Ⅲ「安全装置」

 地上五十階のビルも、病的なほど白かった。

 人衛機関ノーチラス本部。原始世界都市コスモグラフの中央にそびえている。

 周囲のビルやとうも天をつらぬかんばかりに高く、青年は眩暈めまいを起こしそうだった。

 

 少年――ベルと出会ってすぐのことだった。

 だんは機械的な対応の声が、あわてたように伝えてきた内容。

 

【少年を連れて至急本部ビルへ】

 

 T875の死を伝える作業さえも雑に行われ、気づけば遠い都市まで転送されていた。

 

 白い待合室の中で、白のソファにすわって一時間。

 見知らぬ少年とかたを並べる気まずさに、青年は胃に痛みを感じていた。

 

 ポケットから消えたうでおもい、自らの手首に視線を送る。

 まるでじょうのようなデザインをしている腕輪は、今もみゃくはくなどをデータとして計測している。

 任務中の行動全てを記録され、問題が起きれば検証。がんがらめのしょうちょうだ。

 

「その腕輪は大事なものなのかい?」

「ああ。人衛機関所属の証明だ」

「今回の安全装置はぼくちがい、安定した地位を手に入れたようだね」

 

 青年にとって、ベルの言葉はわかりにくいものばかりだ。

 かえされる「安全装置」という単語も、どうにもみがうすい。

 

「そういえば君はクローンなのかな?」

「急だな。そうだけどよ……」

「ふむ。じゃあ僕の八十年前のおくそうないな」

 

 とつじょとして出てきた年数に、青年は目を見開いた。

 長く生きて、若い見た目の人種は確かに存在する。

 しかし少年の外見は、そういった種族のとくちょうが見当たらない。

 

 他にも様々な方法が考えられるが、十四さい程度の少年におどろきがかくせなかった。

 それが伝わったのか、少年は青年を見上げながら続ける。

 

「八十年間、竜脈の流れでばされたんだ」

「……は?」

「まあふういんされていた、みたいなものさ」

 

 少年的にはくだいて説明したのだろうが、青年は不可解さで頭が痛くなってきたところである。

 決定的なズレが常に付きまとっているような、みょうかんけない。

 

「その間、星が無事だったのは君たちがいたからだろう」

 

 座りながらも、背筋を正した少年がていねいなおを行う。

 

「ありがとう」

 

 意表をかれた青年は、言葉の意味不明さに少しだけまどった。

 人衛機関はそういう組織だ。世界の防衛機構であり、人を守るぼうへき

 お礼を言われるようなことではない。そう思っていた――はずなのに。

 

 指先がじんわりと暖かくなる。そのぬくもりは初めてだった。

 

「別に……」

 

 素っ気なく返事をすれば、少年が少しだけ意地悪なみをかべた。

 

「これは僕個人の問題だからね。気にしないでくれ」

 

 ほんの少しのちんもく

 だが先ほどまでの気まずさは消え、やわらかさを覚える。

 他人といても残っていた違和感が、今だけは顔を隠している。

 

「しかし最高責任者と知り合いって……」

「いいや。初対面だが」

「はぁ!?」

 

 本部ビルまで連れてくるよう命令された青年にとって、その言葉は予想外だった。

 少年の不可解さが深まっていく、頭の中で聞き慣れた声がひびいた。

 

【F1092、最高責任者のしつしつまで来てねー】

「T876?」

 

 思わず声に出たが、相手には届かない。

 そういう能力であることも忘れるほど、少女の声に驚いたのだ。

 かのじょも本部に来ているのだろうかと考えながらも、少年に五十階までついてくるように指示する。

 

 白い大理石のろうを歩き、白のエレベーターに乗る。

 音やしんどうを感じさせず、真っ白な箱がじょうしょうしていく。

 とびらが開いた先にも同じ色のドアが待ち構えていた。

 

「失礼します」

 

 両開きの扉をゆっくりとし、一転して黒い部屋へ入る。

 電子の青い光が走るかべや、顔が映りそうなほどみがかれたゆかも真っ黒だ。

 照明がなければ夜の街よりも暗さを感じる部屋に、二人の男女が待ち構えていた。

 

 ゆうゆうに座るそうねんの男が、青年達にほほむ。

 五十代のようだが、整えられたくろかみしら一つ見当たらない。

 柔らかな青いひとみにはかんがあり、青年はその目を思わず見つめてしまう。

 一流のスーツを着こなしているが、だれもがいだく感想は「へいぼん」な男だった。

 

 かれひざうえには少女が座っていた。まるで人形のように美しい容姿。

 白いかみこしの下までぐにび、黒いふくドレスとコントラストをえがいている。

 真っ白なはだの上に宝石を置いたような、真っ赤な瞳が青年達をにらんでいた。

 

「やあ、初めまして。私がカラトラバだ」

「F1092です」

「こんにちは、安全装置。僕はベル・クロノグラフ――星の目覚まし時計だ」

 

 どうこうが開いた緑色の瞳は笑っていなかった。

 組織の最高責任者を前にきんちょうしている様子もなく、少年は堂々としている。

 青年はまたもや胃に痛みを感じた。人生でここまでの腹痛を味わったことはない。

 

ずいぶんな人形遊びだことで」

「!?」

 

 少女を見つめながら告げた少年に対し、青年は思わず口をふさぎそうになった。

 明らかにげんを顔に出した少女は、男の顔にくちびるを近づけて耳打ちする。

 

「ははは。これは手厳しい。しかし彼女は私にとって大事な人なんだ」

「まあ、そうだろうね。いいごしゅだよ」

「お、ま……」

 

 小声で注意しようとするが、言葉がく出てこない。

 ろうばいする青年を横に置きながら、少年は話をえてしまう。

 

「今の時代は、証明がないと旅も難しいと聞いてね」

「ああ。旅人にんていは決められた機関の査定を受け、これを所持しなければいけない」

 

 机の引き出しを開き、男が取り出したのは星型の鉱石だった。

 ターコイズブルーがあざやかで、角度を変えれば時折にじいろに光る。

 

旅の石トレッカーだ。ちょっとした細工があり、関門の機械で本物かどうかきわめてくれるのさ」

「それがしくてね。君なら持っているだろうと思ってたよりにきた」

「下手すれば敵になるのに?」

「ああ。星のねむりを守るためなら、僕はなんだってしよう」

 

 会話についていけない青年はだまり続けるが、どうにもおんな空気になってきた。

 今すぐこの場からはなれたい気持ちもあったが、少年のことが気にかかる。

 

「では運び屋をしてくれないか?」

 

 男は机の上に鉱石と旅行かばんを置く。

 高級なかわで作られた一品で、アンティークな茶色が特徴だ。

 重要そうなものが入っているとは思えなかったが、少年は特に気にした様子もなく旅行鞄と鉱石を手に取る。

 

 鉱石はペンダントひもきであったゆえ、それを首からげて服の下に隠す。

 旅行鞄はまるで少年のためにあつらえたようなデザインで、あっという間に馴染んでいた。

 茶色のポンチョコートによく似合うふうていで、確かに運び屋には見えないだろう。

 

「それを指定の場所へ運んでくれ」

「わかったよ。案内人は?」

「君には不要だろう。ではたのんだ」

 

 にこりと笑った男に背を向け、少年は部屋から出ていく。

 その背中を追おうとした青年の頭に、ぶかい声が響いた。

 

【F1092はアタシと任務! ちょっと三階にきてね】

 

 一方通行の指示は簡潔に終わり、青年は男の方をいた。

 少女をひざに乗せたまま、男はにこにこと微笑んでいる。

 

「なにかたずねたいことでも?」

「ああ。安全装置ってなんだ?」

 

 不機嫌そうな少女がまたもや男に耳打ちし、青年を睨みつける。

 そのはくは十代半ばのものとは思えず、青年はたじろぎそうになった。

 

くわしく知らなくてもいいが、まあ――」

 

 しょうを浮かべた男は、特に重みもない言葉で告げる。

 

「人を守る存在だよ」

 

 それは星の目覚まし時計とは違うのか。

 青年にとって理解に苦しむ類のなぞだった。

 

 

 

 三階は大広間で、ワンフロアに空白を置いたような場所だった。

 目が痛くなるほどの白に囲まれ、頭がくるいそうなさっかくを感じ始める。

 おかげで少女のあわきんぱつももいろの瞳、派手な赤いチョーカーに救われた。

 

 しかし少女の顔をまともに見ることができない。

 真正面からとらえてしまえば、れた泣き顔を思い出してしまう。

 胸がはりし山になった気分だ。ちくちく、と小さな痛みが治らない。

 

「T875は残念だったね」

「ああ。しかしそれがおれ達だ」

 

 いくらでも代用は生み出せる。ゆいいつなど存在しない。

 自分一人が世界から消失しても、世間をるがすような変化は起きないのだ。

 わかっているはずなのに、青年は上手く切り替えができなかった。

 

「……それでね、アタシ達はあの子を追いかけるみたい」

 

 少女が壁の一しょたたけば、床一面がかんカメラの映像に切り替わった。

 ジグソーパズルみたいにめられた画面の内、ベルが映っている映像が拡大される。

 先ほどの旅行鞄を手にし、指定場所が書かれたメモの通りに道を進んでいた。

 

 彼が通り過ぎた後の歩道に、明らかに多人数のかげが映る。

 ついせきされている。姿を見せずとも、映像に影が映るあたりは二流だろう。

 問題は青年達にとっては二流でも、少年にしてみればきょうであることだ。

 

「具体的な指示はないの。追いついたら、どうする?」

 

 うわづかいで問いかけてくる少女に対し、青年は迷わず答える。

 

「もちろん、助けるぞ」

 

 その言葉に満足した少女は、心底うれしそうな笑みを浮かべる。

 時刻は夜の七時。秋と冬の境目だが、少し生暖かい日。

 青年は少女と共にビル群をける。目指すは旅行鞄を運ぶ少年。

 

 車にも負けない速度で走る二人は、ビルの壁も使って道順を省略する。

 そして少年をおそう暴漢を頭上からこうげきし、一時的にてっ退たいさせるのに成功した。

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星の目覚まし時計 文丸くじら @kujiramaru000

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