始まりのF

出会いと別れ

Ⅰ「F1092」

『人衛機関は正義の――ジッ。いつでも――ザザッ――ます』

 

 れるテレビ音声。

 車のモニターから流れるCMに背を向け、青年は目の前のさんじょうを見つめていた。

 ひび割れたコンクリートに、ぽっきりと折れたビル。今も悲鳴と鳴き声がだまする。

 

「ママぁ……」

 

 人形をきしめた子供がさまい、泣きじゃくりながら歩く。

 その子に声をかけようとした矢先、頭の中で声がひびく。

 

【バグのせんめつかくにん。現地の構成員は全員退たいきゃく

 

 機械的にかえされる指示に従い、青年はもう一度背を向ける。

 泣いた子供を置き去りに、自らの居場所へともどろうとした。

 

「君、見捨てるのかい?」

 

 冷静な声だった。感情がまるで宿っていない。

 足を止めて、かえる。

 

 北国のよそおいをした少年だった。

 ねたきんぱつの上には、茶色の四角いぼうがのっている。

 どうこうが開いた緑色のひとみに見つめられ、青年は視線をらしたくなった。

 

「正義の味方は人助けをしないのかな?」

 

 反論しようと声を出そうと考え、口をつぐむ。

 だまんだ青年はげるように去ってしまう。

 その背中を見送った少年は、かれの外見で感想を一つらす。

 

「真っ赤なからす

 

 黒い服に身を包みながら、青年のかみは燃えるような赤。

 そして瞳は対照的に青空のようにんだ色だった。

 

「うぅ……」

「おや?」

 

 茶色のポンチョコートのすそが引っ張られる。

 人形を抱きしめた子供が、少年の服をつかんではなさない。

 

「仕方ない。なん所までは連れて行ってあげよう」

 

 それはやさしさなどいっさい感じさせない、へいたんこわだった。

 子供の手をにぎりしめ、少年は歩き出す。

 今なお混乱におちいる都市内部は、小さな二人に見向きもしなかった。

 

 

 

 病的なほど白い、五十階建てのビル。その一室に青年の自宅はあった。

 じくじくとれる不快感を胸に残したまま、ベッドの上に体を横たわらせる。

 リビングと簡易キッチンだけの真っ白な部屋。ビジネスホテルのシングル並みにせまい。

 

 しかし青年にとってはありがたいことだった。

 しゅはない。流行も知らず、ただ毎日生まれた使命をこなすだけ。

 今日の仕事もそうだった。全ては生まれた意味にもとづいた論理的な行動。

 

 そう自分に言い聞かせていると、部屋のインターホンが鳴った。

 最初は一回だけピンポーンと。しびれを切らすとピンポピンポとみみざわりな音へと変化する。

 無視してようとした青年の目の前で、部屋のとびらが大きくんだ。

 

 扉が部屋のかべさり、建物内を軽くらすほどのしんどうが起こる。

 へんが頭にぶつかった青年は、額に青筋をかべながらった。

 

「W912! おれの部屋に来るな!」

「つれないこと言うなよぉ」

 

 さけくささをらしながら、一人の男が勝手に部屋へ入る。

 くたびれたカウボーイハットをゆかに落とし、赤茶色のがみを広げる。

 いが回った垂れ目はしょうてんが合っておらず、あざやかな緑色も台無しだ。

 

「F1029も任務帰りだろぉ。仲良くしようぜぇ」

「絶対にいやだ」

 

 床に寝そべった中年男に対し、本気のけんを浮かべる。

 しかしとうふうと言わんばかりに男は笑い飛ばし、ぼろぼろになった歯並びを見せる。

 

「飲めば忘れるぞぉ」

「酒はきらいだ」

 

 いっしょうびんを揺らす男の顔はおうだんよごれ、いつ病でぽっくりくかもわからない。

 十年以上の付き合いの中で、最初に出会った時のさわやかさがうそのようだ。

 

「お前はなにを忘れるんだよ?」

「色々……な……」

 

 言葉ちゅうねむってしまった男にあきれ、青年は自室から出ることを決意した。

 ビルの二十階から一階へ。総合受付に苦情を入れるためだ。

 

 部屋と同じくろうの壁やてんじょうも不気味なほど白く、けいこうとうさえ白を選んでいる。

 潔白をしつけられているような内装だが、青年は気にとどめていなかった。

 うけつけじょうが機械的に部屋の修理と男の処置を受理し、通常業務に戻ることさえ――青年はなにも感じない。

 

 食堂は多種多様な人物がい、にぎやかさにあふれていた。

 それでも青年は一人で食べることを選び、かべぎわの席へと進む。

 

「あ、F1092じゃん」

 

 背後から気安い声。しかし青年はかない。

 足音がせまっても無視を続け、対面にすわられたことでようやく視線を送る。

 

「T876か」

「今日の任務はT874がちゅうけいれんらくだったんでしょ? いいなー」

「どこが?」

 

 休日をまんきつしている少女を前に、青年はカレーライスを食べ始める。

 パンクなバンドガールといったふうていの少女は、はいぜんロボットに追加注文を入力した。

 ドラムかん型のロボットが通りすぎていくのをながめ、少女は話を続ける。

 

「アタシもF1092がいる任務やりたーい」

「俺はT875の方がいい」

「むっちゃショックなんですけど!?」

 

 あわい金髪のショートツインテールを揺らし、テーブルにした。

 表情も豊かな上に、感情表現もさいな少女をろんな目で見つめる。

 

「ねえ、今日の任務はどうだった」

 

 あっという間にえた少女は、がばっと身を起こして前のめりになる。

 はなやかなももいろの瞳が間近にあり、青年は思わず背筋をらせた。

 

「いつも通り」

「えー? もっと話してよ」

 

 そう言いながらも、少女は自らのつめられた真っ赤なマニキュアを見つめる。

 青年の赤髪と見比べるように視線を行き来し、色味がそっくりなことに満足げなみを浮かべた。

 

「……変なやつに出会った」

「え? どんなの?」

「……北国風の少年」

 

 青年としてはわかりやすく説明したつもりだが、少女の理解は得られなかった。

 

「まじ意味不明」

「そうか」

「じゃあ話変えてさ。これどう?」

 

 首元の赤いチョーカーを指差し、少女はにやりと笑う。

 赤がわとくちょうてきで、小さな金色のメダルが揺れている。

 

「悪くない」

 

 その言葉を聞いて、少女は満足そうに鼻を鳴らす。

 

りのブランド品だもの。いいに決まってるでしょ」

「というか、細くないか? 俺の手首よりも……」

 

 自らのうでくびかくしようとし、手をばす。

 少女の顔が赤く染まっていくのも気に留めない。

 あと少しではだう矢先。

 

異世界アステルコア転星メルトダウンまであと三十秒』

 

 食堂の賑やかさが波を引き、せいじゃくいっしゅんに空気を支配した。

 きんきゅう放送音声は次々に情報を告げていく。

 

『原始星基準より推定年代1800年代。蒸気、鉱物の反応を多数確認。分類名スチームパンク。機械生命体の可能性が増大しています』

『人類大系はヒューマンを中心に、エルフ、ドワーフ、その他の反応も増加中。流体生物スライムも言語保有の模様』

『人衛機関の特記こうに基づき、言語交流が可能な生物を【人】とにんしきし、保護を優先するように』

 

 報告が続く中、最初の宣言からきっかり三十秒後。

 しん四程度の揺れが建物をおそう。ばんがズレて拡大する、よこはばひびき。

 世界全体が揺れているかのようなしんは、十秒程度で収まる。

 

「……少し大きな異世界がゆうごうしたな」

「そうだね」

 

 慣れた様子で会話を再開した青年と少女は、先ほどまでの空気から一変していた。

 声だけは通常のまま、視線の厳しさが険しい。

 特に青年は食べていた途中のカレーライスを放置して歩き始める。

 

【F1092はバグ殲滅任務へ――】

 

 彼の脳内にむような声は、何度も同じ指示を告げてくる。

 その言葉に返事せず、青年は移動用車両が格納されている倉庫へと向かう。

 歩みに迷いはなく、彼の背中を少女だけがごりしそうに眺めていた。

 

 

 

 茶色く汚れた蒸気がいぶる街に、まどう人々。

 映像に黒い乱れラグが発生したかのような、不安定なくろくまがエルフを襲っている。

 別の場所では黒の羽虫が集まったような姿のおおかみが、スライムをいて体液をばらいていた。

 

「人衛機関ノーチラスだ! いっぱんじんなんはこちらだ!」

 

 手首をかくすほど大きなうでを見せつけ、一人の男が不気味な生物の前に出る。

 きばける大猫のこうくうこぶしき入れれば、大量の水が生物内部でこおりついた。

 

「ひ、ひぃ……」

 

 その光景をたりにした老人が、こしかす。

 氷のいばらで宙にけられ、大猫はほんの少しだけ暴れた。

 しかしだいに動きはせいさいを欠き、物言わぬ死体に成り果てるまで時間はかからなかった。

 

 大猫の体は絶命すると同時に、黒い羽虫となってさんした。

 その羽虫さえも空気にみ、けて見えなくなる。

 

「なんじゃ……」

「今のはバグ。異世界転星の際に発生する世界の不具合で――」

「そうじゃない! アンタのことだ! 助けてくれたのは感謝するが……」

 

 老人は男へ敵意の視線を投げ、けいかいしながらにらむ。

 慣れたように男は鼻を鳴らすと、こわれた街の北側を指差した。

 

「あちらに避難所がある。そこで説明を受ければいい」

「……すまない。ありがとな」

 

 申し訳なさそうに頭を下げるが、わくの表情は消えなかった。

 老人のたよりない足取りを見送る男の背後で、青年がきょだいねずみのバグをたおす。

 

「A1045、新住民の保護は?」

「八割ほどらしい。T875は仕事が速くて助かる」

「確かに。さすが転送の能力者だ」

 

 青年は髪をかきあげ、そこら中に落ちているれきの一つに腰をかけた。

 頭の中では常に報告が流れており、残りのバグは大きなくま型が一ぴきだということが判明している。

 

「なあ、F1092」

「ん?」

「俺たちちょうのうりょく者になれば自由になれると思うか?」

 

 壊れた壁に背を預けた男が、あいいろの瞳でけむりまみれの青空を見上げる。

 茶色く汚れた街の空気が合わないらしく、彼はみながら続けた。

 

「能力者だから機関に飼われて、助けに来てもこわがられるばかりだ」

「そうだな」

「始末屋もいるらしいが、そんなのもたおして逃げれば……だから」

「それは正義をほうするということか?」

 

 青年がれいたんな声で問いかけると、男は苦い笑みを浮かべた。

 

「これが正義か?」

 

 壊れた街の中で、助けるべき人間におびえられる。

 世界の不具合をちまちまとつぶして、後始末はだれかに任せてかん

 現状を皮肉る短い言葉だったが、青年ののうに一人の少年がおもかんだ。

 

 ――正義の味方は人助けをしないのかな?

 

 ちく、と小さな棘が胸にさる。

 

「……今、お前が逃げても俺は追わねぇよ」

「そうか。ありがとな」

 

 壊れた壁から離れ、男は歩き出す。地面に大きな腕輪が捨てられた。

 彼の背中を見ないまま、青年は反対方向へと進む。

 脳内では【バグの殲滅を確認。現地の構成員は全員退却】、という言葉が流れ続けていた。

 

 青年が最後だったらしく、げんそうな少年が桃色の瞳で睨みつけてきた。

 

「おせぇよ、F1092」

「悪かったな、T875」

 

 淡い金髪の毛先をいじり、少年は不満を隠さずに鼻を鳴らす。

 

「A1045は?」

「知らない」

 

 さらっと嘘をいても、少年は興味なさそうに欠伸あくびをこぼす。

 

「まあいいや。お前を連れて帰還だし」

 

 仕事がかんりょうするとわかり、少年がじゃな笑みを浮かべた。

 それは食堂で話した少女の顔と同じで、ふたというよりは生き写し。

 別々の試験管から生まれた同一の能力は、アルファベットと番号をあたえられる。

 

「なに? ぼくの顔にれた?」

「んなわけねぇだろ」

「だよね。キモいもん」

 

 能力や遺伝子が同じでも、性格はちがう。

 その差異にあんみょうを覚えながらも、青年は一瞬だけゆう感を味わった。

 白いビルの天井を見上げ、帰還した面々を見やる。

 

「よぉ……ひっく」

 

 青年に声をかけてきたのはぱらった男――W912だった。

 おぼれるように床にころがり、さかびん片手に笑っている。

 

「げっ、酔いどれおっさんじゃん。キモっ」

「ひでぇな、T875は。うっぷ」

「わー! ここで吐くなよ! なんとかして、F1092!」

「なんで俺なんだよ!?」

「世話係みたいなもんだろ」

 

 少年に背中を押され、しぶしぶ近寄る青年の目に血の色が入った。

 酔っ払った男がこうむっているカウボーイハット。その布地のはしっこに血が飛び散っていた。

 ほんの少しのみにも見えたが、どうにも気になって仕方ない。

 

してるのか?」

「ああ……返り血だよ」

「どーせ、酔っ払ってドジんだんだよ!」

「正解。じゃあましにF1092の部屋で秘蔵の本でも探すかね」

「そんなものはない。というか、自分の部屋に帰れ」

 

 またもや部屋がせんきょされる未来をやすく想像し、頭が痛む思いだった。

 気づけば少年や他の構成員も部屋から出ており、一人残された青年は深々といきを吐いた。

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