第3話 航海せし旅人の水浴み場にて

 アルド・サイラス・ヘレナは、港町リンデから、古代の水の都アクトゥールを訪れた。


「ところで サイラス。」

「……? 何でござるか?」

「アクトゥールは帆船が多く出てるってことだったよな?」

「うむ。そうでござるよ。」

「この帆船はいったい何を運んでるんだ?」

「確か たまに 西の大陸の教会の定期便が来るでござるが 大体は漁船と交易船でござったな。」

「じゃあ リンデと同じなんだな。」

「運ぶものとしてはそうでござるな。しかし こちらの船は リンデほど大きくはないゆえ 運ぶものや人には限りがあるでござる。」

「確かに 小さな船が多いな。」


すると、ヘレナが北を指して言った。


「あっ さっそく 船が出るみたいね。」

「行ってみよう!」


>>>


 アルドたちが向かうと、一艘の船に釣り具を持った男性が乗り込もうとしていた。それを、女性が見送るようだ。


「じゃあ 行ってくるよ!」

「ええ 気を付けてね♡」


そういって、男性は船を出していった。ずっと見送っている女性にヘレナは話しかけた。


「あら お見送り……?」

「……? どちら様かしら……?」

「突然話しかけてしまってごめんなさいね。私たちは旅の者よ。あまりにも 楽しそうだったから つい話しかけちゃったのよ。」

「もしかして 見られてたの……? 恥ずかしいわ~!」

「先ほどの釣り人はもしや おぬしの……。」

「ええ。あたしの夫よ!」

「ずいぶんと 仲がよさそうだな。」

「わかる? わかっちゃう?? やっぱり 他の人から見ても分かってしまうのね!」


ややテンションの高い女性に、ヘレナは聞いた。


「ねえ もしよかったら あなたたちの 馴れ初め話でも 聞かせてくれるかしら?」

「あら あなたも そういうの気になるのね? いいわ! 教えてあげる!」


そういって、女性はヘレナたちに話し始めた。


「あたしね 海が好きなの。だから よく泳いだりしてるんだけど ある月のきれいな夜に 私が海を泳いで陸に上がろうとした時 たまたま漁師の男の子に逢ったの。それで 目が合った時 あの人 あたしに声をかけてきたのよ。でも あたし 照れちゃって 思わず 海に逃げちゃったわ。そして しばらくして もう一度陸に上がったら その人はいなかったの。」

「でも それで終わらなかったのね?」

「そうなのよ!」


思いのほか、ヘレナは楽しそうに聞いている。


「でも 実は昔から 夜に泳ぐのは危ないって怒られて禁止されてたのに 泳いじゃったから もしまた夜に泳ぎに行ったら 出ていけって言われたわ。だから 昼間に泳いでたんだけど その時から たまに あの人の詩が聞こえてくるようになったの。でも ある時 どうしても行きたくなって 海岸に行ったの。そしたら……」

「あの男がいたでござるな?」

「その通りよ!」


サイラスも割とのめり込んでるようだ。


「だけど 海の魔物に襲われたみたいで あと残りわずかの命だったの。そこで あたしが急いで 薬をとってきて飲ませたら なんと 呪いが解けたのよ!」

「な 何と……!」

「それで あたし 詩が好きだったから 私が泳いでた時に聞こえてきた詩のこと 話したの。そしたら やっぱり彼が歌ってて しかも あたしのことを思って 作ってくれたらしいのよ。」

「……。」

「だけど これで夜に泳いじゃったから あたし 家を出なきゃいけないって思って 戸惑っていたら 彼が 一緒に暮らさないかって言ってくれたのよ!!」

「それで 今に至るってわけか。」

「とてもロマンチックね!」

「いい婿殿に出逢えたでござるな!」

「まるで おとぎ話みたいだったよ。」


アルドたちは、その女性の話にうっとりしていた。すると、遠くから先ほどの漁師の声が聞こえた。


「おーい 今戻ったよ!」

「あなた……! 今行くわ! カジム!」


そして、こちらを振り返って言った。


「じゃあ 失礼するわね!」


そういって、女性は走って行ってしまった。


「すごいことがあったもんだな。」

「ええ。そうね。」

「まさに 運命の出逢いってやつでござるな。」


未だに、特にふわふわした気持ちのヘレナに、サイラスが東側を指して言った。


「おっ 船が来たみたいでござるよ!」

「じゃあ 行きましょうか。」


>>>


 アルドたちは、船の近くまで来ると、サイラスが突然言った。


「……! 隠れるでござる……!」


突然のことに驚きながらも、隠れるとアルドは聞いた。


「どうしたんだ サイラス……?」

「あれを見るでござる……!」


サイラスが指さす方を見ると、おじいさんが女性2人組に、猫を預けていた。しかし、猫は嫌がっているようだ。しばらくして、猫を船に乗せると、2人の女性は船の中へ入って行った。


「猫を乗せて行ったわね……。」

「でも あの猫すごく嫌がってたぞ……?」

「とりあえず そこのご老人に話を聞くでござるよ!」


そういって3人は、猫を預けたご老人のもと行き、話を聞いた。


「ご老人 ちょっといいでござるか?」

「おお サイラスか。」

「知り合いなのか……?」

「何度か 酒場でお逢いしたでござる。」

「それで どうしたんじゃ?」

「今 猫を預けていたでござろう?」

「ああ。何でも わしの猫に 猫にしかつかない病魔に 憑りつかれているみたいでの。それを ちゃんと 祓うために 少しの間 預かってもらったのじゃ。」


老人の話に、3人は首をかしげる。


「それって本当に信じていいのかしら?」

「なんか 怪しいな……。」

「ご老人 病魔に憑りつかれているということは どうしてわかったでござるか?」

「それは 先ほどの 女性たちが わしの猫を見るなり 言ったのじゃ。」

「……。」

「……。」

「……。」

「ど どうしたのじゃ?」


3人は、ご老人の話で、確信を持ったようだ。


「ご老人 とりあえず 待っててほしいでござるよ。」

「……? わ わかった。」

「じゃあ アルド ヘレナ 行くでござるよ。」

「ああ。」

「ええ。」


そうして、3人は船のところまで来た。すると、ヴァルヲを見つけてか、女性たちが降りてきた。


「あら あなたの猫ちゃん 病魔に憑りつかれてますわ!」

「そうなのか。」

「ええ! 私たち そんな猫ちゃんを お祓いするために やってきましたの。」

「じゃあ 頼むよ。」

「では 猫ちゃんを お預かりしますわ。」

「ああ。」


そういって、ヴァルヲを渡す時、サイラスが小声でヴァルヲに言った。


「頼むでござるよ ヴァルヲ。」

「にゃ~。」


ヴァルヲは一鳴きすると、女性のもとへと行った。


「では 確かに預かりましたわ。しばらく お待ちを……。」


女性たちはヴァルヲを連れて、船の中へと入って行った。


「本当に大丈夫なのか?」

「なに ヴァルヲなら やってくれるでござるよ!」


すると、ほどなくして、船の中から、複数の猫の鳴き声と女性たちの悲鳴が聞こえてきた。しばらくすると、船から何匹もの猫が出てきて、アクトゥールの各方々へ逃げて行った。最後に、ヴァルヲと老人の猫が出てくると、それを捕まえようと、女性たちが出てきた。


「待て……! くそっ 猫ごときが……!」

「とうとう 本性を現したでござるな!」

「なっ……!」

「あんた達 最初から猫を盗む気だったな?」

「……!」

「あなた達 胡散臭さ満載だったわよ。」

「……バレたら しょうがないわね……。そうよ 私たちは猫を大量に捕まえて 猫の毛皮を取ろうとしていたのよ!」

「なんてことを……!」

「とにかく 正体を知られた以上 あんた達には消えてもらうよ! 来なさい!」


そういって出てきたのは、2体のゴーレムだった。


「行くでござるぞ! アルド ヘレナ!」


>>>


 3人はあっという間にゴーレムを倒した。


「そんな……。」

「さあ まだ続けるつもりかしら?」

「ひぃ~~!」


そういって、女性たちは、船を置いて走って逃げて行った。それと入れ替わるように、先ほどの老人がやって来た。


「先ほどの女性たちが 血相を変えて走っていったが 何かあったかの?」


サイラスは、老人に顛末を話した。


「ご老人……。残念ながら 騙されておったでござるよ……。」

「そ そうなのか……?」

「オレたち 色んなところを旅してるんだけど 一度も猫に憑りつく病魔の話 聞かなかったぞ……。」

「それに その女性たち あの船に入っていったけど あの船 さっき来たばかりよ。」

「な 何と……。」

「とりあえず 拙者たちが 懲らしめておいたから もう大丈夫でござるよ。」

「なんとも お恥ずかしいかぎりじゃ……。でも わしの猫を助けてくれて ありがとうの。」

「にゃ~~。」


老人の猫もお礼を言っているようだ。


「お礼ならヴァルヲに言ってあげてくれ。」

「おお おぬしが助けてくれたのか! ありがとうの。」

「にゃ~。」


ヴァルヲは得意げだ。


「それじゃ わしは失礼するでの。」

「くれぐれも 気を付けるでござるぞ!」


老人は猫を連れて去っていった。


「しかし どの時代でも 何か悪さをたくらむ 不届き者は いるのでござるな……。」

「確かにそうね。」

「まあ それを防ぐことができてよかったよ。」


アルドの言葉に2人もうなずく。すると、ヘレナは南東を指して言った。


「あっ また船が来たわね。」

「あれは おそらく 教会の定期便でござるな。」

「よし 行ってみよう!」


>>>


 3人がやって来た船のところに向かうと、船から下りてきたのは、教会の神官の男性だった。


「はぁ~……。」


神官は船から下りるなり、ため息をついていた。いかにも、悩んでいる様子だった。


「何か あったのか……?」

「あなた方は……?」

「拙者らは しがない旅人でござるよ。」

「そうですか……。いいですね あなた方は自由そうで……。」

「……あなた 何か悩んでいることが あるんじゃないかしら?」

「ど どうしてそれを……!」

「あんた 何も知らない人が見ても わかるぐらい 落ち込んでるぞ?」

「そ そうなのですか……。」


神官はあまりの悩みようで、自分の落ち込んでいる様に気付いてなかった。


「それで 何があったんだ?」

「それは……。」


神官が話そうとした時、遠くから女性の声が近づいてきた。


「あっ 神官さん!」

「……!」


そうして現れたのは、一人の女性だった。


「今日も来てくれたんですね……!」

「は はい……! 実は……」

「今日も あなたの説法 聞かせてください!」

「ええ。わかりました……。少し用事がありますので お待ちいただけますか……?」

「わかりました! じゃあ いつものところで待ってますね……!」


そういうと、女性は走り去っていった。


「なるほど そういうことね。」

「おぬし わかりやすいでござるな……!」

「何だ どういうことだ?」


ヘレナとサイラスが神官の悩みを察した中、アルドは全く分からずにいた。


「もしかして まだわからないでござるか アルド?」

「……旅の仲間も苦労するわね……。」

「だから 何なんだ?」

「おぬし 悩みというのは もしやあの子のことでござらんか?」

「な 何でそんなことがわかるんですか……?」

「やはり そうだったのね。」

「何がなんだか さっぱりだ……。」

「おぬし アルドにも分かるように 説明してあげてほしいでござるよ。」

「えっ あっ はい……。」


そうして、神官は悩みを打ち明けた。


「私 このアクトゥールを拠点に 布教と奉仕活動をしているのです。そして 以前 私がここで説法をしていた時 彼女に出逢ったのです。」

「……。」

「彼女は説法を いつもとても熱心に聞いてくれていました。そして ある時 説法が終わった後に 声をかけてくれたのです。」

「ほうほう。」

「彼女は私に言いました。「あなたの 説法は面白くて 聞いていて楽しい。」と。私は説法をするといつも たくさんいた方々が3人ほどに減ってしまうくらい 人々のこころに 響かないので そう言ってもらえたことがとても嬉しかったんです。」

「なるほど。」

「そして 私の説法を聴きに来てくれる人も徐々に減って 今ではあの方だけになってしまったので 個人的に説法をしているのです。」

「なるほど。それで あのおなごに 惚れたでござるな……?」

「ま まあ そうなりますね……。」

「そうだったのか。やっと理解できたよ。」

「……アルドも まだまだでござるな……。」


アルドは、サイラスとヘレナに呆れられているとも知らず、アルドは神官に聞いた。


「それで どんな悩みなんだ……?」

「……私は神官です。神に仕える身である以上 恋愛などというものをするのは 度し難いことなのです……。」

「まあ そういうものなのでござろうな。」

「しかし 私は思うのです。神に仕える身である前に 一人の人間であると……。それゆえ 一人間として 恋愛をしてもいいのではないかと……。」

「確かに 言っていることは 正しいわね。」

「それゆえ その両方の思いに挟まれて 何もできずにいるのです……。いったい どうしたらよいのやら……。」

「それが あんたの 悩みってことか……。」


3人は神官の話を聞いて、しばらく考えていた。そして、最初に口を開いたのは、ヘレナだった。


「そういうことは 言った方がいいわ。」

「そ そうですか……?」

「ええ。伝えないと その思いはなかったことになるわ。」

「で ですが 急に言って あの方の気分を害されたらと思うと……。」

「だったら 時間をかけて 少しずつ2人の時間を増やして 少しずつ仲を深めるのは どうでござるか……?」

「それができたらよかったのですが 今日決めないと意味がないのです。」

「それは いったい どういうことでござるか……?」


すると、神官は悲しそうに言った。


「私 担当が変わって 本部での業務をすることになりまして ここに来るのは 今日で最後なのです……。」

「な 何と……! うむ……。」


サイラスは、言葉に詰まってしまった。すると、今まで黙っていたアルドが言った。


「なあ 一つ聞いてもいいかな。」

「ええ。何なりと。」

「あんたは どうしたいんだ?」

「えっ……。私 ですか……?」

「しかし おぬし それが決められないから 悩んでいるのでござろう?」

「そ そうなのですが……。」


すると、アルドは神官の眼を見て言った。


「たぶんだけど そういう時って 案外 自分の中では答えが決まっていて 一歩が踏み出せないだけなんじゃないかな?」

「……!」

「オレも どうすればいいか 迷った時に たまにそういう時があるよ。」

「……。」

「だから オレは あんたの気持ちを応援するよ。」

「私の…… 思い……。」


すると、神官はしばらくして、顔を上げて言った。


「ありがとうございます 皆さん……! 私 伝えに行きます!」

「そうか……!」

「張り切って 行ってくるでござるよ!」

「悔いのないようにね。」

「はい……!」


そうして、神官は走って行ってしまった。


「ちゃんと伝えられるかな……。」

「なに 心配は無用でござるよ。」

「ええ。きっと伝わるはずよ。」


すると、全く気配のしなかった後ろから、声が聞こえた。


「おまえ達 人の出逢いを 求めておるのか。」

「……! あんたは!」


そこにいたのは、星の夢見館のあるじだった。


「どうして あなたがこんなところに……?」

「時の風が吹くところに 私は現れる。」

「そういえば 今 人の出逢いがどうとかって 言っていたでござるな?」

「うむ。もし おまえ達が なお 人の出逢いを 求むるなら 次元の狭間へ行くといい。」

「そ そこに何があるんだ……?」

「それは 己の眼で確かめよ。全ては 星の見る夢の まにまに……。」


そういって、館のあるじは消えていった。


「一体何だったでござるか?」

「でも 次元の狭間って言ってたわね。」

「気になるし とりあえず行ってみるか。」


こうして、アルドたちは、館のあるじの言葉に導かれて、次元の狭間へと向かった。

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