第5話 勇者の闇落ちは阻止できましたか……?
「俺と、結婚してくださいませんか」
「……は?」
飲んでいた紅茶を吹き出す代わりに、カップを取り落す。
硝子の割れるような音がどこか懐かしかった。
この世界に自分が極悪王女として転生してから一か月後、勇者たちは王都に帰って来た。
王女として魔王を倒した偉業を称え、勇者シオンには爵位と王都に土地屋敷を与えた。
聖女との結婚も許そうと思ったが、聖女アデライトが結婚したのは元魔王軍の暗黒騎士とだった。
魔王に滅ぼされた国の王子だった彼は妹姫を人質に取られ、仕方なく魔王城で門番をしていたらしい。
聖女に説得され勇者に加勢して魔王を倒した彼とその妹姫を民として迎えることを聖女アデライトは褒美として求めた。
元々残虐王女だったミリアロゼの立場で反対できる程厚顔ではない。当然許可した。
聖女からは非常に感謝されたが、それよりも勇者に「慈悲深き王女だ」と感激されたことが嬉しかった。
彼からの好感度が高ければバッドエンドの運命が遠のくと思ったからだ。
その後暫くして、勇者シオンからアデライトと元暗黒騎士が恋仲だが結婚を教皇に反対されていることを聞いた。
二人を応援したいという彼に詳しく事情をきいた。勇者に恩を売るチャンスだ。
それにアニメのミリアロゼが酷い殺し方をしてしまった聖女に償いたい気持ちもあった。
過去の所業もだが大きいのは身分差らしい。確かに世界を救った聖女と元敵は難しそうだ。そんな時こそ王女の権力を使おう。
取り合えず騎士として取り立てて半年ほど経過してから処刑した騎士団長の代わりに元暗黒騎士を据えた。
前の騎士団長は児童誘拐殺人の常習犯だったことが勇者の協力で判明したので処刑できた。
それから数か月後に聖女と新騎士団長は式を挙げた。
その時「妹のように大切な存在が幸せになってくれて嬉しい」とシオンは泣いていた。強がりをと思ったが口にしないでおいた。
王女に転生後、処刑したのは騎士団長だけではない。アニメで勇者を殺そうとし殺された連中はやはり極悪王女の命令関係なく外道だった。
国で最強やら最高の頭脳やら言われていた彼らだがあくまで小国での話だ。
罪を咎めた所、逆に王女であるこちらを殺そうとしてきたが勇者が護衛してくれていたおかげであっさり返り討ちできた。
空いたポストは勇者が討伐の旅で知り合った実力者たちを紹介して貰い埋めた。寧ろ血塗られたリストラ実行前よりも国力が上がった気がする。
それに何より有難いのは勇者シオンが祖国とはいえ取り柄のないこの小国に永住してくれそうなところだった。
彼の功績なら大国の将軍としてすぐに迎えられるだろうし、どんな美姫でも娶り放題だろうに。
そんなシオンを将軍に任命したのは今年の春だった。女王即位と同時である。国は大いに沸いた。
この国と王女に我が忠誠を捧げると誓ってくれた彼に「つまり私の娘の騎士となってくれるの?」と意地悪く返したら慌てていて面白かった。
そして一か月前元聖女夫婦に可愛らしい女の子が生まれた。
子供は可愛いなとシオンの前で呟いた記憶はある。別に欲しいと言った訳ではない。まさかあれがフラグだったというのか。
「女王陛下を我が妻と呼ぶ許可を与えてくださいませんか」
「それは、つまり……」
「ただの村人だった俺がこのようなことを願うなど、不敬罪で処刑になる覚悟はできています」
「いやっ、それはしない!絶対しないから!……する筈ない、ですわよ」
勇者を処刑などとんでもない! 忘れかけていたバッドエンドルートを思い出させないで欲しい。
しかし完全に想定外だった。シオンのことは決して嫌いではないし寧ろ気に入って傍に置いていたがまさか結婚を申し込まれるとは。
恋人同士にすらなっていない。そんな甘い空気になったこともない。だって「俺」にそんな趣味はない。
確かに王女時代も、そして女王に即位した後も彼を重用し外出の際の護衛役を頼んだが。
魔族の生き残りに誘拐された時に真っ先に助けに来てくれたシオンに泣いて縋りついたりもしたが。
結婚を断っても闇堕ちはしないだろうが、シオンのことは嫌いでない。恋愛感情は今のところないが。
ううむ、どうしよう。転生してから五年近く経つが元の世界には戻れそうもない。男らしく覚悟を決めるべきか。
身分は問題ないだろう。本来のミリアロゼも勇者と結婚するつもり満々だったのだから。
それに物語の中で勇者と姫が結ばれて終わる話など幾らでもある。
陳腐なご都合主義だろうがハッピーエンドは素晴らしい。
転生してから強くそう思うようになった。
(もしかしてハッピーエンドの難易度を跳ね上げたのは全部王女の極悪さと短絡さが原因なのでは?)
アニメのミリアロゼは強引で身勝手過ぎた。何よりも性急だった。
いきなり結婚を迫って、断られたら即村を焼きます家族惨殺します仲間殺します。
そして勇者本人も処刑しますは破滅RTAが過ぎるというものだ。
大体、お前は魔王を倒した勇者の妻として後世まで崇められたいのではなかったのかと。
その勇者の名誉を貶めて殺してその後復讐されなくてもミリアロゼに何が残ったのだろうか。
一度振られても、その後普通に善良な王女として距離を近づけていたらその内勇者にプロポーズされてたんじゃないだろうか。馬鹿だな本当。
急がば回れとはよくいった物である。
割れたカップの破片に映るミリアロゼがどこか悔しがっているように見えて愉快だった。
でも彼女の場合は完全に自業自得だ。
愛とは押し付けるものでも、拒まれて憎むものでもない。
さて、勇者様からのプロポーズはお受けするべきだろうか?
私は少し考えた後口を開いた。
【END】
【完結】勇者を闇堕ちさせる極悪王女に転生しました。死にたくないので真っ当に暗躍します。 砂礫レキ@無能な癒し手発売中 @RoseMaker
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