始まりのF
出会いと別れ
Ⅰ「F1092」
『人衛機関は正義の――ジッ。いつでも――ザザッ――ます』
車のモニターから流れるCMに背を向け、青年は目の前の
ひび割れたコンクリートに、ぽっきりと折れたビル。今も悲鳴と鳴き声が
「ママぁ……」
人形を
その子に声をかけようとした矢先、頭の中で声が
【バグの
機械的に
泣いた子供を置き去りに、自らの居場所へと
「君、見捨てるのかい?」
冷静な声だった。感情がまるで宿っていない。
足を止めて、
北国の
「正義の味方は人助けをしないのかな?」
反論しようと声を出そうと考え、口を
その背中を見送った少年は、
「真っ赤な
黒い服に身を包みながら、青年の
そして瞳は対照的に青空のように
「うぅ……」
「おや?」
茶色のポンチョコートの
人形を抱きしめた子供が、少年の服を
「仕方ない。
それは
子供の手を
今なお混乱に
病的なほど白い、五十階建てのビル。その一室に青年の自宅はあった。
じくじくと
リビングと簡易キッチンだけの真っ白な部屋。ビジネスホテルのシングル並みに
しかし青年にとってはありがたいことだった。
今日の仕事もそうだった。全ては生まれた意味に
そう自分に言い聞かせていると、部屋のインターホンが鳴った。
最初は一回だけピンポーンと。
無視して
扉が部屋の
「W912!
「つれないこと言うなよぉ」
くたびれたカウボーイハットを
「F1029も任務帰りだろぉ。仲良くしようぜぇ」
「絶対に
床に寝そべった中年男に対し、本気の
しかし
「飲めば忘れるぞぉ」
「酒は
十年以上の付き合いの中で、最初に出会った時の
「お前はなにを忘れるんだよ?」
「色々……な……」
言葉
ビルの二十階から一階へ。総合受付に苦情を入れるためだ。
部屋と同じく
潔白を
食堂は多種多様な人物が
それでも青年は一人で食べることを選び、
「あ、F1092じゃん」
背後から気安い声。しかし青年は
足音が
「T876か」
「今日の任務はT874が
「どこが?」
休日を
パンクなバンドガールといった
ドラム
「アタシもF1092がいる任務やりたーい」
「俺はT875の方がいい」
「むっちゃショックなんですけど!?」
表情も豊かな上に、感情表現も
「ねえ、今日の任務はどうだった」
あっという間に
「いつも通り」
「えー? もっと話してよ」
そう言いながらも、少女は自らの
青年の赤髪と見比べるように視線を行き来し、色味がそっくりなことに満足げな
「……変な
「え? どんなの?」
「……北国風の少年」
青年としてはわかりやすく説明したつもりだが、少女の理解は得られなかった。
「まじ意味不明」
「そうか」
「じゃあ話変えてさ。これどう?」
首元の赤いチョーカーを指差し、少女はにやりと笑う。
赤
「悪くない」
その言葉を聞いて、少女は満足そうに鼻を鳴らす。
「
「というか、細くないか? 俺の手首よりも……」
自らの
少女の顔が赤く染まっていくのも気に留めない。
あと少しで
『
食堂の賑やかさが波を引き、
『原始星基準より推定年代1800年代。蒸気、鉱物の反応を多数確認。分類名スチームパンク。機械生命体の可能性が増大しています』
『人類大系はヒューマンを中心に、エルフ、ドワーフ、その他の反応も増加中。
『人衛機関の特記
報告が続く中、最初の宣言からきっかり三十秒後。
世界全体が揺れているかのような
「……少し大きな異世界が
「そうだね」
慣れた様子で会話を再開した青年と少女は、先ほどまでの空気から一変していた。
声だけは通常のまま、視線の厳しさが険しい。
特に青年は食べていた途中のカレーライスを放置して歩き始める。
【F1092はバグ殲滅任務へ――】
彼の脳内に
その言葉に返事せず、青年は移動用車両が格納されている倉庫へと向かう。
歩みに迷いはなく、彼の背中を少女だけが
茶色く汚れた蒸気が
映像に黒い
別の場所では黒の羽虫が集まったような姿の
「人衛機関ノーチラスだ!
手首を
「ひ、ひぃ……」
その光景を
氷の
しかし
大猫の体は絶命すると同時に、黒い羽虫となって
その羽虫さえも空気に
「なんじゃ……」
「今のはバグ。異世界転星の際に発生する世界の不具合で――」
「そうじゃない! アンタのことだ! 助けてくれたのは感謝するが……」
老人は男へ敵意の視線を投げ、
慣れたように男は鼻を鳴らすと、
「あちらに避難所がある。そこで説明を受ければいい」
「……すまない。ありがとな」
申し訳なさそうに頭を下げるが、
老人の
「A1045、新住民の保護は?」
「八割ほどらしい。T875は仕事が速くて助かる」
「確かに。さすが転送の能力者だ」
青年は髪をかきあげ、そこら中に落ちている
頭の中では常に報告が流れており、残りのバグは大きな
「なあ、F1092」
「ん?」
「俺
壊れた壁に背を預けた男が、
茶色く汚れた街の空気が合わないらしく、彼は
「能力者だから機関に飼われて、助けに来ても
「そうだな」
「始末屋もいるらしいが、そんなのも
「それは正義を
青年が
「これが正義か?」
壊れた街の中で、助けるべき人間に
世界の不具合をちまちまと
現状を皮肉る短い言葉だったが、青年の
――正義の味方は人助けをしないのかな?
ちく、と小さな棘が胸に
「……今、お前が逃げても俺は追わねぇよ」
「そうか。ありがとな」
壊れた壁から離れ、男は歩き出す。地面に大きな腕輪が捨てられた。
彼の背中を見ないまま、青年は反対方向へと進む。
脳内では【バグの殲滅を確認。現地の構成員は全員退却】、という言葉が流れ続けていた。
青年が最後だったらしく、
「おせぇよ、F1092」
「悪かったな、T875」
淡い金髪の毛先をいじり、少年は不満を隠さずに鼻を鳴らす。
「A1045は?」
「知らない」
さらっと嘘を
「まあいいや。お前を連れて帰還だし」
仕事が
それは食堂で話した少女の顔と同じで、
別々の試験管から生まれた同一の能力は、アルファベットと番号を
「なに?
「んなわけねぇだろ」
「だよね。キモいもん」
能力や遺伝子が同じでも、性格は
その差異に
白いビルの天井を見上げ、帰還した面々を見やる。
「よぉ……ひっく」
青年に声をかけてきたのは
「げっ、酔いどれおっさんじゃん。キモっ」
「ひでぇな、T875は。うっぷ」
「わー! ここで吐くなよ! なんとかして、F1092!」
「なんで俺なんだよ!?」
「世話係みたいなもんだろ」
少年に背中を押され、
酔っ払った男が
ほんの少しの
「
「ああ……返り血だよ」
「どーせ、酔っ払ってドジ
「正解。じゃあ
「そんなものはない。というか、自分の部屋に帰れ」
またもや部屋が
気づけば少年や他の構成員も部屋から出ており、一人残された青年は深々と
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