Ⅱ「赤い鴉」
医務室の
白いシーツからは
「ねぇ、F1092」
香水によく似合う、
閉めていたカーテンが動き、
理知的な黒の
白衣の下は女性らしい服装でまとめ、すっきりした細身を
「ここを
「W912が部屋に
「また? あの
「お
「受ける前からお断りよ」
医務室には現在、女医と青年の二人しかいない。
広さは学校の保健室程度で、
青年にとっては都合のいい場所だった。話し相手さえいなければ
「Fシリーズって顔は好みなんだけどねぇ」
「シリーズって呼ぶな」
個性を尊重するわけではないが、知らない者とひとまとめにされるのは
「特に1003は性格もよかったわ」
「アンタ
問いかけた
すこーん、と額に当たる。あまり痛みはない。
「言っとくけど、Fはすぐいなくなっちゃうんだからね」
「知ってるよ」
無傷なそれを軽く投げ返し、青年はまたもやベッドに寝転がる。
「千百人に
宿った能力にアルファベットを
人衛機関ノーチラスが不動の地位を築けているのは、その生産体制のおかげだ。
「正義は早死になんだろうよ」
テレビをつければ、当たり前のように流れるコマーシャル。
――人衛機関ノーチラスは正義の味方。いつでもあなたを助けます。
陽気な音楽と親しみやすい映像付き。子供だってすぐに歌える知名度を
「そうね。A1045もいなくなっちゃったし」
「……」
青年はわずかに
「
「生まれた意味を知っているのにか?」
「生きるために必要なものを失ったのよ」
その
しかし引っかかるような
「そうそう。
「本当にいるのか?」
「さあね。君と話す時、話題が大変なのよ」
まるで
その
しかし
「じゃあ
機関で
限界を
ただ
「ないわ。でもね……まずは能力者に二種類あるのって知ってる?」
「一応な。人造と天然モノだろ」
「ええ。アルファベットに数字は人造の証。人衛機関の特記
周囲への見聞を広げるためか、策略的な意味合いがあるのか。
能力者の情報はまるでアイドルを
時折ファンレターが届くが、青年は全部ゴミ箱に捨てていた。
「天然は全てEX
「?」
「能力って欠けた塩基配列に刻まれた『力』であり、そこには属性も分類もないらしいのよ」
少しずつ声を
なにか知ってはいけないことを教えられているような、ほのかな背徳感。
「能力者は
「区別という壁があるってことか、じゃあ」
『三日前の
緊急放送の音が耳に入り、青年は
あと少しでなにかが
【F1092はバグ
「この話はまた今度ね」
女医の優しい声に
それだけで
蒸気で
それでも
建物の屋上や壁を使って
『人衛機関ノーチラスは正義の味方。いつでもあなたを助けます』
お決まりのコマーシャルソングがスピーカーから流れ、街中に
その様子を見下ろしながら、青年は暴れているバグを
今回は
各個
――ジリリリリリリリリリリリリリリリリリ
朝の目覚まし時計が
その異変に気づいた他の構成員も周囲を
それは地上を走る流星のように、
あまりの光量に目元を
そして
人衛機関ノーチラスでは新たな噂が広がっていた。
食堂でカレーうどんを食べている青年の前で、少女――T876が興奮した様子で
「現場で目覚まし時計の音が聞こえたと思ったら、バシッてバグが消えちゃうんでしょ!?」
「……らしいな」
「バグ退治なんて機関に任せればいいのに、物好きがいたもんだよね」
「本当になぁ……うぃーヒック」
「あ、W912はどっか行って。
近寄ってきた
しかし青年は同情しない。その酔っ払いが女性に近づくのは、セクハラ目当てである。
今も他の女性構成員に
「それでね! 最高責任者のカラトラバが探すために
「なんでだ?」
人衛機関の最高責任者――カラトラバ。
世界を守る組織の頂点であり、人造能力者の親。その権力は一国の王を
構成員でも会ったことがあるのは少数で、
「だから不思議なんじゃん! アタシも探してみようかな! お金
「給料は
「だって……お
首元の赤いチョーカーに
その意味がわからなかった青年は、ブランド品の買いすぎかと疑った。
金銭感覚の
「
「わ、わかってるし!」
「せめて料理上手になれよ」
「なんで下手前提!? 肉じゃがとか
「今度作ってあげようか?」
「カレーハンバーグ」
「いいよ! 腕
約束ができたことに喜ぶ少女は、まるで花畑で走り回るかのように浮かれていた。
そんな
「まあ約束を果たせるかどうかはわからないがな」
「……あ」
頭の中に響く声。
そして緊急放送がビル内に流れる。
『一週間前の揺らぎからバグ発生』
【F1092はバグ殲滅任務――】
いつだって
もう一般人の避難が終わった街は、蒸気以上にバグのせいで
建物の壁を
街の代表者から
その間に人衛機関ノーチラスから
そして青年の目の前で、一人の少年が羽虫の群れに飲み込まれた。
手から
「T875!」
「……ぁ……え、ぅ……」
無事な場所さえ
散った羽虫の群れは他の構成員を襲いに行くのを確認し、青年は息が
「な……いて……」
「なんだ?」
「
もう瞼さえも腫れて上がらない少年は、
腫れ物だらけの指先で青年の頬に触れて、そこが
「な……いてよ……」
「
「ひ、どい……な……」
そう言って少年は手を下ろした。すぅ、と息を吸う。
そして呼吸が終わる。二度と息を
それをポケットにしまい、バグの群れを殲滅するために
「泣く時間もないのかい?」
別の声が背後から響き、青年は
北国風の
「それとも正義の味方は泣けないのかな?」
「お、前は……」
見覚えがある。人を
胸に
「久しぶりだね、赤い
「俺はF1092だ」
「それは名前ではないだろう?」
少年は感情の読めない瞳で、青年の赤い
彼の視線が気に入らない青年だったが、それを跳ね除ける術を知らない。
「というか、一般人は避難を……」
言葉が
もう他の構成員に
頭上から降り注ぐ
――ジリリリリリリリリリリリ
時計の音が響いた。
少年がポンチョコートで
小型の
時計
そして圧倒的な光が一直線に空へと走り、
目の前の光景に
「僕は
青年の頭の中でバグの殲滅が確認されたと響くが、すぐには理解できなかった。
近寄ってくる少年の前で、無防備に
「さあ、安全装置のところへ連れてってくれ。赤い鴉」
その言葉の意味も飲み込めず、無意識に頷いてしまうのだった。
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