第4話 時の迷子の憩い場にて

 アルド・サイラス・ヘレナは、星の夢見館のあるじの導きにより、どの時層にも属さない場所、次元の狭間に来ていた。


「あるじに言われて 来てみたけど……。」

「ここに 何があるというでござるか……?」

「あるじは 何を見せたかったのかしら……?」


3人がどうすることもできずにいると、だれかが声をかけてきた。


「来ているな アルドたち。」

「……! マスター!」


アルドたちの前に現れたのは、次元の狭間にあるバー、時の忘れ物亭のマスターだった。


「とりあえず 中に入ってくれ。」

「あ ああ。」


よくわからないまま、アルドたちはマスターの後に続いて、時の忘れ物亭に入った。


「きみたち 人との出逢いを求めているそうだな。」

「なんで それを……?」

「なに 話を聞いただけさ。それで 出逢いを求めるなら ここにいるといい。」

「ここに でござるか……?」

「ああ。もうじき まただれか 来る頃だろうからな……。」

「それって 時層から迷い込んでしまった人たちのことかしら?」

「そうだ。」


すると、それまで食器を吹いていたマスターは手を止め、アルドたちに向き直って言った。


「……きみたちに お願いがある。」

「なんだ?」

「これから おそらく 時の迷い子がここに来るだろう。その迷い子には 話を聞くだけにとどめてほしい。決して きみたちの力を使って 元の時代に戻してあげようとは思わないでくれ。」

「なぜでござるか……?」

「迷い子は 星の導きのままに 来るべくしてきた者たちだ。それを元に戻すということは 因果に逆らうことになる。」

「ええ わかったわ。」

「すまない……。さあ そろそろ来る頃だ。」


マスターの声で、一斉に扉に視線をやると、ほどなくして扉が開いた。


>>>


 時の忘れ物亭に入ってきたのは、見覚えのある男性だった。


「ここは どこだ……?」

「いらっしゃい。ここは時の忘れ物亭…… 時の狭間でたゆたう憩い場。」

「そうか……。」

「この人 どこかで……。」


アルドは、記憶をさかのぼっていき、ようやく思い出した。


「あっ あんた カーゴ・ステーションで逢った……!」

「そうでござるよ! どこかで見たことあると思ったら 機械を廃棄しようとしたいた科学者ではござらんか!」

「ん……? ……あなた方はどこかで お逢いしましたか……?」

「何を言うでござるか……! さきほど あったばかりでござろう?」

「……! もしかして もう忘れてきているんじゃ……。」


次元の狭間に行き着いた者は、徐々に自分がどこから来たのかも、自分が何者かも忘れてしまう。そのことを思い出したアルドは、驚きを隠せなかった。


「この人は アルドとサイラスの 知り合いか何かかしら?」

「そういえば この者に逢った時は ヘレナはいなかったでござるな……。」

「この人は カーゴ・ステーションで 自分で作った サーチビットを捨てようとしてたんだ。」

「あら それはどうしてかしら?」

「たしか 作った機械が 人を攻撃してしまったからとか 言っていたでござるよ。」

「それで 暴走しかけていた サーチビットを オレたちが倒したんだ。」

「なるほど そうだったのね。しかし 相変わらず 人間って勝手なのね。」

「何が言いたいでござるか……?」

「自分たちが 好き勝手に作り出しておいて いざ自分たちの害になったり 使えなくなると 簡単に捨ててしまう。そんな 身勝手なことがあるかしら?」


ヘレナは、静かにしかし確かな怒りを持って話していた。アルドの仲間になったとはいえ 世の中にいるそういった人たちへの怒りの炎は まだ消えてはないようだ。


「……。……その人も 同じことを言っていたよ……。」

「……なんですって?」

「作り手や一緒に過ごした者にとっては 家族なのに どうしてそんなことができるのか。人になら絶対にやらないことを 機械だと平気でやってしまうのは なぜなのだろうって。」

「……。」

「しかし なぜそんな人が……。」


すると、先ほどまで黙っていた研究者の男性が口を開いた。


「……私は何かとても つらいことがあったんだ……。……そして そのつらいことを起こさないようにと 何か大切な物を作っていて……。」

「じゃあ 何か新しい発明をしていたってことか……!」

「……しかし 何を作っていた……?」

「思い出せないのでござるか……。」

「……ああ。だが これを作れば モノをモノとして扱うことなく 対等にできると そう思っていたと思う……。」

「そんな すごいものを作っていたのか……!」

「……。」


先ほどまで話していた研究者が急に黙ってしまった。


「どうしたんだ……?」

「……私は…… どこから来たんだ……?」

「えっ……?」

「私は 何者だ……?」

「まさか それさえも 忘れてしまったでござるか……?」

「まあ 自分が何かなんて気にすることもないか……。」


そういって、研究者「だった」男は、2階へと上がっていった。


「……なんで 世の中に必要な人ほど こうなるのかしらね。」

「ヘレナ……。」


すると、また扉にかかっているベルの音がした。


>>>


 そこに入ってきたのは、また見覚えのある青年だった。


「……ここは……?」

「いらっしゃい。ここは時の忘れ物亭…… 時の狭間でたゆたう憩い場。」

「そうですか……。なんか 聞いたことはなかったですけど 納得しました。」

「あなた……!」


ヘレナはその男性を見て、すぐに病弱だった母を連れ戻そうとしていた体の弱い男性だとすぐにわかった。


「あんた リンデの……!」

「あ あなたたちですか……!」

「拙者らのこと 覚えているでござるか……?」

「ええ もちろん!」


どうやら、この男性はまだ記憶を失ってはいないようだ。


「あなたたちには お礼を言いたかったんです……! あの後 紹介してくださった方が とてもよく働いてくれて 母さんも安心して 体を休めていました。僕も 漁を手伝ったり 娘さんの世話をしたりしているんです!」

「よかったじゃない。これで一安心ね。」

「はい……! 本当にありがとうございます!」

「オレたちは 当然のことをしたまでだって。」

「そんな……! あなた方は 私たちの命の恩人です!」

「しかし 何でここに来たでござるか……?」

「それは……。あれっ 何でだったかな……?」

「まさか 忘れてしまった……?」

「たしか 母さんたちのために薪を取りに どこかの海岸に行って 何かに襲われそうになったから 急いで どこかへ向かっていたような……。」

「まずいでござるぞ……!」

「このままだと さっきの研究者みたいに……。」


青年の話がどんどん曖昧になっているのを受けて、3人は少し困惑気味だ。


「あれっ そもそも 僕は どこから来たんだっけ……。」

「おい おぬし! 拙者らのこと 覚えているでござろう……?」

「あなた方は……。誰ですか……?」

「手遅れか……!」

「でも…… なんとなくあなた方をみると 心が高揚するような気がします。」

「あなたがいなくなったら あなたのお母さんはどうするのよ!」

「な 何のことですか……?」

「……。」

「僕 なんか疲れたんで 上で休みますね……。」


そういって、青年は2階へと上がっていった。


「……。」

「何と 惨い……。」

「オレたち 何もできないなんて……。」


すると、またもや扉のベルが鳴った。


>>>


 次に入ってきたのは、どこかで見たような女性だった。


「こ こんばんは……。」

「いらっしゃい。ここは時の忘れ物亭…… 時の狭間でたゆたう憩い場。」

「……すてきなお店 ですね……。」


すると、しばらく考えていたサイラスが、声を上げた。


「あっ! 思い出したでござるよ! おぬし アクトゥールで神官に 説法を受けようとしていた おなごではござらんか!」

「そういえば あの時 神官さんと 一緒に いたような……。」

「あの後 例の神官とはどうなったの……?」

「……彼は わたしに 別れの挨拶と わたしに想いを寄せていたことを 告げていきました……。彼ったら 緊張して 噛んでばかりでしたし 最終的には 顔をくしゃくしゃにして 泣いていましたよ。」

「それで その後 どうしたんだ……?」

「彼は もう来ることはないだろうからと 想いだけ伝えて その場を去ろうとしました。だから その彼を呼び止めて わたしも想いを伝えたんです。」

「……な 何と伝えたでござるか……?」

「あなたの説法が聞けなくなるのは残念だと。あと 彼の想いに対しては……。あら……?」

「ま まさか……。」


アルドも他の2人もイヤな予感がしたが、それは的中することとなった。


「わたし 何て言ったかしら……。」

「いくら何でも それは忘れては いけないでござるよ……!」

「……あれっ? そもそもわたし……。わたしって…… 誰……?」

「あなた……。」

「あれっ でもなぜでしょう わたし 涙が止まりません……。」


すると、アルドは突然その女性の腕をつかんで、出口へ向かいだした。


「……今すぐ アクトゥールに行こう……!」

「アルド……? それは先ほど マスターが ダメと……。」

「でも こんなの 悲しすぎるだろ……!」

「気持ちはわかるわ アルド。でも そんなことしたら……。」

「でも オレたちなら 何とかできるかもしれない……!」


そうして、アルドは扉に手をかけようとした時、今まで静かにしていたマスターが口を開いた。


「……アルド。だめだ。最初に言ったはずだ。」

「でも……!」

「仮に 元の時代に戻したところで 何ができる。」

「それは 行ってみないと……!」

「いい加減にするんだ アルド。」

「……!」

「きみは 今までいろいろな時代へ旅をして 何を見てきた? きみが 彼女を元の時代に戻すことが 何を意味するのか分かっているのか?」

「どういうことだ……?」

「忘れたか 未来の都市で 次々に人が消えていく様を。目の前で都市が壊滅する様を。」

「……!」

「あれは 古代で 歴史が故意に書き換えられたことで 起こったことだ。きみがやっていることも それと同じじゃないのか?」

「……。」


すると、先ほどの女性が、恐る恐る言った。


「あの…… わたし ちょっと 心を落ち着かせてきます……。」


そういって、2階へと上がっていった。彼女の頬にはまだ、涙が伝っていた。しかし、彼女はその理由がわかることはないのだろう。


「すまなかったよ マスター……。」


アルドは自分がやろうとしていたことの意味を理解したようだ。一方、サイラスとヘレナはかける言葉が見つからずにいた。すると、マスターは、洗い終わったグラスを棚に戻すと、アルドに言った。


「アルド。きみは 本来ならすることができない「時空を移動する」ということができる。それによって 救うことができなかったかもしれない人や世界を 救ってきた。」

「……。」

「だが そうでない 普通の人々は 星の導きを受け 自分で選んで生きていくことしかできない。」


アルドはずっと、下を向いて聞いていた。


「だから この先旅を続けていくときに 今のように 時空を移動したとしても 救うことができないものに この先も出逢うだろう。」

「……。」

「その時に 救わない という救いを 選ぶ覚悟はあるか アルド。」


しばらく考えてから、アルドは言った。


「……ああ。」


短く強い意志を宿した返答に、マスターはゆっくりとうなずくと言った。


「ならば アルド。ふり返らずに進め 楽園に続く道を。」


アルドはうなずくと、何も言わず外へと出て行った。


「さて 拙者らも行くでござるぞ!」

「ええ。」


アルドに続いて、サイラスとヘレナも外へと向かう。


店を出る前に、ヘレナは立ち止まり、マスターに言った。


「ねえ マスター。」

「どうした?」

「私 人間ってもっと自分勝手で 愚かな生き物だと思っていたけど……。」

「……。」

「人間も こんなに出逢いと別れに出逢うのね……。」

「……それが 人間の心を温かくしていくのだろうな。」


ヘレナは、フッと笑うと、店を出て行った。


一気に静かになった店内。すると、マスターは引き出しから、「楽園のきせき」と書かれた本を取り出した。ちょうどそのタイミングで、バーの扉が開いた。


「そろそろ来る頃だと 思っていましたよ。」

「久しいな マスター。」


現れたのは、星の夢見館のあるじだった。


「どうだった アルドたちは?」

「最後はいい顔をして 去っていきました。」

「そうか。」


静かな店の中で、マスターとあるじは、取り出した本を開き、我が子を見るようなまなざしで、ながめていた。

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出逢いと別れの狭間で さだyeah @SADAyeah

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