第伍話 夏のあの日は

 翌朝、俺は佐藤繁から教えられた場所に来ていた。


「……なんか、暑くなってきたな」


 額から薄く滲み出た汗を右手の甲でヌグって、左腕に付けたリングを意識して見る。


『09:32』と浮き出てくる。


 探索者の新人研修の集合時間は十時。どうやら、少し早く来すぎたみたいだ。

 周りを見ると離れた所にチラホラと人がいる。俺と同じ様に研修を受けにきたのだろう。

 格好も性別もバラバラ。まさに、今から探索者になりますと言わんばかりの雰囲気をみんな出していた。

 まあ、俺も人の事を言えたもんじゃないが……


 ——ここは、シンジュク支部の近くにある訓練所の一つだ。


 以前、ユリカとやり合った場所とは違い、建物はなく……広い運動場と言えばいいのか? 横は二百メートル、縦は百メートル程の長方形の空間の真ん中に俺は立っていた。


 ちなみに今、俺は夏仕様の迷彩柄の軍服を着ている。足は相変わらずのコンバットブーツ。

 服はシンジュク支部からもらった。希望する探索者には配布しているそうだ。気前がいい事だ。

 夏仕様とあって長袖長ズボンでも何故か快適だ。

 ユリカ曰く、熱を反射する魔物の素材で作っているらしい。

 もちろん、前と同じように色も変化出来るし魔素を通せば硬くなる。

 今は、基本の迷彩柄でいる。最初は、はしゃいで黒色に変えていたが……今はやめていた。


 体内にある魔素には限りがある。

 微かでも、つまらない事に消費するのは大事な場面で命取りになると知ったからだ。迷宮での魔物の戦いは……命のやり取りだ。負けた方が死ぬ。

 魂の器にある、魔素の量は生死の左右に直結する。

 それを俺は師匠との訓練で思い知ったんだ。


「……しかし、まだか……暇だ」


 目的地に早く着きすぎた俺は……手持ち無沙汰の中、ゆっくりと空を見上げた。

 夏の空はどこまでも青く、馬鹿でかい真っ白い雲を引き連れた太陽が真ん中でギラギラと光っていた。

 あまりに眩しい景色に俺は……


 ——自然とゆっくり右手をかざす。


 指の間から光りがこぼれて、白く輝く。その熱を持った光が顔を包む。

 夏か……あの、異界誕生に巻き込まれたのは暑い夏の日だったな。まあ、でもこの暑さは嫌いじゃない。

 明との思い出もあるしな。

 目を細めて太陽を見ていると……カタリと腰に差す二本の短刀が鳴った気がした。

 佐藤繁に、ここに来ればやると、言われた黒い短刀だ。

 何故そんな事を言ったのかは……いまいち分からないが…… 光理コウリという佐藤繁と同郷の男が、今日ここに教師として来るらしい。

 短刀をもらう条件はその男から三日間、この新人研修で二刀流を習う事。

 師匠は一刀流だ。短刀での二刀流も多少は扱えるらしいが、いかんせん本職には敵わない。

 だが、俺にとっては好都合だ。

 ただでこの二本が手に入る上に二刀流を学べるからだ。


 ……そうえば、この短刀にユリカが何故か名前を付けたがった。

 それを俺は全力で回避した。なんせ、「『黒太郎』『黒次郎』がいい!」なんて言いだしたからな。


 佐藤繁が間に入って、止めてくれたからよかったもの……その時に本人から聞いたのは、どうやら武器に名前を付けるのが趣味らしい。

 知らんがな……だったらもう少し、かっこいい名前を考えろよな……


 この二本の黒い短刀にはまだ名前は付けていない。

 迷宮で果てた探索者、この短刀の持ち主の事を考えていた。

 迷遺物なんて言われもピンとは来ないが、こんな俺でも分かることはある。

 迷宮に挑んだ探索者の残光。

 だからこそ、安易に名前なんか付けれない。

 いつかの探索者が生きた証だ。

 だから、今はこれでいい。


 ——空から手を下ろしてもう一度周りを見てみる。


 まだ、教師らしき人間はいないみたいだ。

 腰に付けた鞄から水筒を出して一口、ゴクリとお茶を飲む。

 ぬるいがうまい。

 そう言えば、この未来はあまり雨が降らないらしい。


 ここで暮らしていて全然雨が降らないのが不思議に思ってユリカに聞いた。

 一ヶ月くらい前だ。

 ユリカは、異界誕生のせいで多少気候が変わってしまったと話していた。

 梅雨がなくなり夏が長く、冬が短くなったらしい。


 他にも核が地球に何発か落ちたせいもあるのかもしれないと言って、受け売りだから詳しくは分からないとユリカは笑った。

 ……笑えねーよ。


 雨が減ると、農業や生活に支障がでるんじゃないかと聞くと、ユリカは「水を生み出す魔道具があるから大丈夫」と言う。

 どうやら、水を生み出せる魔道具があるらしい。

 それを動かすには魔石が必要だ。

 水を生み出す小さな魔道具は買えるらしいが、高価だと。


 国が何百年も昔に一日に何十トンも水を生み出す巨大な魔道具を複数の能力者が力を合わして作り出した。

 今でもその魔道具は稼働しており、日本国が管理しているそうだ。

 だから、基本的にここ、トウキョウは国から水が配給されて、代わりに俺たちは金を払うって感じだ。

 地方にも同じ水を生み出す魔道具があるらしい。


 ……だから、魔石は常に必要だ。


 この未来で人が生きていく為に。

 日本国は安くは無い金額で魔石を買い上げていた。

 

 ——探索者は迷宮に潜る。


 それは、名声の為。金の為。約束の為。

 様々な理由があるだろう。

 しかし、それは……結果、生きる為だった。

 生きる為に、命を守る為に探索者は迷宮に潜る。

 それが、この世界だった。

 人は異界誕生に滅びそうになり、今は異界誕生で生まれた迷宮を利用して生きながらえている。

 迷宮と持ちつ持たれつとは、なんとも皮肉な話だ。


 命を賭けて迷宮に潜り、命を守るか……俺には大きすぎる話だ。

 正直、分からん。

 ここに来るまで……どれ程の犠牲があったのだろうか。


 大昔は英雄と呼ばれる探索者もいたらしいが、現在は日本国の殆どの異界は攻略されて破壊されていた。

 今、必要なのは英雄ではなく確実に魔石を持ち帰り、新たに生まれる異界を破壊できる力だ。

 ゆえに、死なず生きて帰って来る探索者。

 日本国は今、探索者の生存第一を考えていた。

 だから、この新人研修。

 この研修終わりで、希望者には師弟制度に入りさらに鍛えられていくらしい。


 うーん、背伸びをする。

 色々考えても仕方がない。

 俺は単純なんだ。

 頭の使いすぎに疲れて、欠伸を堪えながら立っている俺に、


「おーい、にいちゃん」


「そこの緑の葉っぱみたいな服着たにーちゃん」


 後ろから声がした。

 俺は振り返って見る。


 最初の印象は小さいだった。

 身長は俺より頭一つ以上は低い。多分、百六十はないだろう。

 よく使い込まれた……皮? 茶色で所々、傷の入った鎧を着ていた。


 目を引いたのは鎧から出た手足だ。筋肉の塊と言えばいいだろうか……身長に似合わないゴツさ、そして背中に紐で縛って背負っている棍棒。

 自分の背丈より長い、百八十はある棍棒を背負い、苦もなく男は立っていた。


「にーちゃんにーちゃん、その緑の服はこのでっかい村で売ってるんか?」


 ズイズイと話しながら俺に近寄って来る男に俺は、多少狼狽えながら


「この軍服は探索者になったらシンジュク支部から貰える」と返す。


「貰えるんか! そらええ、その服があったら森での狩に良さそうじゃ」


 俺の目の前に立った男。

 意志の強そうな太い眉毛、鋭い眼光で俺を見てくる。


「わしは重撃左門ジュウゲキサモン、北から来た。探索者になって一稼ぎしにな」


 そして、重撃左門は右手を出して、


「あんた、この中で一番強いな。わしの村ではな、強いのが正しいんじゃ」


 なんとく勢いに飲まれて、男の手を握る。いわゆる、握手だ。

 それが、男。重激左門との最初の出会いだった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

未来の探索者 ねこのゆうぐれ @kannnazuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ