第弍話 紅いルージュは危険な色

 地獄の特訓の後、冷たいシャワーでサッパリと汗を流した俺は、綿メンで出来た白地の半袖と茶色の短パンに着替えてユリカと家を出た。


 隣を見ると、うす青色の生地に小さな白い花が点々と全体に散っている着流しに、紫の帯を締めたユリカが歩いて、涼しげに見えた。

 さっきまで俺を特訓でしごいていた同一人物にはみえない。素材も薄い布で作られているらしい。足は二人ともサンダルだ。


 大体よく聞くと、着流しは昔、男が着ていたものらしいが……ユリカにはよく似合っていたし、俺は別に気にならなかった。

 

 ——思ったより未来の日常は平和だった。異界が誕生したばかりの時は大変だったらしいが、今の異界は日本国に管理されていて……余程のことがない限り大丈夫みたいだ。

 余程とは、まだ時々、異界が誕生するらしい。一年に一回あるかないかの発生率みたいだ。


 現在、日本国は十二の異界迷宮を管理している。ここ、関東には六箇所あり、関西には四箇所。中国と四国に一箇所づつあるそうだ。


 他にあった異界は全て攻略し、破壊した。残っているのは、比較的に安全に魔石や素材を回収できる迷宮だけだ。


 ちなみに……、山口から九州にかけては昔、核を打ち込んだバカがいて消滅したと。そこにも今は異界が誕生してあるみたいだが、海の中なので放置している。

 空にも異界が無数にあって、飛べない人類は手が出せない。

 その中で俺たちは生活をしていた。

 魔物が町を襲ってくることもなく、比較的平和にだ。

 俺から見たから、異界と人間は共存している様に見えた。


 ……見覚えのある角を曲がる。何度か歩いた道。もう、一人でも行けるぐらいに覚えてしまっている。


 その店は、家から歩いてすぐにあるシンジュク中央大通りを南に進み、何本目かの十字路を右に入った先にあった。

 いいのか、悪いのか十五分も歩けば着いてしまう。


 そして今、俺とユリカは例の武器屋の前に立っていた。


 風が吹いて髪が揺れる。七月の日差しが心地よい。

 俺が生きていた時代よりも、ユリカイワく夏は過ごしやすい気温になっていると聞いた。

 自然が増えたせいじゃないかと。皮肉なもんだ。文明が滅んだら生活が過ごしやすくなるなんてな。


 当たり前だが、三百二十二年後にも四季はある。俺がここで目が醒めた時は、春だった。

 なんと、今も夏祭りもあるらしい。ユリカの花火も上がると話す横顔は、どこか懐かしくて寂しそうな表情をしていた。


「うーん」と頭を振って思考するのをやめて武器屋の看板を見上げる。

 夏祭り……か。いいな。


 あ、そうそう。道すがら何回かすれ違ったんだけど、この世界には車……装甲車と言えばいいのか、四駆をさらに四角くして、大きくしたと言えば伝わるだろうか? 

 そんな車が走っていた。

 他にはバギータイプのスカスカの骨組みの車両にタイヤが付いた車や、二輪のバイクも見た。


 もちろん、俺のいた時代の物ではない。まだ、他に車種があるのかもしれないが……『魔導車』と言うらしい。


 砂煙を上げて走り去る姿は、やっぱり見てしまう。

 ユリカに聞いてみると、基本は探索作戦か、何かの目的を持って行動しているみたいだ。

 車両数もそこまで多くなく、大体、ここ、シンジュクには今、三十台と少しあるぐらいだと言っていた。

 貴重な戦力らしい。


 探索者を管理する、異界探索チヨダ本部が車両を運営をしていて、異界探索支部はそこに申請して、借りる形で使用する。

 元々は、昔の自衛隊が母体になっているのが異界探索チヨダ本部。正しくは『戦略自衛異界探索隊チヨダ本部』なんて言うらしいが、長いから誰も言わない。


 『戦略自衛異界探索隊チヨダ本部』は地下にある。

 場所は、元国会議事堂があった所だとユリカが話していた。


 今、科学は廃れ……『魔学』ってもんが発展してこの日本国を支えている。

 簡単に言えば、魔素の応用学だそうだ。


 ——違う世界に存在する力をこの世界に定着させてエネルギーとして使う。


 見えない何かを捉えて見て触る……と、認識が生まれ、分かる? らしい。


 今は、進んだ『魔学』によりある程度はオートメーションになっているらしくて、余程の魔素量が必要ではない限り、誰にも使えるように進歩していると。


 魔石、あるだろ? 魔物の腹をいて取る石だ。


 魔石は特殊な加工をすると『魔導石』に生まれ変わる。


 それに魔素を込めると、あら不思議『魔導力』が生まれる。


 その力の使用方法は多岐に渡るみたいだ。


 今朝、俺が使っていた魔石コンロにも『魔導石』が組み込まれていて、一般的にはそれらは『魔道具』と言い、魔石コンロは魔素を込めれば火が生まれて料理が作れる。


『魔導車』は、魔素を『魔導石』に込めたら走り出して、切れたら動かなくなる。

 そこは、分かりやすい。

 魔素がガソリンってことだ。

 いつか、乗って運転してみたいもんだ。





 ……




 ………………






 考え事をしていた俺の隣でユリカが「行くぞ」と両扉を押して武器屋に入っていく。


 店先で見上げる看板には、こう書いてた……『野バラ』。

 毒々しくピンクと赤色に染められたアンタッチャブルの看板を見ながら……思う。

 何度見ても、やばいな。

 店構えは普通だ。周りの建物と同じ灰色の二階建てだ。

 だからこそ、余計どぎつい色のした看板が目立つ。

 ……まあ、いい。


 俺もユリカに続いて木製の扉を押して中に入る。

 カラーンと可愛らしいベルの音が鳴る。純喫茶かよと……思いながら、意外に明るい、十畳より少し広いぐらいの店内を見渡す。

 2階まで打ち抜いた、天窓からさす光のおかげだろう。

 そのせいで物がごちゃごちゃ置いてあるのがよく見える。

 高い天井からぶら下がっている謎の干した草や、肉片、欠けた何かの干からびた腕らしき物……、よく分からない複雑な紋様を書いた長い紙が何枚も垂れ下がっている。

 まさに、異世界の怪しい光景がそこにはあった。


 壁に目を向けると、無数に掛かっている剣、槍、斧、ナイフ等々。

 壁の手前には腰ほどの高さの台が置いてあり、上には所狭しと何に使うのか一見しただけでは分からない物が沢山、乗っていた。


 だけど、俺は何故だかここに来ると……わくわくしていた。

 得体の知れない物だらけの武器屋。見るだけでも楽しかったんだと思う。


 台の上には『魔道具』が置いてあった。魔素を込めれば閃光を放つ球。投げれば地を柔らかくする針。一度だけ空気を硬くする粉。

 それらを吟味して買って冒険に出る。

 わくわくしないわけがないだろう?


 店奥から店主が出てきた。

 カウンターに越しに見える二メートルはある体躯に閉じ込められた、はち切れそうに膨らんだパンパンの筋肉の塊。まるでプロレスラーだ。

 何故か、店の中なのにプレートメイルを身につけている。

 兜は流石にかぶってはいないが。


 背の真ん中ぐらいまで黒髪をざっくりと下ろし、眉は凛々しく伸び、鼻筋もすっとして力強い眼光がこっちを見ていた

 黙っていれば、マッチョの男前だった……が、しかし。

 紅いルージュを塗った口が開く。


「あらー、早かったのね。ユリカちゃん!」


 この武器屋は不定休なので、師匠が事前に連絡を入れていたのだ。


「ああ、今日はシローの武器を買いに来た。ナイフを見せてくれないか」


「シローちゃんの初物? それは股間が、——腕が鳴るわね。スタイルはどうするの?」


 ……まて、股間は鳴らないぞ?


「二刀流スピード重視で、格闘タイプで行こうと考えているが……」


 会話を進める二人を見ながら立っていると、


「あらー、シローちゃん。緊張してるの? 最初はみんなそう、怖さと不安の先に気持ちいいことが待ってるのよ」


 店主の名前は、佐藤繁サトウシゲル。今年、三十二歳。凄腕の探索者で武器屋を営む……男。


「ユリカちゃん、いいわね! その着物、可愛いわ!」


 俺は……見ていた。


 佐藤繁、彼は……凄腕の、オカマの探索者だった。

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