Bパート 8

 ――変身!


 奇怪にして流麗な動作を繰り出しながらそう宣言したイズミ・ショウの全身が、爆圧的な光に包まれる!

 ただ目を焼くばかりでなく、物理的な質量すら感じさせる光の奔流ほんりゅう……。

 それが収まった時……そこに立っていたのは、異形の戦士であった。


 全身は昆虫じみた漆黒の甲殻に覆われており……。

 関節部では、剥き出しの筋繊維がミリミリと音を立てている……。

 何より特徴的なのは、その頭部だ!

 まるで、バッタのそれと人間の顔をデタラメに組み合わせたかのような……。

 バッタ人間と形容するしかないそれは、見ようによっては頭蓋骨のようでもあり、さながら正義を執行するために舞い戻った死神のようであった。

 真っ赤な目が力強く輝き、首元では真紅のマフラーが風にたなびく!


 彼の再訪を見ていたのは、間近にいたティーナたちや騎士たちばかりではない……。

 避難した大神殿の窓から、固唾を飲んで見守っていた市民や神官たちも同様であり……。


 ――ワアッ!


 ……という、彼らの声になりきらぬ歓声が響き渡った。


「そ、その姿はあの像の……!?

 あれは、想像上の神などを掘ったものではなかったのでありますか!?」


 果たしてそれは、人間が目を白黒させている様をまねたつもりなのか……。

 頭部のレンズを繰り返し伸縮させながら、奇怪な人型ロボットが驚きの声を放つ。


「像……?

 あれか。悪気あってのことではないだろうが、あのような物を作られるのはこそばゆいものだな」


 ロボットのレンズが向いた先……おそらくは己の像だったのだろう、大理石の残がいを見やりながら勇者は苦笑の声を漏らした。


「ええい! 明らかに、この世界の文明レベルを逸脱した謎のバイオロイド!

 聞くのは三度目であります! いい加減に名を名乗るのであります!」


「ああ、教えてやるとも!」


 人型ロボットの言葉に、勇者は力強く拳を突き出しながら、正義の名乗りを上げたのである!


「おれは勇者――」




--




 バッタの改造人間が勇者召喚された場合


 最終話『ブラックホッパー』




--




「……ブラックホッパー!

 貴様が、どんな技術で作られたバイオロイドだか知らぬでありますが……。

 機械侵略体ゼラノイアの名にかけて、この機械戦士ポラロイダスが貴様をえさせてやるであります!」


 機械戦士ポラロイダスなる敵の頭部は、見た目通りの機能を有しているのだろう……。

 そのシャッターが切られ、名乗りを上げたブラックホッパーの写真がスリットから吐き出された。


「ショウ様! 気をつけてください!

 その者は、えどうのとよく分からないことを言いながら攻撃してきます!」


「ふん……えか。

 被写体に許可も取らず、事あるごとにパシャパシャ写真を撮るやからがいるのは、どこでも変わらぬらしいな……」


 ティーナの助言を聞き、油断なく構えながら、ホッパーがポラロイダスをにらみ据える。


「いいだろう!

 機械戦士ポラロイダス……!

 おれのこの手で、貴様を鬼盛りにしてやる!」


「キーッ! それはこっちのセリフであります!」


 勇者の他愛ない挑発は、しかし、その矜持きょうじを大いに傷つけたのだろう……。

 機械戦士は子供がそうするように地団駄を踏んだ後、やおらその右手をかざした!

 かざす手の中へ生み出されるのは、野球ボールほどもある光の球……。


「勇者殿! その球は爆発するぞ!」


「気をつけ……て……!」


「――むっ!?」


 ヒルダとヌイの言葉で、ホッパーは光球がもたらす効果を知る。

 だが、その時にはもう、ポラロイダスがメジャーリーガーもかくやという見事な投球姿勢を取り終えていたのだ!


「くらえ! 粒子爆弾!」


 向き合う両者の距離は、わずか数メートル……。

 いかに改造人間の身体能力と言えど、回避するのは至難のわざだ。

 しかも、うかつによければ、投げ放たれた光球がいかなる被害をもたらすか知れたものではないのである!

 ならば、取るべき方法は一つ……。


「――むうん!」


 勇者は腰に拳を当て、その分厚い胸を大きく張ってみせた!

 これは、ボディビルでいうところのフロントラットスプレッドだ!


 ホッパーの胸甲に粒子爆弾なる光球が直撃し……。

 プラスチック爆弾もかくやという爆発を巻き起こす!


「無防備に自分の粒子爆弾を受けるとは……!

 勇者だかなんだか知らぬでありますが、しょせんは下等文明のバイオロイドなのであります!」


 もうもうと土煙がたちこむ中……。

 確かな手ごたえを得たポラロイダスが、勝ち誇ってみせる。

 そして、無残に傷つき倒れる改造人間の姿を撮影すべく、ポラロイドカメラそのものの頭部を構えてみせたが……。


「……ふん。

 ゼラノイアとやらの科学力は、土埃を巻き上げるのが精一杯なのか?」


 果たして、土煙が晴れた中……。

 そこに現れたのは、まったく無傷なブラックホッパーの姿であった!


「な……あ……」


 反射的にシャッターを切ってしまったのだろう……。

 パシャリという音と共にフラッシュがたかれ、雄々しく立つホッパーの写真が吐き出された。


「そ、そんなはずが……。

 自分の粒子爆弾が効かぬはずが、なーいのであります!」


 逆上したポラロイダスが、両手に粒子爆弾を生み出し次から次へと投てきする。

 それは、いずれもが狙いあやまたずブラックホッパーへ直撃したが……。

 おお……見よ……!

 着弾のたびに巻きあがる土煙が、徐々に前進し……ポラロイダスへと迫っているではないか!?


「――ぬん!」


「――バエッ!?」


 粒子爆弾による連続攻撃をものともせず前進した勇者が、土煙の中から拳を放つ!

 なんの駆け引きもない、基本に忠実な正拳突き……。

 それは機械戦士の顔面を打ち据え、これを大きく吹き飛ばした!


 ガシャリガシャリ……と、転がるポラロイダスの装甲が石畳を打つ。

 再び土煙が晴れた中、立ち尽くすホッパーの姿は正拳を振り抜いたものであり……。

 やはり、全身を覆う漆黒の甲殻に傷らしい傷は存在しなかった。


「ぐ……う……」


 頭部の装甲を大きくへこませ……。

 どうにか立ち上がろうとするポラロイダスに、自然体となったホッパーが力強く宣言する。


「ティーナたちを傷つけた分……まだまだ盛らせてもらうぞ!」


 一年の時を経てなお色あせぬ勇者の強さに、再び歓声が湧き上がった。

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