3時間目 人工脳Ⅱ

「起立。これから4限・ソラキを始めます。礼」


教師は出席簿をつけ、教卓上の日記の山を見、生徒を見、目を細めて、言った。

「あのですね、みなさん。私、提出用のフォルダ作成しましたよね?紙に憧れがあったのでしょうけれど、滅多なことで使うものではありません。資源の無駄です。次からはデータ提出でお願いします。そもそもですね、ソラの初期の日記が紙なのは、非常に、驚くべきことなのですよ?温暖化を鑑みて、良い子は真似をしてはいけません。資源の無駄です」

2回言ったと口角を上げる者、吹き出す者、咳払いをする教師。

「今日は先週の続きです。人工脳については後で説明しますから、各自内容を整理しつつ読みなさい」


 §


2115.4.2

瞼を上げろ、そう脳が信号を送った。

そんなことを認識しながら僕は目を開けた。

閲覧した記憶経験からここはいつもの病室で、いつもの白天井が見えるのであろう。

そんなふうに考えていたのに。

「ソラ......っ、おはよう......」

涙と笑みを浮かべた両親に迎えられた。

ああ、そうだ。

2週間経っているのだ。

としたことが、時間感覚がずれていた。

さて、感動の再開と行こうか。


そうは問屋が卸せない。

の親はをソラ、と言った。

「わ...僕は......ソラ?」

とりあえず両親に答えを求めたら、目に見えて慌てだした。

「そんな、記憶がないの?」

「まさか、埋め込みに失敗したのか?」

違う。そういうことじゃない。

人間の定義を超えてしまったの死活問題。

「僕は人間なの?脳を全摘出してコンピューターに置き換えた僕は、サピエンスを名乗れるの?」

「なんてことを言うんだ、ソラはソラだ」

「ソラが私達の息子である限り、ソラは私達と同じよ」

それは、の両親だから持ち得る倫理だろう?

はもう死んでるんだ、脳を弄ったことには口を閉ざそう。

でも、がソラでで人間か、感情論で証明できると思うな。

......あ、やばい、処理が追いつかない。

と、ここで外部から願ってもないオファーが飛んできた。

Do you allow other他コンピューターと computers to connect の接続を許可し with you?ますか?

迷うことなく許可する。

だって、思考領域が足りないんだもの。


connecting接続中 connecting接続中 connecting接続中 connecting接続中 connecting接続中 connecting接続中 connecting接続中 connecting接続中 connecting接続中 connecting接続中 connecting接続中 connecting接続中...


世界が広がるってこういうことなんだなぁと思いながら、は接続を受け入れ続けた。

いくつかの領域を拝借して、思考を再開。


そして最適解は高らかに宣言した。

保留!、と。

ここまで、接続要請から6.1秒。


「そうだ。ねぇ、人工脳ってどんな仕組みなの?」

しばらく情報収集に徹しよう、そう決めて顔を上げたが見たのは......混沌だった。

どうやらあの6.1秒間、接続処理の様子を絶え間なく口に出してしまっていたようだ。

息子が突然周辺の電子機器を片っ端から掌握し始めたのだ。

ちなみに、私の頭の片隅では今も接続が続いている。

ともかく、両親はさぞかし驚いたことだろう。

接続しただけだったのと両親の奔走により、表沙汰にはならなかったもののさながら事件だった。

接続リンク事件とでも名付けようか。


 §


教師はチョークを持った。

「はい、旧紀元2115年4月2日分のソラキはここまでです。人工脳の説明を始めます」


人工脳

「コンピューターを応用した代替脳を指します。ソラの頭に埋め込まれたのは、生物コンピューター。細胞を用いた当時の最先端コンピューターです。ソラの両親の専門分野でした。摘出した脳の認知・解析・司令・調節機能及び生命維持機能と記憶の全てをスキャン・デジタル化し、神経系で人体と繋がったコンピューターに与えるという仕組みで、はたらきは人間の脳と同等とされています。もちろん他コンピューターとの接続によって領域の拡張が可能となり、脳という複雑なだけの1計算機以上のはたらきを、人工脳が持ち得ることは言うまでもありません。と、ソラキの知識を持つ私達は簡単に断言することができます。しかし旧地球の研究者たちは、脳と同じデータを持つ人工脳は脳と同じ機能しか持てない、そんな当時の常識から逃れられなかったようですね」


「ところで今回、途中から一人称が変わっていることに気が付いたでしょうか?人工脳で発生した人格が、オリジナルの脳の人格の同意を得て同化したのだとソラは述べています。以前、脳オルガノイドは自己の意識を持つことを説明しました。同じことがコンピューターであるはずの人工脳でも起こったのです。脳に等しい機能を得たからだと言われています。ソラの性格故か容易に同化して問題がないように振る舞っていましたが、露見すれば倫理関係に叩かれること間違い無しの大事件でした。まぁ、完璧以上のコピーである人工脳がそんなヘマをすることはこれからもないでしょう」

息をついて口を休める教師。

ここで1人の生徒が挙手した。

指名を受けて、その生徒はソラキ片手に立ち上がった。

「本文では、人工脳を持つソラが自己が人間かどうかについての思考で、領域不足に陥っていました。そのようなスペックで、あんなに多くのコンピューターと同時接続することは本当に可能なのですか?」

「いい着眼点です。そう、人工脳はやけにあっけなく音を上げています。その原因は外部接続以前の限られた知識を材料に思考を強行したこと。そもそも、人工脳は多重接続及び超マルチタスクごときに耐えられないほどやわではないのです」

ですよねー、とうなずく生徒達。

そして最後に教師は言った。

「では、もう一度ソラキを読んでみましょう。先程は不可解であった出来事が、これらの人工脳の特性を当てはめれば、たやすく理解できるようになるでしょう」



「起立。これで4限・ソラキを終わります。礼」






── 参考文献 ──

執筆にあたって、未熟ながら以下を参照しました。

が、「宇宙記」では事実と虚構が混じっています。ご注意ください。

・株式会社NeU 脳のしくみ・大脳と小脳、脳幹はどんな働きをしている?

https://www.active-brain-club.com/ecscripts/reqapp.dll?APPNAME=forward&PRGNAME=ab_brain_detail&ARGUMENTS=-A3,-A202009,-A20200902160632249,-A

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宇宙記ソラキ @ziena

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