13世紀中ごろ、第7回十字軍を題材にした作品です。
『聖王の侵略』というのは、ちょっと逆説的な感じのタイトルですね。そこは、作者さんのねらいの一つかもしれません。
たとえば、カフェの席に座っているとき、
「そこ、おれたちが取ってた席なんで、どいてくれる?」
とか言われたら、面食らいますよね。
「え? 私も前から座ってますけど。取ってたっていつから?」
「そうねえ。えーっと、開店前から?」
ほとんど、たんなる嫌がらせ。十字軍って聞くと、こんなやりとりを想像してしまいます。
自分たちの信じる救世主が死んだ土地(エルサレム)は、異教徒の手に落ちていて、巡礼のお参りもできない。
「悪いけど、そこ、もともとおれたちの土地なんで、どいてくれる?」
「お前たちの土地って、いつの話よ?」
「えーっと、1000年ちょっと前?」
「ハァ?」
みたいな感じで始まる戦争(笑)。言われたほうも、はい、そうですか、と引き下がるような、ヤワな相手ではありません。
両者の戦争は、いわゆる「仁義なき戦い」ってやつになります。
いいかえると、両方の陣営は、これでもかとばかり、だまし合い、ばかし合い、出し抜き合う。敵から巧みに情報を盗んだり、まんまと罠におとしいれたり、ときには、味方同士でだまし合ったり……。
登場人物たちが、これまた人間くさく、したたかで、魅力的に描かれています。これも、作者さんの得意とするところ。とりわけ、エジプト側の女性キャラたちが、とても活き活きしています。
最後まで飽きさない物語です。
読者の皆さんはバイバルスを知っていますか?
私は知りませんでした!
世界には日本人にあまり知られてない、こんな凄い英雄がいたなんて! 世界はなんと広いのか。歴史はなんと面白いのか。
今、私の中ではバイバルスの名がアレキサンダー大王やナポレオンと並んで燦然と輝いています。
「どんな題材を選ぶか」は作家の才能の一つだと思いますが、その点でこのヒーローに目を付けた作者のセンスの良さを感じます。
合戦絵巻のようなダイナミックな戦闘描写やキャラクター達に魅せられると同時に(女性キャラクターも素敵!)、十字軍や諜報に関する蘊蓄も満載で、知的好奇心が大いに刺激される作品となっています。