Bパート 10

「ブラックホッパーだと……おのれ!」


 機械侵略体ゼラノイアの母艦に存在する、大講堂。

 複雑怪奇なパイプや機械のつながりによって構成された空間の中で、巨大スクリーンを見上げていたゼラノイア皇帝がそう叫びながらわなわなと肩を震わせた。


 まるで、それと同調するかのように……。

 母艦ゼラノイアそのものもまた、激しく振動し内部を揺らす。

 いや、同調するかのよう、という表現は正確ではないだろう。

 そもそも、ゼラノイア皇帝とは、無数のコードによって母艦のマザーコンピュータと接続された端末に過ぎないのだから……。


 それにしても、船体そのものを振動させるとは、機械とは思えぬ非合理的で無益な感情の発露だ。

 だが、その揺らめき――シンギュラリティこそが、次元間を航行する一船舶に過ぎなかったゼラノイアを進化させ、分身とも配下とも呼べる存在たちを生み出し、一大国家と呼べる規模の組織に発展させた原動力なのである。


 とはいえ、怒れる母船の中で過ごす者たちはたまったものではない。

 大講堂に集った機械戦士たちは、皇帝が見せた怒りの激しさに驚きあわてふためき……中には、オートバランサーが振動についていけず膝を付く者の姿もあった。


 マシン参謀ギアも、マシン将軍ボルトも、皇帝をいさめることなどかなわず、ただただ無言のまま立ち尽くすのみである。

 船体そのものを揺るがす振動が続いて、ぴたりと三〇〇秒の時間が経過し……。

 不意にそれが収まり、先ほどまでが嘘だったかのような安定航行状態へと移行した。


「ふぅーむ……スッキリした」


 皇帝端末が、恐る恐る様子をうかがう機械戦士たちにそう宣言する。

 地団駄を踏むかのような、怒りの発露は終了。

 ここよりは、建設的に先の展望を述べる時間だという宣言であった。


 偉大なる機械侵略体の皇帝は、有機生命体がそうするかのようにいつまでも怒りを貯めこんだりはしない。

 かといって、それを飲み込みストレスとするような愚もおかさぬ。

 感情という不合理極まりない要素を完全に飼い慣らす……それもまた、ゼラノイア皇帝の恐ろしさなのだ。


「このたびは、私が選抜した機械戦士が不甲斐ないところを見せ、お詫びの言葉もありません……」


「よい」


 うやうやしく膝を付こうとするボルトを手で制し、皇帝端末が鷹揚おうように告げる。


「侵略において、予期せぬ出来事があるのは当然の出来事。

 無論、その不条理に怒りは抱くが、それはすでに発散した。

 ――よって、とがはなし!」


「――ははっ!」


 皇帝の言葉に、マシン将軍が再び直立姿勢へと戻った。


「マシン参謀ギアよ!」


「――はっ!」


 皇帝に呼ばれ、情報処理に特化した異形のアンドロイドが、脚部のスピーカーからそう返事する。


「ブラックホッパーなる謎のバイオロイド……その情報を集め、分析せよ!

 そしてボルトは、それを元に機械戦士をアップグレードし、次なる作戦を立案するのだ!」


「――御意ぎょい!」


「――ただちに!」


 ギアが、そしてボルトが、力強くそう返答した。

 配下への支持を出し終えたゼラノイア皇帝が、両腕を力強く掲げ国是こくぜを唱える。


「――侵略を!

 ……さらなる侵略を!」


 機械侵略体ゼラノイア……。

 その恐るべき侵略作戦は、まだ、始まったばかりである……。




--




 ポラロイダスなる敵の巻き起こした爆発も収まり……。

 残心姿勢を解いたブラックホッパーが、ティーナたちを振り返る。


 あの大理石像を手がけた職人には悪いが、そうしてたたずみながら絆のマフラーを風になびかせるその姿は、人の手による彫像など及びもつかぬ力強さであり……。

 目の前にある光景は、窮地に陥った人間が抱く都合の良い妄想ではないことを雄弁に物語っていた。


「……ショウ様!」


「勇者殿!」


「……ショウ……様……」


「主殿!」


 ティーナが、ヒルダが、ヌイが、そしてレッカが……。

 勇者に向かって駆け寄り、これを取り囲む。

 いや、駆け寄ったのは彼女たちだけではない。


「勇者殿! このスタンレー、無事な帰還をおよろこび申し上げます!」


「勇者様が帰って来たぞ!」


「先生!」


 それは、スタンレーたち騎士や、大神殿から様子をうかがっていた人々も同様であり……。

 その中には、かつてホッパーが勉学を教えた孤児たちの姿もあった。


「みんな……」


 押しかける人々の視線を浴びながら、ブラックホッパーは……かつての故郷に居場所を失った男は、何を口にしたものか思いつかず、しばし沈黙してしまう。

 そして、しばらくそうした後……。


「……ありがとう」


 口をついて出た言葉は、ごくごく当たり前な……万感の思いに満ちたものであった。

 それを受けた人々は、互いの顔を見合しながら……苦笑いを浮かべる。


「ショウ様、ありがとうは……わたしたちの言葉ですよ?」


 そんな一同を代表して、ティーナが勇者を見上げながらそう告げた。


「そう……かもしれないな」


 もしも、勇者が仮面のごとき異貌いぼうでなければ、きっとこちらも苦笑を浮かべていたに違いない。


「だが、それでも……だ。

 みんな、おれの帰ってくる場所でいてくれて……本当にありがとう」


 今度、人々が浮かべたのは苦笑いではない。

 ブラックホッパーの……イズミ・ショウという勇者の帰るべき場所でいられたことを誇る、心からの笑顔であった。


「それにしても……」


 ホッパーが、破壊された自身をかたどった像や、あちこちが爆発でうがたれた広場の石畳……そして、その一角を無残に爆破された大神殿を見やる。


「機械侵略体ゼラノイア……!

 まさか、新たな侵略者が現れるとはな……」


「ショウ様……。

 かつてあなたを召喚した者として、すでにその願いは果たされたことを重々承知の上で、ティーナ・レクシアがあらためて願い出ます」


 決然とした表情で、巫女姫が一歩前へ踏み出す。


「どうか……どうかわたしたちの新たな窮地を、お救いいただけませんでしょうか?」


「――無論だ!」


 その言葉に、勇者は……ブラックホッパーは力強くうなずき返したのだ。


 一際強い風が吹き……。

 首に巻かれた真紅のマフラーをはためかせる……。

 まるで、勇者の決意を祝福するかのように……。


「たとえ、どれほど強大な敵が現れようと……。

 おれは必ず、人々の自由と平和を守り抜いてみせる……!」


 そして勇者は、力強くその拳を突き出してみせたのである!


「おれは――勇者だ!」


 機械侵略体ゼラノイア……。

 魔人王が語ったように、これは間違いなくかつてない脅威であるに違いない。


 だが、彼らがその野望を果たすことはあるまい……。

 この世界に、勇者が……ブラックホッパーがいる限り!




 バッタの改造人間が勇者召喚された場合




 完

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バッタの改造人間が勇者召喚された場合 英 慈尊 @normalfreeter01

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