第参話 時折二刀流!

「いいわね!」と一言吐き、カウンターを飛び超え、ユリカを捕まえた。その着物姿を「『可愛い! 可愛いー! ちょっとー! 素材も薄くできていていいじゃない! 夏ね! もう置いてきぼりー! いやだー!』」とはしゃいでいる……馬鹿でかい男……佐藤繁。

 でかいだけではない、そこには激マッチョというオプションがつく。


 俺は…….何を見せられているのだろうか? プロレスラーばりのオカマが師匠を抱きしめて絶賛、女子トーク中だ。


 ……彼はいわゆるオカマ。ここが元新宿だからか? 二丁目があったからか?

 それは、誰にも分からない。俺が知っているのは……目の前のオカマが凄腕の探索者だということと、この武器屋の店主って事だけだ。一応だが探索者の色は白だそうだ。ユリカから聴いた。


 佐藤繁に何故か師匠は、愛想笑いを浮かべながら、なすがままにされている。

 ここに来て、いつも不思議なのは、師匠は佐藤繁に頭が上がらないみたいなのだ。

 理由は知らないが……いい気分はしない。

 あんな、何かに遠慮している師匠はあまり見たくはないのだ。


 散々、女子トークをしてスッキリしたのか……佐藤繁は、鋭い眼光で俺を見てくる。

 まず、その存在感が凄い。

 昔? 過去? なんて言えばいいか、異界なんてない時代に……俺はプロレスを生で何回か、友達の付き合いで見に行った事を思い出していた。

 リング上で戦うレスラー、それを想像してみてくれ、身長が二メートルを超えた人間を。

 ……こえーよ、まじで。本当に同じ人間なの? あなた改造人間ですか?

 拳を振り回せば……それだけで凶器だ。簡単に人を殺せる。まんま、肉体が殺人武器になる存在。

 俺は友達と見に行ったあの日、ラリアットで人が空中一回転するのを見た。

 つまり、プロレスラー=最強と言ってもいい。


「あらー、シロウちゃんはナイフをメインウェポンにするのね!」


 佐藤繁の声に、焦りを顔に出来るだけ出さないように返事をする。


「……はい、まだ能力が発現してないので……二刀流ナイフで格闘を視野に入れて迷宮を探索をしていこうかと……」


 佐藤繁の紅い唇が妖しく動く。


「なにそれ! 普通、探索者は魔物に出来るだけ近づきたくないから、長物をメインに選ぶのに……、シロウちゃん! あなた、ドMね! 今時! 珍しいわ! 魔物にかじられると痛いわよー、でも、それがいつか快感にっ! 気に入ったわ! 大切に育てなきゃ! ちょっと待ってて。この店内にあるめぼしいナイフ、全部持ってくるから! もう置いてきぼりー!」


 巨体からは想像できない素早さで、店奥に引っ込む佐藤繁。

 ドM? 俺が?……解せぬが、まあいい……怖いから、言い返すのはやめておこう。

 最後のセリフはギャグのつもりだろうか? 何が『置いてきぼりー!』だ。完全に……ダダ滑っているぜ、佐藤さん。


 ユリカを見ると、うんうんと頷きながら見返してくる。

 その目はどこか遠くを見ていた……嫌、だからさ、前に何があったんだよ。


 ——ユリカが背中に背負っている大刀『血咲チザキ』に目がいく。


 師匠、ユリカのメインウェポンの『血咲』はここで、数年前に手に入れたらしい。未だに佐藤繁にローンを払っていると人伝から小耳に挟んだのだが……その時になにかあったのだろうか?


 『血咲』は知能がある武器、インテリジェンスウェポンだ。会話とか、意思の疎通はできないが、刀の癖に生きているらしいんだ。つまり喰うんだ……魔物の魔素を。


 喰った魔素はユリカの魂の器に注がれる。切って喰らってユリカが強くなるって……強すぎね? それ、でもまあ、制約もある。

 簡単だ。

『血咲』は、お腹一杯になればしばらく喰えないってな。


 子供か!


 迷遺物メイイブツという物がある。

 俺たち人間が、迷宮の中でくたばるとどうなると思う? 消える? それともそのまま? 違う……呑まれちまうんだ……迷宮に。

 魔石を抜かれた魔物みたいに迷宮に沈むんだ。

 まあ、ユリカに話を聴いただけで、この目で見たことはないんだが……もちろん、遺体を連れて帰れば呑まれない。だが、武器は? どうなる?


 ユリカの持つ『血咲』は、迷遺物だ。約、二百年前の探索者がメインウェポンとして使っていた武器だ。

 そう、武器も迷宮に呑まれる……そして、迷宮内の地面から浮き出てくる。

 分かりやすい、宝箱なんかは迷宮にはない。

 ポツリと落ちているそうだ。

 厄介なのは……滅多にないが、魔物も迷遺物を拾って武装している時があるそうだ。

 迷宮から産まれる過去の探索者の武器。それを、俺達は……


 迷遺物メイイブツと呼んでいる。


 過去の武人の魂そのものだ。


 ——ゴンゴン! ゴンゴン!


 戻ってきた佐藤繁が、腕いっぱいに抱えたナイフをカウンターに置いていく。


 鞘に入っている物。刀身が剥き出しの物。数はざっと十本ぐらいか? 


「これが、今ここにある内で良いものよ! ちょっぴり値段は張るけど、命を預ける武器だからケチったら……死ぬわよ」


 なんか、最後にすげー怖いことを小声でサラッと言ってたぞ。


「触って良いですか?」


「もちろんよ! 撫で撫でさわさわして、ゴシゴシしてちょーだい!」


 ニヤリと笑う佐藤繁……を無視して一つ一つ手に持ってみる。

 柄を覆う様にナックルガードがついているナイフ。トゲトゲが刃の根元から生えているナイフ。すらっとした刃長で扱いやすそうなナイフ……、一つ一つ手に取って見ていると、端に置かれた二振りの短刀に目がいく。


 真っ黒い刀身、鞘はない。

 俺はその二本の短刀の柄を掴む。ズシリと感じる重み。鍔がない、真っ直ぐ伸びた刃。薄っすらと黒い刀身に波紋が光っている。

 全長が、三十センチぐらいか?


「あー、それは昨日……迷遺物だって持って来た探索者から買い取った短刀よ。ロックがかかっているのか、全然切れないのよー、前の持ち主も支部に登録されてないし……ちょっと困った子なのよね。うーん、おかしいわね? ここに持って来た覚えはないのに?」


 ……切れない? そんなわけあるか、コイツは今すぐにも戦いたって言っているのが俺には分かる。


「なあ、この短刀で試し切りしていいですか?」


「えー! 人の話、置いてきぼりー!」






 ……






 …………







 ……………





 ふー、俺は両手に握りしめた短刀の重さとバランスを確かめながら構えていた。

 体勢は低く、持ち方は右手が順手、左手が逆手だ。

 理由はない。かっこいいからだ。


 店の奥を抜けた先に、客用に試し切りのスペースが小さいがあった。五メートル四方ぐらいの真ん中に立っている木でできた人形がある。

 サイズは二メートルないぐらいか。


 まず、実戦ではあり得ないが……目を閉じ、二刀に意識を集中する。

 息を静かにひとつ吸って……吐く。

 師匠に密かに隠れて練習していた技を今から繰り出す。

 イメージはインパクトの瞬間に魔素を爆発させる。


 ——ダンっ!


 地を蹴り、紡ぐ。


「時折二刀流、火連カレン


 魔撃の連打。

 空中を舞う様に地を蹴り、右左上下とステップを繰り返し、黒い短刀を無数に振るう。


「はっ」


 バラバラになる人形、それが地に落ちる前に、地面を蹴り上げて空に飛び上がり、二刀に魔素を更に込める。

 魔素に反応しているのか、ビリビリと小さな黒い雷の様な光が、短刀から生まれる。


「時折二刀流、火弾ヒダン


 俺はいつも考えていた。魔撃って飛ばせるんじゃね? と。


 十字に切った先に衝撃が破裂する。

 空気を切り裂き飛んでいく黒い斬撃。

 吹き飛ぶ人形の残骸。

 爆音と共に地面がめくれて土が舞い上がる。


 よし、いいぞ。イメージ通りだ。ロック? コイツが切れないなんて嘘だろう?


 着地を決めた俺は振り返り「これください!」と佐藤繁に言うと返って来たのは——


 ゴツンッ!


 拳骨ゲンコツだった。


「てめー! 私の店、壊す気が! ゴラー!」


 フラフラと後ろに歩き……倒れた俺はそのまま意識を失った。












 探索者の扱うメインウェポンは日本国に登録する義務がある。

 迷遺物は生前の持ち主が、判る様になっている。

迷遺物は発見者に所有権がある。



 気絶した時折志郎が、握りしめた二振りの短刀の柄の底には殆ど消えて見えないが、そこには……『アカリ』と刻まれてあった。

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