Bパート 9

「お、おのれええ……!」


 へこみ破れた頭部装甲の隙間から、バチバチと火花を漏らしつつ……。

 立ち上がったポラロイダスが、まるでにらみ据えるように頭部のレンズをホッパーに向けた。


「粒子爆弾が効かないくらいで調子に乗るなであります!」


 そしてその右手に、しょうこりもなく光球を生み出したのである。

 いや、一見すれば先ほどまでと同じ物に見えるこれは、やや色合いが異なるか……?


「バイオロイドとはいえ有機生命体である以上、その弱点は共通!

 そして、それへの対策を怠る自分ではないのであります!

 今度こそえるがいい!

 ――スタンボム! で、あります!」


「ふん……」


 まるで、キャッチボールでもしようというかのように……。

 ブラックホッパーが、無造作に右手を突き出す。

 そして、広げた手のひらで投げ放たれた光球をつかみ取ったのだ!


「……むっ!?」


 そのとたん、勇者の全身に走るのは超高圧の電流と、体の内側からバットで殴りつけられているかのような衝撃!

 確かに、有機生命体であるならば、例え像であろうともこれに耐え抜くことは不可能だ!

 ただの有機生命体であるならば、だが……。


「バエバエバエバエ……!

 何も考えずにキャッチするとは、やはり下等文明のバイオロイド!

 自らの性能を過信した報い! 受けるがいいでありますよ!」


 スタンボムをキャッチした姿勢のまま、全身を震えさせるホッパーの姿を見て、ポラロイダスが哄笑こうしょうを上げる!

 そして、パシャリとシャッターを切ったが……。


「ふむ……肩が軽いな」


 口元のスリットから吐き出された写真に写っているのは、肩こりをほぐすように大きく腕を回す勇者の姿であった。


「なるほど、確かに貴様の言う通りだ……。

 改造人間だのなんだのと自分を過信していたが、こんな体になっても肩こりの宿命からは逃れられないものであったらしい。

 いや、ほどよい電流と衝撃でずいぶんと肩が軽くなったぞ?

 貴様、機械戦士と言わず機械整体師と肩書きを変えてみてはどうだ?」


「く……う……!」


 再度の挑発に、ポラロイダスがわなわなと肩を震わせる。

 しかし、その手に再び光球を生み出すことはしなかった。


「なんだ、挑発すればもう二、三発は投げてくれるかと期待していたのだが……。

 ならば素直に頼んでみるが、倒す前にあと何発か今のを投げてくれぬか? ふくらはぎをもう少しほぐしてやりたいのだ」


「ず……」


「ず?」


「図に乗るなぁ! で、あります!」


 キッと顔を上げた機械戦士が、ポラロイドカメラそのものといった頭部のフラッシュ機構に両手を添える!


「――シャッターフラッシュ!」


 そしてそこから、変身時のホッパーが放つ光もかくやという強烈な閃光を放ったのだ!


「――む!?」


 まばゆい光を一身に受けたホッパーが、その動きをぴたりと止める。

 たった今、ポラロイダスから放たれた閃光のまぶしさたるや、地球の単位に当てはめたならば百万カンデラは下るまい。

 これは尋常な人間ならば、即座に方向感覚を失い、見当識けんとうしきの失調を起こすほどの光量なのだ!


「バエーイ!」


 身動きすることすらかなわぬであろう勇者に、機械戦士が俊敏しゅんびんな動作で跳びかかる!

 そこから突き出される拳の威力は、数トンほどもあるに違いない!

 ……当たりさえすれば、だが。


「――ふん!」


 髪の毛一本分ほどの差でその拳をかすめさせたホッパーが、逆に自身の拳をポラロイダスの顔面へ叩き込む!


「――バエッ!?」


 これを受けた機械戦士はまたもや大きく吹き飛ばされ、ガシャガシャと自分の装甲で石畳を打ったのである。


「そんなものが通用するか……!」


 拳を振り抜いた姿勢のまま、勇者がそう言い放つ。

 秘密結社コブラが技術の粋を集めて生み出した改造人間は、常人ならば目を焼かれる閃光にも即座に順応することが可能なのだ!


「ほう……。

 貴様? なかなかえる姿になったではないか?」


 自然体へと戻ったホッパーが、立ち上がろうとするポラロイダスへそう呼びかける。

 それもそのはずであろう……。


「ぐ……ううううっ……!」


 ポラロイドカメラそのものと言える頭部は、先の一撃と合わせてレンズの両脇部が大きく破損し内部機構を露出させており、人間で言うならば、両頬が大きく腫れ上がっているかのような状態になっていたのだ。


「ちょ、調子に乗りやがって……で、あります!」


 バチバチと、露出した内部機構から火花を散らしながらポラロイダスがそう吐き捨てる。

 とはいえ、もはや手品はネタ切れか……。

 機械戦士はなかなか堂に入った構えを取ると、勇者へ格闘戦を挑むべく突進してきたのである!


「なかなかの構えだ……。

 どうやら、貴様を生み出したゼラノイアとやらの技術力は想像以上のものらしいな」


 だが、ホッパーからすれば、それはしょせん上辺だけを真似たアルゴリズムの産物に過ぎぬ。

 すり足から、型のなぞりに至るまで……。

 基本という基本が欠落し、魂のこもっていない殴打など、ブラックホッパーに通用するはずもないのだ!


「――むん!」


「――バエッ!?」


 放たれた拳を素早くはたき落とすと、その手で喉元にチョップを打ち放ち!


「――とあっ!」


「――バエッ!?」


 痛みを感じぬロボットゆえだろう……それでも強引に掴みかかってきたのを一歩下がってやり過ごし、強烈な膝蹴りを見舞う!


「――でいいいやっ!」


「――バエアアッ!?」


 それによって生じたスキを逃さず、攻勢に出たホッパーが正中線を正確に射抜く五連拳を叩き込んだ!


「――バエッハア!?」


 もはや顔面のみと言わず、前面の装甲全てを破砕された機械戦士が、三度みたび、石畳の上を転がり回る。

 今こそ――決め技を放つ時!


「はあああああ……っ!」


 両腕をだらりと下げ……。

 呼気こきを整えながら、ホッパーがわずかに腰を落とす。


「――とおっ!」


 そして次の瞬間、踏みしめた石畳が弾け散るほどの、強烈な跳躍を見せたのである!

 舞踏のごときあざやかな空中前転から放たれる、跳び蹴りこそは……。


「ホッパアァ――――――――――キイィック!」


「――バエアアアッ!?」


 立ち上がったポラロイダスへ、ホッパーキックが炸裂した!

 頭部に命中した蹴りは、自慢のレンズを叩き折り、フラッシュ機構を損壊させ、フロントカバーを完全に欠落させる!


「バ……バ……ガビ……」


 それによって、言語機能にも異常が生じたのだろう……。

 あらわとなった内部機構の至る所から火花を散らし、破損のあまり前部から飛び出した特大フィルムを内蔵のように垂らしながら、どうにかポラロイダスが立ち上がった。


 しかし、その時すでに、勇者は再度の跳躍姿勢を取っていたのだ!


「――とおっ!」


 跳躍したブラックホッパーの体が、バレリーナのごとき華麗な空中回転を披露する。

 その動きこそは、バッタの跳躍力を余すことなく拳打へ乗せる奥義……!


「ホッパアアアァァ――――――――――パアアァァンチッ!」


 勇者最強の跳躍拳が、機械戦士の真芯を貫いた!


「バ……バ……バビ……ベビ……ック……」


 空中へ叩き飛ばされたポラロイダスが、もはや電子音と言うしかない言葉を漏らしながら――爆発を巻き起こす!

 その内燃機関か、はたまた別の何かへ、致命傷を与えた結果に違いない。


 ブラックホッパーの勝利だ。


「ふん……。

 爆発の美しさだけは、フォトジェニックだったな」


 新たな敵が繰り出した尖兵せんぺいの最期に、勇者はそう吐き捨てたのであった。

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