2時間目 人工脳Ⅰ

「起立。これから4限・ソラキを始めます。礼」


生徒の着席を確認した教師は、開始そうそう爆弾を落と......すまでもなく、教壇上には課題の山。

教師は一言「まあ」と感嘆した。

「ではさっそく読みましょう。今日のソラキでは、8ヶ月空いた日記が再び始まります」


 §


2115.4.2

目が覚めたら、目が覚めても僕は何も変わっていなかった。

この出来損ないの心臓もあいかわらず脈を打っているし、脳もあいかわらず電気信号を発信している。

僕は一度、死んだのに。

僕の心臓病は先天性なのに、遺伝子をいじってもどうにもならなかったから、当時の医者は首をかしげた。

その原因不明の疾患は両親にある決意をさせた。

僕に死から最も遠い暮らしをさせる、と。

僕の症例が移植の対象にならないことを知った両親は、心臓オルガノイドの開発に乗り出した。

結論。心臓はできなかった。

オルガノイドなんて専門外の2人に、賛同者はいなかったのだ。

両親は、次世代コンピューターの研究者だった。

続いてコンピューターを用いた人工脳研究に着手。

死は鳴りをひそめたまま、長い時間が過ぎた。

そして。

世間が春休みに入ってすぐ、僕は心臓発作で倒れた。

ただ倒れただけならよかったけれど、恐れていたことが起こった。

脳死だ。

症例の初報告から150年が経ってなお、脳機能回復に有効な治療法は見つかっていない。

脳死は議論の末、死因の一つに分類されかけていた。

それは4年前までの話。

生物コンピューターの応用が始まって、除神経の問題がついに解決した。

代替脳としての使用が可能になったのだ。

一年前に実験動物への埋め込みが成功した。

次なるは臨床ヒト試験。

幸か否か対象者一号は僕になった。

以上。


 §


「さて、ここで語注です」

教師はチョークを握った。

教室に文字をつづる音だけが細切れに広がる。


1 ソラの心臓病

「旧地球では、すでに先天性疾患のほとんどを、出生前の遺伝子編集によって治療する技術を確立していました。それでも、ソラは原因不明の先天性心疾患患者でした」


2 オルガノイド

「幹細胞を使って人の手で作られた、本物そっくりの構造を持つ組織です。一部の臓器は移植の実用化に向けて、ラストスパートに入っていたようです。心臓オルガノイドもその4年後に提供が始まりました。一方、脳オルガノイドは自己の意識を持つことが確認され、研究が凍結されています」


3 脳死

「旧紀元20世紀に人工呼吸器が実用化され、現れた症例です。脳に何らかの衝撃があって、脳幹機能が停止した状態を指します。回復の可能性はなく、装置をはずせば心肺停止から個体死します。そのため日記のとおり、この状態を個体死とするかや、基準・扱いについての議論が続いてきました」


4 臓器移植

「病気や事故によって臓器が機能しなくなったレシピエントに、他の人ドナーの健康な臓器を移植して、機能を回復させる医療のことです。臓器移植で移植された心臓の神経は、移植を受けた患者とつながっていません。このような心臓を除神経心といい、日記にでてきたように除神経は人工脳においても課題となっていました」


「さしあたって、語注はここまでです。ソラいわく私たちの文明は、旧紀元21世紀半ば相当だそうですから、これからは技術面にも注目して読んでいくといいでしょう。ところで、まだ人工脳についての話をしていませんでした。実は、4月2日分のソラキはこれで半分なのです。もう時間ですから、続きは来週です」


「起立。これで4限・ソラキを終わります。礼」






── 参考文献 ──

執筆にあたって、未熟ながら以下を参照しました。

が、「宇宙記」では事実と虚構が混じっています。ご注意ください。

・Newsweek ニューズウィーク日本版

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/10/post-13266_1.php

・JOT 公益社団法人 日本臓器移植ネットワーク

脳死とは https://www.jotnw.or.jp/explanation/03/01/

臓器移植とは https://www.jotnw.or.jp/explanation/01/01/

・国立循環器病研究センター 循環器病情報サービス

[9] 心臓移植のあらまし http://www.ncvc.go.jp/cvdinfo/pamphlet/heart/pamph09.html

・AMED 国立研究開発法人日本医療研究開発機構

開発フェーズ(参考資料) https://www.amed.go.jp/content/000022342.pdf

・ウィキペディア ja.wikipedia.org/wiki/オルガノイド、ja.wikipedia.org/wiki/人工臓器、ja.wikipedia.org/wiki/脳死

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