーンにならないといけないのか、谷元の意図がわからない。


「実は桜さんのインスタを見させていただきまして、随分とフォロアーを抱えているので、コスプレ系の人はみんな、桜さんの事を知っているんですよ」


「私、インスタしてませんけど」


 わたしは驚く。


「でもこれ桜さんですよね?」


 インスタの画面を二人に見せる。


「何これ?」


 わたしの開いた口が塞がらない。


 谷元の携帯の画面には、メードカフェからハロウィーンまでの画像が全部載っていた。


「『コスプレ女王クイーン琴音』と書いてあるんですが、これ桜さんですよね?」


 谷元は続けた。


「そうですが……」


 事情がわからいので曖昧に答えた。


 わたしには何がなんなのか理解出来なかったが、誰かが勝手に自分のインスタを制作しているのは確かだった。


 わたしの脳裏にパミュの顔が浮かんだ。


「あいつ、勝手に写真アップしやがって」


 そう思いながら谷元の話を聞く。


「仕事時間と対価の話なんですが、今月末の二十八日土曜日と二十九日日曜日の朝十時から午後六時まで。

 休みは一時間ありまして、一日七時間労働です。

 衣装はこちらで調達しますのでご心配なく。

 最後に対価の方は桜さんほどのフォロアーがいる方には安いんですが、何しろ市にはお金がありませんで。

 一日三万円でお願いしたいのですが、どうでしょうか?」


「三万円?」


 今までにもらったことのない高額な金額に驚く。


「そうですよね、安すぎますよね。

 じゃあ、四万円で、どうにかお願いします!」


 四十過ぎの谷元は二十歳前のわたしに頭を下げた。


「これ、なんかの間違い?

 それともビックリカメラ?」


 そう思ってあたりを見回すが、それらしき人はどこにもいない。


 わたしは二日間で八万円という破格なバイト代で痛車クイーンになってしまった。




 三人はいつものように昼食を一緒に食べていると、パミュが話し始める。


「来週末、ポップカルチャー・フェスが北九州の小倉であるけん、遊び行かん?」


「それ、面白そう! 了解」


 めいは素早く賛成する。


「それ絶対やめた方がいいよ」


 わたしは猛反対で答えた。


「なんで?」


 二人は意外な答えに驚く。


「あれ…………」


 と言いながら、正当な理由を考える。


「なんか人が多過ぎて何にも見れんっち、高校の友達が言っとったよ」


「でもアイドルも見れるし、ゲームも出来て、おまけに入場料タダげな」


 パミュは納得出来ない。


「それとうち、その土曜日はバイトやけ」


「じゃあ、日曜日に行こうよ」


「日曜日もバイト」


「今度は何のバイト始めたの?」


「あのね、まだよくわからんけど、車をプレゼンする仕事みたい」


「もしかしてレースクイーン?」


「まあ、そんな感じ……」


「それ、凄くない? 新車のスポーツカーの前でポーズ取って、みんなから写真撮影されるんやろ」


「どの会社?」


「えっ?」


「トヨタとか日産とか」


「めい、レースクイーンやけん、外車たい、外車。ベンツとか、ポルシェとかやなか?」


「もしかしてイタリア車かも、真っ赤なフェラーリとかランボルギーニとやったら、どげんする?」


 話がどんどんと大きくなっていった。


 二人の話を聞きながらわたしは、どう言い訳をしようかと戸惑い始める。


 バイトの話題を変える為に、インスタの件をパミュに尋ねた。


「パミュ、もしかして、うちのインスタ作った?」


「どういう意味?」


「うちがコスプレしてるインスタ」


「知らんけど、そげんかとあると?」


 本当に知らない様子だ。


「名前は何ね?」


「いやあ、別に」


「そこまで言って、隠す必要なかやろ」


「コスプレ女王クイーン琴音」


「えっ、コスプレ女王クイーン琴音?」


 素早くインスタを検索した。


「おっ、凄さっ!」


「どれ、どれ、見せて」


「フォロアーすごい数、琴音、超有名人やん。いつ作ったと?」


「誰かが勝手に作ったみたい」


「それで私が犯人やと思ったっちゃろ。情けない、親友から疑われた」


 ねたフリを装う。


「でもタイトルが凄いよね。『コスプレ女王クイーン琴音』だって」


 パミュが犯人ではなかった。


「じゃあ、犯人は誰なんだろう?」


 わたしの中で大きなクエスチョン・マークが浮かんできた。


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