第3話 お正月〜side渉〜 2
そう聞くと、貞子さんはぱあっと顔を輝かせ、うんうんとうなずく。
そうか、やっぱり……
でも、張り紙がはがれていたって、うちだって休みは休みだ。
ましてや、今は早朝。おばさんもおじさんも寝てるし、ここは断らなくちゃいけないのかな……
や、でも張り紙がはがれていたのはこちら側の責任。なにもしないというわけにはいかない……
そうやってあれこれ考えていると。
「あれ、渉?何やってるの?」
「
起きてきたんだ。寝ぐせのついたハネまくりの髪とは裏腹に、目元は昼の、キリリとしたものに戻っていた。
ちょうどいい。これまでの経緯を話して、どうすればいいと思うか、相談してみる。幸はその話を聞き終わったとたんに、こういった。
「え、お客さんがうちをたよって来てくれたんでしょ?だったら何とかするしかないじゃん」
「え……?」
ぽかんとしている僕を置いて、幸は店の正面入り口のカギをガサゴソしだす。
どうぞ~、なんていってドアを開ける幸に、貞子さんは少しびっくりしながらもお辞儀をして入っていく。
いや、まてまてまてまて。
それ、もしかして。
「幸ってカッティングとかアレンジとか、できたっけ!?」
幸は、この家に住むものでキングオブ不器用で、なのにっ!
小声で幸にたずねる。すると、幸は、笑顔のまま、いった。
「全くできないよ。渉、あとは任せた」
……どうやら、腹をくくるしかないようだ。
「では、シャンプーしてきますねー」
コクリ
………
きまずい。普通にきまずい。
不幸中の幸い、とでもいうべきなのか、貞子さんは髪を切ることでなく、ヘアアレンジを目的として来ていた。
それぐらいならやったことはある、と思って一安心していたけど、この人、一言もしゃべらない。
髪にさわらせてもらっている間は、トークをし、飽きさせない。これも、美容師としてのおきてだったりするんだけど。
一言もしゃべらないから、名前だって聞けない。はなしかけても、首を縦か横に振るだけで会話が終わってしまう。
……こんなお客さんは初めてだ。どうすればいいのだろうか。
黙々と手を動かし、悶々と考える。
うーん、いったい……
「……たる!…渉っ!!」
「うわあっ!!」
ふと我に返ると、目の前に幸の顔があって、下を見ると、見事に泡だらけになっている貞子さんの顔があった。
やばいっ!
「すみませんっっ!!」
ひさしぶりだ、こんなミス。お客さんの様子を見て働くことが第一なのに。
せめて綺麗に泡を流せるようにって最大限の気を使ってシャワーをあてていく。
終わって、貞子さんが椅子から立ったとき、急いで頭を下げた。
「本当にすみませんでした!」
……
……いつまでたっても声が聞こえないので、そろそろと顔をあげる。
そこには困った顔で首を横に振っている貞子さんがいた。
……許してくれたってことかな。
ほっと一息ついて、次の椅子へと案内する。
大丈夫、ここからはぼくの得意なところだ。
「幸、あれ持ってきて」
「あ、了解ー」
あれ、で伝わるぼくたちは、結構いいコンビかもしれない、なんてことが頭をよぎった。
「どういう髪型にしますか?」
「………」
うーん、どういう髪型にしたくてここにきたのかも教えてくれない、と……
「じゃ、じゃあ、この後、なんの行事があるんですか?」
「……」
あー……どうしたものだろうか……
頭をひねっていると、お待たせ、と幸が、ぼくの使っているカバンを持ってきてくれていた。
あ、ありがとう、と受け取って、とりあえず中を開く、と。
貞子さんが何かに反応して、指をさす。
なにかヒントになるかと思ってみると、彼女はカバンの中に入っているレースのサンプルをさしていた。
レース、レース……
「量産型にしてほしい、とか……?」
そう呟くと、ふるふると首を振られる。
まあ、髪型をそうしても、洋服との釣り合いがとれないもんなぁ…
「……結婚式」
「は?」
「もしかして、友達かなんかの結婚式のお呼ばれですか?」
幸がとなりで尋ねると、貞子さんはコクコクうなずく。
なるほど、結婚式。
それなら色々なことが繫がる。
急に予定変更された、っていう事例ならいくつかあったと思うし。
でも。
「…なんで幸は、わかったの?」
「あー……お祖母さんの影響?」
…なるほど。
幸には、僕とは血の繋がりがない、母方のお祖母さんがいる。
確か、心理学の教授とかなんかで、その業界じゃかなりの有名人らしいけど、あの人は引き取ってもらった僕を気に入っていないらしく、会ったことはない。
まぁ、どうでもいいっていったらそうなんだし、血が繋がってないんだったら当たり前の事かもしれないし。
あんまり気にしてはいなかったけど、幸がちょっと気まずそうだったので、この話題を続けることは避けておこう。
さて、話を戻そう。
結婚式なら、正装で、綺麗に。
でもあまり目立ちすぎるのも駄目だから、微妙なアレンジが必要になる。
何かイメージはありますか?って聞いたら首を横に振られたから、そこはおまかせってことでいいんだろう。
悩む僕の脳内に、ころなにした、アレンジが浮かぶ。
……みつあみ。
いいかもしれない。
「それではやっていきますね」
声をかけて、始める。
まずは、ハーフアップにして、クリップで止めておく。
残りの髪にコテをクルクルまいて、、いい感じに仕上げていく。
ハーフアップで使っていなかったサイドの髪を、貞子さんが指を指していたレースに近いリボンを編み込み、そのままみつあみ。
ちょっと引き出して緩めた後、同じリボンを使って、丁寧に結んだ。
……まぁまぁいい出来かな。
「いかがでしょうか」
貞子さんに、一応巻いていただいていたケープをとって、全体を見えるようにする。
貞子さんは、途端に目をうるうるさせ、ぴょんと立ち上がってから何度も何度もお礼をしてくる。
そんないいですって慌てるぼく。子供なのに。失敗もしたのに。
でも、幸も拍手してくれたし、ギリギリ合格点ってことで、いいのかな。
と、お会計のレジを指差して、お財布を取り出した貞子さんを、僕ら二人で必死に止める。
こんなことでお金もらっちゃ、倉田美容院の名がすたる!
「ほんとにいいですから!ぼくら子供ですから!」
「ぼくなんてなんもしてないけど!でもだめです!」
必死で抗議すると、しぶしぶ、という様子でお財布をしまってくれた貞子さん。
それでも納得がいかない、って顔をしてる彼女にむけて、ぼくはこういった。
「じゃあ、お名前聞かせてください。ぼくが最初から最後まで担当させていただいたお客様って、初めてなので」
自然と、笑顔になる。
最後まで貞子さん、じゃ、しめしがつかない。
ちょっと首をかしげて、あぁ、とでも言うようにうなずいた彼女は、震えた声で、こういった。
「貞子っていいます。今日はお菊の結婚式が急に、はいってしまって…焦っていたのですが助けてもらえてよかったです。ありがとうございました。」
礼儀正しくお辞儀をし、スルスルと帰っていく貞子さん。幸があっと声を出したとき、貞子さんは見事に窓ガラスをすり抜けていった。
「本名……?」
「本物……?」
さあっと、笑顔が抜け落ちて、血の気が引いていくぼくたち。
「夢……そう、きっと夢…きっと…。もう一眠りしてこよ…」
そうつぶやいて、二階へ上がっていく幸。
僕はというと。
ジーンズに結んだ空紐を見て、ちょっと笑った。
「摩訶不思議な世界、既にみちゃってるからなぁ……」
さわっとそれをなでたところで、スマホがピコンとなる。
…蓮斗からだ。初詣のお誘いらしい。
話題が一つ増えたな、なんて思って、スマホを置いた。作業用エプロンを解く。
よし、行こう。
ぼくの、居場所へ。
明日も天気になーれっ! 短編集 高森あおい @takamori-ao
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