第5話 はじめてのおつかい(狩猟) 前夜
村長さんの家での勉強会が始まり、一週間が過ぎた。
村長は腰が抜けるほど終始驚きっぱなしではあったが親身に魔力の扱いについて教えてくれた。
ヴァンもティオもそれなりに魔法や狩りについての知識を得ることが出来た。
「よし、じゃあこれで勉強会はひとまず終わりだ。だが今後分からないことがあればすぐに助けを求めるんだぞ。村周辺とはいえ狩りは命と命の奪い合いだ。気を抜けばすぐに死ぬ。もう少しいける、まだやれると思ったら引き返せ。物足りないくらいで充分だ」
昔、冒険者として人間や魔物との殺し合いを常としていた村長の言葉には重みがあった。
「「はい!」」
「と言っても初日は私もついて行くんだがな!がっはっはっは!」
勉強会最終日を終え帰宅する2人。
娘と息子が帰ってきたのを察して料理をしていた手を止める。
「お母さんただいまー!」
「母さんただいまー」
「あら、おかえりなさい。今日もドロだらけじゃない、はやく服脱いで水浴びしてきなさい」
「えへへ、はーい」
「はーい」
2人を微笑ましく見送りながら夕飯の支度に戻るティアナ。
「ねぇ、ヴァン、やっぱり言わないとだよね?」
「ん?そりゃあ母さんに一言も無しで狩りになんか行ったら怒られるよ?」
「うー」
家の裏庭
2人で大きな水桶に入りお互いの身体を洗いあっている。
今は暖かい季節なので大半の村人は冷たい水を全身に被り専用の布で身体を洗う。
これが寒い季節になると一部例外を除いて、殆どの村人は濡れ布を温めて身体を拭くのみになる。
一部例外というのはラディルクさん、村長みたいな人だ。冷たい水もなんのその、野太い笑い声を上げながら何食わぬ顔で水浴びをしているらしい。
「まあ、言ったとしても怒られそうだし、最悪行かせてくれないかも…」
「そーだよー!お母さん私たちのこと大好きだから危ないことはさせてくれないと思うの!」
「うーん、でも言わなかった方がもっと怖そうじゃない?」
「そ、それは確かに」
ばしゃばしゃと手で水を弾きながら思案する。そして何かを思い出したかと思えば両手で自らの身体を抱き身震いする。
以前ティアナはくだらない事で娘と息子が喧嘩し家の家具を壊してしまった際に物凄く怒ったのだ。その時の表情は今でも脳裏に焼き付いている。ティオも母さんの怒った表情を思い出したのだろう。
「じゃあ、言い出すのはヴァンにまかせた!」
「え、やだ」
「なんで!いいじゃん!」
「怒られたくないし」
「怒られるの前提なんだ!?」
「うん、こーんな顔で怒るかもよ?」
「ぷふっ!ううん、たぶんね、こーんなかお!」
お互いに怒った際のティアナに似せて変顔をしだす。楽しくなり家の裏庭に笑い声が響く。
「ふたりともー!そろそろご飯よー」
ティオとヴァンが水を掛け合ったりして遊んでいるとティアナさんが声を掛ける。
「「はーい」」
夕飯、献立はいつもの如くクズ野菜のスープにお肉が少々、そして硬めの黒パン
「それで?ここ最近2人とも村長さんの家に行ってなにしてるの?」
「「え?」」
ヴァンもティオも水遊びに夢中になってしまいすっかりその事について忘れてしまっていた。
それを思い出した2人は途端に焦り否定してしまう。
「な、なんでもないよ!」
「うん、ひみつ」
「ば、ばか!秘密なんて言ったらなにか隠してるって白状してるもんじゃん」
「あ…」
「ふーん、お母さんにも言えないことなんだ?」
ニヤニヤしながら半目でこちらを見てくる。
「ほら、さっさと白状しないとお肉なしだからね」
そう言ってヴァンとティオのお皿から泣けなしのお肉が物凄い速さで消えた。
ティアナを見るとにんまりとした笑顔でお皿にはお肉が先程よりも増えている。
「あー!それはずるい!」
「母さん、大人気ないよ!」
「ふっふっふ、娘と息子は母には勝てないのよ」
勝ち誇ったように笑みを浮かべる。
「はぁ、わかったよ、話しますー
でもその代わり怒らないでよ?」
「あら、母さんが怒るようなことなの?」
ヴァンは真剣な眼差しで、ティオは少し目を潤ませた眼で母親を見つめると
ティアナは優しい笑顔で微笑む。
「えぇ、約束するわ。母さん怒らない」
言質を取り少し緊張が解れる。
そして一息付き意を決したように話し始める。
「実はティオと二人で狩りに行こうと思ってるんだ」
ばきっ!
母さんが木のスプーンを握力で破壊した音だ。
「ひっ!」
ティオが思わず小さな悲鳴を上げる。
「…………」
「怒ってないわよ?それで?狩りっていうのは動物や魔物を狩る意味での狩りのことであってるかしら?」
笑顔を浮かべてはいるが目が笑ってない。普通に怒るよりもこっちのが何倍も圧がある。
「う、うん、それで…あってる」
お互い沈黙し、長い静寂が訪れる。
「はぁ…あなたたちがどうしてそんなことをしようとしてるかはだいたい想像つくわ、私、そんなに顔に出てたかしら?」
「…うん、少しね」
「少しじゃないよ!最近ティオと一緒に寝てくれないし!村の畑仕事沢山するし、狩りに行く日は家に帰ってくるの遅いし、たまに目の下にくまができてるし!呼んでもぼーっとしてて返事してくれないことが多くなったし!魔法も教えてくれないし!ヴァンはたまに意地悪するし!…あ、あと最近一緒に寝てくれない!」
不満が溜まっていたのか怒涛に言葉を連ね、言い切った後は少し息を荒らげながらどこか憤慨した態度だ。
ティオが言ったことは事実なことではあるのだが些か誇張がすぎる。
以前のこの家では就寝時、母さんが真ん中で両端にティオとヴァンが寝る。そして毎日一緒に布団に入り寝ていた。
だが最近は十日に一度くらいの割合でティオとヴァンが先に寝て後から母さんが入ってくる。というような寝方だった。
朝は母さんの方が早く起きるのでティオが起きる頃には既に母さんはいない。
なのでティオからしたら「一緒に寝ていない」ということになるのだろう。
畑の仕事や狩りについても以前より10分くらい帰りが遅いだけ。
目の下のくまは毎日あってる俺ですら気づかないレベル。
ぼーっとすることに関しても、母さんは普段少し抜けている事があるので以前にも呼んで返事がないことはたまにあった。
魔法はまだ危ないし、
たまに俺が意地悪するのは………
ティオの反応が愛くるしいすぎるからだ
(愛ゆえになのだ。愛ゆえに!
許せ、ティオが可愛いのがいけないのだ)
(俺は悪くない。悪くないったら悪くないのだ!)
「そ、そう…」
突然のティオによるマシンガンで驚きつつも一息つくと真剣に娘と息子を見つめる。
「あなた達に心配をかけてしまったことはごめんなさい、でも私は………狩りに行くのは反対よ」
「………」
「………どうして」
「危険だからよ」
真剣に娘と息子の身を案じて語りかけてくるのが心から理解できる。
「私はこの村に住み始める前は旅をしていたの。獣人種でしかも少し珍しい白髪だしね、いろんな人にあったわ。親切な人や不器用は人、言葉巧みに騙そうとしてくる人。おかげでマーサさんみたいな素敵な方にも出会えたし、危うく奴隷にもなりかけたこともあるわ」
昔、冒険者をしていたことは少しだけ聞いたことがあるが詳しいことは知らなかったのでティオとヴァンは神妙な顔つきでその話を聞いていた。
「もちろん魔物と戦ったこともある。
だから私は知っているの、魔物がどんなに危険な存在か。それに森へ行くってことは人族と鉢合わせることがあるかもしれないわ。人族みんなが悪い人だなんて言わない、もちろん心の優しい人族も沢山いるわ。でももし、出会った人族が悪い人だったら……」
…………殺されるかもしれない。
母さんはその先の言葉を続けなかったが
今自分たちが行おうとしている行動はどれだけ危険なことなのか、あらためて2人は理解させられた。
「…………でも」
「ん?」
「それでもティオはお母さんの役に立ちたい!」
恐怖や脅えなのか母親のために奮い立とうという気持ちの表れなのか、ティオは真っ直ぐと母さんの目を見つめ返す。
「ティオ…」
「うん、僕も」
ヴァンは前世の記憶が下手にあったせいで「奴隷」というものを深く現実的には想像してしまった。それゆえ言葉が出ずティオに賛同する形で言葉を紡ぐいだ。
母と子達の間には再度沈黙が流れた。
「はぁ…………分かったわ
このまま反対し続けてもあなた達かってに森へ言ってしまいそうだし」
先に折れたのはティアナだった。ら
「おかあさん!!!」
「かあさん!!!」
認めて貰えた嬉しさで2人とも飛び上がる。
「ただし日が落ちる前に必ず帰ってくること、無理をしないこと、そして絶対にぜーーーーったいに!大きな傷や命に関わるような怪我をしないこと!!約束できる?」
「「うん!!!!!!」」
「ならよし!」
ニコッと笑顔になるとティアナは2人を抱き寄せた。
2人もティアナに抱きつくと力を強めた。するとティアナはそれに対しもっと力強く抱き締め返した。
「ティオ…ヴァン…ありがとう」
「「うん…」」
緊張が解け、
ティオはそのまま泣き出してしまった。
仕方なくティアナとヴァンはそのまま寝室へ向かい今日も三人で一緒に寝たのだった。
捨てられた皇太子、国を興す。 @mixineru
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