世間をお騒がせした○○の母ですが……

@HasumiChouji

世間をお騒がせした○○の母ですが……

『だ……誰だ? 君は?』

 国会の内閣委員会に現われたのは……少し前にA国の連邦議会に乱入した暴徒の1人にそっくりなコスプレをした……男と云う先入観を持っていれば男に思え、女と言われれば女にも思え、白人と思い込んでいれば白人に、アジア系かもと云う疑いを持てばアジア系に思えるような……特徴が無いのが特徴と云う顔立ちの何者かだった。

 そいつは、総理大臣への質問を行なっていた野党第一党の党首の喉笛を掴むと……。

 大騒ぎになった国会。

 駆け付けた警備員は、何故か、コスプレ殺人犯に敬礼をした。

 殺人犯は警備員に警固されながら、悠々と議場を出て行った。


 動画投稿サイトとSNSに複数投稿された、その動画は、その事件が起きた日の内に拡散された。

 まぁ、よりにもよって、真っ昼間のTVの国会中継で、殺人事件が起きてる場面が全国に中継されてしまった訳だが……。

 謎の殺人犯を警固した警備員達は、その時間帯の記憶を失なっていた。

 国会議事堂の監視カメラは、そのコスプレ殺人犯が野党党首の為に呼ばれた救急車に悠々と乗り込む姿を撮っていた。

 なお、ニュースによれば、東京消防庁麹町消防署永田町出張所所属の救急車一台と複数名の救急隊員が行方不明になっているらしい。


 いくら与党支持者の俺でも、いい気味だと喜んではいられない。

 どこのニュースサイトを見ても、SNSの投稿を読んでも、どれも歯切れが悪い。

 当然だ。

 一体全体、何が起きたのか、誰にとっても、さっぱり判らないのだから……。


 ところが、その日の内に、今度は与党議員複数名が何者かに殺害された、と云うニュースが流れた。

 続いて、翌朝一番に総理大臣が緊急入院した、と云うニュース。

 真偽の程は不明だが、総理大臣は殺された議員達と夜に会食をしていた、と云う報道も有った。

 ただ、俺としては、報じている新聞社をあまり信用していないので……まぁ、話半分に聞いていたが……万が一、本当だったら、一日の内に二度も総理の目の前で殺人事件が起きた事になる。おかしくも成ろうと云うモノだ。


 更に数日後、国会で殺された野党党首の葬儀に、あのコスプレ殺人鬼が現われ……葬儀に参列していた野党議員複数名が殺された。

 そして、翌日のTVの朝のワイドショーで、この事件について自宅から電話でコメントをしていた政治評論家の「助けてくれ、ウギャ〜」と云う断末魔の声が公共の電波で流される事になった。


 その頃には、SNSで、あのアカウントが発見され話題になっていた。

 いや……そいつから、俺のSNSアカウントにメンションが来ていた……。「俺のアカウントにも」と言うべきかも知れないが……。

 そのアカウントがフォローしている人……0。そのアカウントをフォローしている人も0。

 最初の書き込みは……A国の国会に暴徒が乱入して以降。

 しかし……アカウントを作ったのは……おい、何かおかしいぞ……。このアカウント……このSNSのサービスが始まる前にアカウントを作った事になっている……。どうなってるんだ?

『先日、A国の連邦議会議事堂に乱入したコスプレ男の母ですが……』

 ここまでは、よく有る釣りアカウントの常套句だ。

『ウチの子を馬鹿にした貴方に制裁を加えます。制裁の日時は……』

 殺された野党党首。

 殺された与野党の議員。

 殺された政治評論家。

 その他、聞いた事も無い無数の人々。

 そして、俺。

 相手と殺害予告日時が違うだけのメンションが……何万も……ズラリと並んでいた。

 どうやら、有名人以外で殺害予告の日時を過ぎた人達は……それ以降、SNSに何の投稿もしていない……らしい。

 確かに、俺がいくつか見た限りでは、そうだった。

 殺された有名人達へのメンションは、殺害時刻より前に投稿されており、殺害時刻は予告された時刻の±十五分の範囲内だった。


 いや……確かに、A国の国会への暴徒乱入については、俺もSNSに書き込みをした。

 そして、暴徒の中でも一番目立っていた、あのコスプレ男についても言及した……。

 しかし……言及しただけだ。

 言及しただけで、馬鹿にした事になるのか?

 あいつは、SNSで例のコスプレ男に言及したヤツを1人残らず皆殺しにするつもりなのか?

 何の為に?

 そもそも、あいつは何なのだ?

 人間なのか?……待て、人間じゃないとしたら……あいつにとっての「殺すに値する理由」は人間に理解可能なモノなのか?


 当然ながら、このアカウントの存在に気付いたSNSの運営は……このアカウントを凍結した。

 これに対して反発したのが日本の警察だった。

 どうやら、……なのに、とは何のつもりだ? と。

 だが、何故か、SNSの運営は妙にお役所的な対応をして社内規則を盾にアカウントロックを解除せず……そして、日本の警察にも、このアカウントに関する情報を何1つ提供しなかった。

 ただ……誰もが思い出したのが、あのアカウントの作成日時……そう、あの「サービスが始まる以前の日に作成された事になっている」日付だった。

 何かがおかしい……。あのアカウントに関しては、SNSの運営にも説明が付かない「何か」が起きているのでは無いのか? そんな噂が流れた。

 問題のSNSの運営の本社が有るA国の連邦政府を通じて働き掛けを行なおうとしても、ウチの国は首相の入院に国会議員の大量死、A国の方は国会への暴徒乱入の原因である大統領交代に伴なうゴタゴタで、政治的混乱が続いていた。


 A国の国会に暴徒が乱入した事件から1ヶ月以上が過ぎた。

 先月の日本国内の殺人事件件数は……既に、去年1年の殺人事件件数を2桁上回り、その大半が解決の目処は立たず、各都道府県警の捜査一課の機能は事実上麻痺し……そんな噂が流れていた。

 俺も、ここ一月で知人の訃報を何回聞いただろうか?

 そして……何故か……思い出せない……。

 あのアカウントにやられた殺害予告の日時が……。

 今月だった気はするのだが……今日と言われれば、今日のように思え……別の日だと言われれば、別の日の気がする……。

 あのアカウントは、まだ、凍結されたままだ。

 時々、訳もなく、震えが止まらなくなり、過呼吸のような症状が起きる。

 心療内科の予約が取れなくなり、抗不安薬の増産が追い付かない……。そんなニュースも聞いた。

 仕事を終え、地下鉄に乗り自宅に帰る途中……スマホから着信音。

 何だ? と思って見ると、メッセージ・アプリが起動しており……。

『先月、A国の連邦議会議事堂に乱入したコスプレ男の母ですが、予告通り、貴方に制裁を加えに参上しました。現在、貴方の背後に居ます』

 何だ、これは? フォローやアカウント交換をした覚えが無いアカウントからのメッセージだ。

 それに、地下鉄の席に座っているのに背後って、どう云う事だ?

 ……まさか……。

 背中の方に有る電車の窓を見る勇気が出ない。

 ガタガタと体が震え出した。

 多分……今、俺は泣きそうな表情になっているのだろう。

 しかし……他の乗客は何も気にしない……。

 たった一月で……町中や公共交通機関の中で突然パニック障害になる人間が増えた。

 最早、他の乗客からすれば……今の俺のようなヤツは……気の毒ではあるが、ありふれた、よく見掛ける、イチイチ構っていてはキリが無い人間に過ぎない。

 ピキィ〜ン……。

 背後からガラスにヒビが入るような音がする。

 俺は口を大きく開け……だが……叫びたくても何故か声が出なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世間をお騒がせした○○の母ですが…… @HasumiChouji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ