直感

独白世人

直感

 日曜の朝、まだ夢と現実の狭間をさまよっていた僕に、彼女は突然問いかけてきた。

「最高の人生って、どんな人生だと思う?」

 スベスベした足が、僕の足に絡みつく。少し冷えた体温が心地よく、彼女の左手は迷いなく僕を握っていた。寝起きの意識がかすむ中で、彼女の声だけが妙に鮮明に響く。

「んー……やっぱり夢が叶ったりする人生じゃないの」


「そうだよね。私もそう思う」

 彼女は柔らかく笑った。その笑顔の奥に、冷たい刃のような光を一瞬だけ見た気がした。彼女の夢は犯罪心理学を追求すること――人間の闇の奥で蠢くものを、どうしても覗き込みたいという欲望だった。


 次の日、僕は彼女に別れを告げた。理由は説明できなかった。ただ脳が、本能が、これは危ないと叫んでいたのだ。

「そうね。そうしましょう」

 一瞬固まった表情の後、彼女は即答した。だがその瞳には、裏切り者を見るような嫌悪が浮かんでいた。その目を、僕は一生忘れないだろう。


 ――あれから十三年。

 ニュース番組の画面に、手錠をかけられた彼女が映っていた。

 落ち着いたスーツ姿で、わずかに口元を歪めている。ワイドショーでは「美しすぎる殺人者」と呼ばれ、SNSでは彼女の動機が、好奇と揶揄の餌食になっていた。

 彼女は夫を殺したという。理由を問われ、「どうしても分からないことがあった」と答えたらしい。

 直感に従ったおかげで、僕は生き延びた。

 けれど――彼女にとっては、これこそが最高の人生だったのかもしれない。

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直感 独白世人 @dokuhaku_sejin

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