第肆話 いつか来るその日まで

 佐藤繁の店の裏にある、武器の試し切り場。そこの五メートル四方ほどの空間の真ん中にポッカリと大穴が空いていた。カカシ的な木でできた人形があった所だ。


 私は、それほど広くはない場所の端に座って穴を見ていた。

 シローの飛ばした魔素の斬撃が穿って出来たそれを。



 ——ミーン、ミーン、ミーン、ミーン……



 近くの家の壁にでもしがみついているのか、蝉の鳴き声が聴こえて来る。

 そっと見上げれば、空は目に焼きつくほどな青色だった。

 青い空に浮かぶ大きな雲は現実感があまりなく、分からないぐらいにゆっくりと動いていた。

 それは、まるで絵画のように美しかった。


 ゴクリと喉を唾が鳴らす。

 あの日を少しだけ、思い出していた。異界誕生に巻き込まれて消えたあの日……

 父と母を。

 裸足の足と焼けたアスファルト。

 もう、戻れない遥か昔の夏の日。

 十五歳の夏。


 ……大丈夫、大丈夫。

 あの人がくれた言葉がある。

 私は大丈夫。

 師匠、透山さん……が、くれた言葉がある。


 ……息を大きく吸って吐く。何度も確かめる様に息を吐き、吸う。

 そして、考える。

 シローの事を。


 ……私の弟子になり、たった三ヶ月で……流れる様な魔素のコントロールを身につけ、あまつさえ魔素の斬撃を飛ばす。

 三ヶ月でだ。


 当たり前だが、普通そんな事は……銀色探索者でも、限られた者しかできない。

 魔素の理解とコントロール、完全把握が必要になるからだ。

 能力を使ってならまだしも、まだ未能力のシローができるはずが無い……無いはずなのだが……できている……


 ふう……、小さく吐き出した、ため息は私の膝の上に頭を乗せて眠っているシローの前髪を軽く揺らした。

 君は一体何者なんだい?

 私の心の声は夏の空に溶けていく。


「……うん、まあいい……。シローは私の弟子だ。それ以上も以下もない」


 考えても仕方ないとシローを眺めがら想う。

 乾いたスポンジが水を激しく吸収するかの如く、魔素と戦闘の技術を自分の物にしていくシロー。その先に待ち受けるのは、生死を賭けた戦いの日々。

 迷宮探索だ。


 シローは、妹にもう一度会うために過去に戻ろうとしている。

 他にも元の時代に帰ろうとした過去人がいたらしい……のだが、成功したという記録はない。

 過去に戻る手段を求め……見つけるのは並大抵のことでは無い。きっと何度も、何回も高い壁に阻まれぶつかるだろう。


 ……私が……シローに今、してやれることは強くすることだけだ。この世界は残酷だ。死はすぐ隣にある。

 あの日の時の様に。

 だから、私に迷う時間なんかはない。まだまだ、教えることは山ほどあるのだから。


 膝の上で眠るシローの頭を軽く撫でてみる。

 目が覚めない様にこっそりと優しく。

 嫌いではない顔に、少し垂れた目……もう少しだけこの時間が続けばいい、なんて考えてしまう。


 ——いつか来るだろう別れ。


 私はこの初めてできた弟子を気に入っていた。何度、叩きのめしても立ち上がって来る闘志と諦めない心。

 ちょっと、異常なまでの妹愛は若干、驚いたが……シローから聞いた生い立ちを考えれば納得した。

 幼い時に両親を事故で失くし、兄妹二人で生きてきたと。


 弟子が白色探索者になれば、シローは卒業だ。

 それが、この国の師弟制度の決まりだ。

 いわゆる、巣立ちだな。雛が大きくなり親から旅立つ。 

 きっと、シローは強くなる。それこそ、私を超えていくだろう。

 でも、今この瞬間だけはゆっくりと流れて欲しいなんて思う。


 言葉ではいまく言えない、好きとはまた違う感情。

 近いのは家族だろうか? 分からない。


 もう一度、頭を撫でる。

 柔らかい黒髪がくしゃりと音がした気がした。


 そういえば……あの『時折二刀流』、最初に放った流れる様な足捌きからの連撃は、明らかに赤刀一刀流の技を基礎としていた。


「ふっ」


 この弟子がどこまで強くなるのかが楽しみで、私はつい笑ってしまった。

 全ての赤刀一刀流の技をこいつに叩き込んでやろう……全ての壁を乗り越えていける様に。

 生きていける様に。


 いつか来るその日まで。


「う、……うーん」


 弟子が目を覚ましたみたいだ。

 さて、と。師匠として最初になんて声をかけるか……





 ……






 …………







 ……………………







「う、う……うーん」


 ……うるさい、な。

 何だ? 蝉の鳴き声か……頭が痛い……ああ、思い出した、確か佐藤繁がいきなり切れて俺の頭にゲンコツを……無茶苦茶だ。だったらもっと地面を頑丈に作っておけよな……


 俺は目を薄っすらとあける。

 な、なんだ? 見えた光景に俺は声を失う。

 そこには夏の日差しさえも遮る二つの並んだ塊が、俺の視界一杯に広がっていた。

 ぼやけた頭で段々と理解していく……まさか、……これは……え? 

 それが確信になる前に、


「起きたかシロー……、おはよう」


 どこか恥ずかしそうな優しいユリカの声。

 タプンと揺れる……二つの影、それは……


 ——おっぱい。


 頭の痛みもあり、すぐに反応できない俺にユリカは言った。


「シロー、大丈夫か?」


 俺は気付く、頭の下の柔らかい感触に。

 こ、これは!! 太もも! 膝! 枕! か!? まじか! ひえい!


 俺はあまりの動揺にいきなりユリカの膝からゴロゴロと転がり、反対側の壁に激突する。


 ——ドン!!


 全身を激突させビリビリと激しく振動する壁。


「い、痛い」


 ぶつけた背中をさすりながら視線を動かすと……ここの入り口に体半分隠しながら佐藤繁がニヤニヤしながら俺とユリカを見ていた。

 嫌々、身体がデカすぎて隠れられてねーから……はあー、人生初の膝枕が……これもあれもこのクソプロレスラーのせいだ。

 許さんぞ。


「あらー、ごめんなさい。二人がお楽しみ中にお邪魔しちゃって! オカマッて悪い子!」


 めちゃくちゃ見てたやんけ! と、ズンズンと俺に向かって歩いて来る佐藤繁につっこむ。

 右手には俺が振るった短刀を持っている。二振りとも鞘に収まった状態だ。

 目の前まで来て突き出される左手。


「ごめんなさいねー! 強くなぐりすぎちゃった! テヘッ!」


「テヘじゃねーよ! 頭蓋骨陥没するわ!」


 俺は佐藤繁の左手を掴みながら立ち上がる。まだ、頭は痛いが……我慢できない程ではない。


「もう! やりすぎたって謝ってるじゃない! いけずー! じゃあ、陥没させそうになったお詫びに……この短刀があげるわ」


 はい? くれるの? 


「迷遺物ってたまに特殊な武器が出て来るのよね。ロックが掛かっているなんて私達は言うけど……武器が選ぶのよ」


「選ぶ?」


「そうそう、いわゆる装備者認定ってやつね。武器に認定されないと使えないのよね……でも、シローちゃんは使えたわ」


 俺は思い出す。黒い短刀を。何故だか分からないが、使えると……それだけは微塵も疑ってなかった。


「選ばれないと、使えないの。豆腐すらも切れない」


「……どうして、俺には使えたんだ?」


 佐藤繁は二本の短刀を俺に渡しながら言う。


「さあ? 神のみぞ知るってやつー? でも、ひとつだけ分かっている事はあるわよー」


「ひとつ?」


「そうそう、ロックが掛かった迷遺物はねー、能力で生み出した武器なの」


「能力で?」


「だから、特殊な力を持つ武器が多いわ……てか! シローちゃん! タメ語ー!」


 げげ! 怒りで忘れていた! 馬鹿でかいプロレスラーがズズンと俺の前に立つ。


「うーん! 面白いからいいわよ! オカマは心が広いのー! じゃあ、ユリカちゃん!」


「なんだ?」


 俺の後ろに立つ師匠。


「あなたって一刀流じゃない? 二刀流をシローちゃんに教えられるの?」


「赤刀にも二刀を扱う技術は多少なりともある……」


 歯切れの悪いユリカに、


「丁度、明日ここシンジュクで探索者新人研修があるのよ! 短刀をあげる条件にシローちゃんにはそこにいってもらうわ!」


 はい? なんか、勝手に決められているぞ。


「私と同郷の面白い男が教師で来るから、シローちゃんには損はないわよー」


 プロレスラーの同郷? 俺とユリカは首をかしげる。


光理コウリに技を習いなさい。シローちゃん。とは言っても新人研修は三日しかないけど! 置いてきぼりー!」


 寒いオカマギャグを聞きながら俺は考えていた。何故、この迷遺物が使えたかを。

 能力で生み出された武器。

 手に持つ黒い二本の短刀を見る。

 どうしてか、懐かしい気がした。




















 時折明トキオリアカリ

 能力は『武魂ブコン

 己の魂を削り武器を生み出す能力。

 生み出せる武器は限りがあり三つまで。

 譲歩するには本人の許可がいる。

 生み出した『武魂』は全ての能力を切り裂き消し去るが、限界がある。

 時折明は迷宮で装備していた二本の短刀をに全魂を込めて死亡。

 二本の真っ黒く染まった短刀は迷遺物になり、志郎の元に。

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