Ⅴ「星の眠りを守るもの」

 うたひめが落ちていく最中、地上から聞こえたのはかね

 ジリリリリリリリリリ――――

 流星の如き激しい光のほんりゅうが、星空へと向かってびた。

 

 歌姫ごと視界を包んだ白の中で、れきちりとなって消えていく。

 左胸をつらぬくはずだった鉄パイプさえ、さんしてしまう。

 まばゆさにまぶたを強く閉じれば、こしに手が回されるかんしょく

 

 次に感じたのは初夏の風。

 自らのきんぱつほおたたき、ばさばさときぬれの音が届く。

 おそるおそる瞼を開けば、ビルのすきうように上空を飛んでいた。

 

「歌わないのかい?」

 

 耳元でささやかれ、キャロルは顔を上げる。

 腰をいていたのは少年だった。右手にはけんじゅうを大きくしたような道具を手に、ワイヤーを使って移動している。

 うようにたかが飛び、地上の通行人は視線で少年たちを追う。

 

「……助けてくれたの?」

「結果的にはね」

「どういうこと?」

 

 少年の不可解な言い方は、一日で慣れそうにない。

 いっしゅんゆう感。直後に適当なビルの屋上に着地する。

 

 くつのピンヒールが折れたせいで、身長が低いことがバレてしまう。

 ほんの少し近づいた少年の顔。かれは無表情ながら、街を見下ろしていた。

 

「君の歌声が届いた」

「……」

「人だけではない。星のりゅうにも」

「竜?」

 

 少しひょうけな気持ちを味わうが、不思議な単語を聞き返す。

 ひときわ強い風がき、ふわりと少年のコートがひるがえった。

 

ぼくが守るべきねむりの主さ」

 

 少年の腰にはベルトで固定された拳銃のような道具。

 リボルバーの代わりにけいばんが装備され、角度によってはアンティーク時計の形を見せる。

 

「星の竜はこうとも呼ぶ――星核コアと」

 

 星の構造はいくに重ねられた土に、おくそこの核が一つ。

 かつてはそう言われていたが、今はちがう。

 星が星をらうため、この世界は星核が複数存在すると。

 

「言っとくが、星核は最初から複数いるよ」

「え!?」

 

 いきなり通説を否定され、キャロルはとんきょうな声を上げてしまう。

 けな姿をさらしてしまい、わずかにずかしくなって顔を赤らめる。

 

「複数の竜が眠り、星を形成しているのさ」

「なんでてるのよ?」

「起きると争いが発生するのさ。君達はそれを世界的災害と呼ぶね」

 

 海を割るほどのおおしん。大地をえぐる暴風。地図をえるなみ

 あまに存在する災害の全てではないが、その内のいくつかは星の目覚めによって引き起こされている。

 

「竜はどくせんよくが強いからね。二ひき以上が目覚めると、星があやうい」

「もしかして……」

「その眠りを管理し、守るのが僕だ」

 

 あんみんのため、規則正しく動く機構。

 人も日常のようにあつかい、しょうを任せる存在。

 それが――目覚まし時計。星単位の守護をになう。

 

「先ほど、一ぴきの竜がどろみの中で君の歌をいた」

「……え?」

「君の歌声は星に届いた。だから僕が動いた」

 

 少年があくしゅを求めるように手を差し出す。

 導かれるままにうでを伸ばし、少年の手をにぎる。

 子供にしては低い体温の手だったが、冷たさは感じない。

 

「君は星に認められたんだ。おめでとう」

 

 その規模を正しくあくする方法を知らない。

 ただ目の前の少年に祝われたことが、この上なくうれしかった。

 なみだぐむキャロルの耳に、地上からかんせいおうえんの声が聞こえた。

 

「僕はそろそろ去るよ。じゃあ」

「待って。オルフォは持ってないの?」

 

 しょうのポケットからけいたい電話を取り出し、少年をのがさないようにせまる。

 

「ないね。言っただろう。僕へのれんらく手段は少ないんだ」

「じゃあこれ、私のれんらくさき! 手に入れたらすぐに登録して!」

 

 を言わさずに少年の手を取り、ポケットからペンを取り出す。

 くちびるふたき、ばやく手の平にアドレスを記入する。

 油性でにじまない連絡先を見つめ、少年は困ったように見上げた。

 

「消えるかもしれないよ」

おぼえて! ちょうちょうなんだからね!」

「……考えておく」

「あとはこれね!」

 

 だいはんきょうし始めた歓声にかされるように、キャロルは最後のおくものわたす。

 万年筆のようなデザインの、サイン入りミュージックプレイヤー。カフェテリアで見せられたものと同じだ。

 無表情ながらこんわくする少年のほおに、キャロルはいとおしさをめてやさしくれる。

 

「大切にしてよね」

 

 額にかかるまえがみをさらりと動かし、あでやかな唇で口づけする。

 そしていさぎよく背中を向けた歌姫に、少年は最後の問いかけを行う。

 

「そういえば、君の口から名前を聞いてないよ。君はだれだい?」

 

 足を一瞬だけ止め、自信満々のみをかべてかえる。

 

「世界的歌姫、キャロル・ノワールよ! 憶えておきなさい!」

 

 その言葉を聞いて、少年はかのじょの前から消え去る。

 歌姫も歓声に応えるため、ビルの階段をりていく。

 なんしていたスタッフ達にむかえられ、自然公園に設置された特別ステージへと走る。

 

 移動車の中で、キャロルは少しだけさびしげな表情を浮かべていた。

 けれど指先で唇に軽く触れ、わずかにほほんだ。

 

 

 

 裏路地を歩く少年は、寄り添うように進んでいたカピバラがうなったのを感じ取る。

 立ち止まり、一分後。道の角からよろけながら青年が歩いてきた。

 ぜぇはぁ、と全力しっそうしたランナーのようなひどい有様である。

 

「やあ、エクスプローラー。どうだった?」

「R1033の無事がかくにんできたし、じょうほうもうの混乱も消失した」

 

 裏路地のよごれたかべに寄りかかり、ずるずるとすわむ。

 額に流れるあせる青年の横に立ち、少年は無表情のまま問いかけた。

 

「やはりのろいのせいかな?」

「だろうな。歌姫がいきなり保護対象にわった」

「それはよかった。彼女は星に認められたからね」

「てか……そのキスマークなんだよ?」

 

 少年の額を指差し、青年は不可解そうに見つめる。

 金髪の隙間から赤いルージュがのぞき、少年のふんには似つかわしくない色っぽさ。

 汗とほこりまみれの青年からしてみれば、聞かずにはいられないこんせきだ。

 

「色々ね」

「……そうかよ」

 

 深く語らない少年は、手の平に残ったアドレスをながめていた。

 渡されたミュージックプレイヤーは旅行かばんにしまい、軽く一息つく。

 

「エクスプローラー」

「あ?」

「オルフォってどこで買えるんだい?」

「ようやくか、このろう!」

 

 だんから連絡が取れない少年が、その手段を求めた。

 今までのいらちを思い出し、青年は当たり前のようにる。

 しかし彼の表情は苦労がむくわれたと、かんがいぶかい笑みが刻まれていた。

 

「あとミュージックプレイヤーってどう聞くんだい?」

「おいおい、まじか? まあ機種によるけど……」

「ああ、あれだよ」

 

 裏路地からも見える街頭テレビ。

 そこに映し出されたコマーシャルには、りょくてきな歌姫が微笑んでいた。

 限定品であることや、常に世界的歌姫の最新曲が聴けるなど。

 様々な最新機能が入った機種に青年はおどろく。発売前のものでもあるのだ。

 

「おまっ……」

 

 言いたいことがうずいたが、言葉にできずにんでしまう。

 近くの自然公園からひびく歌声に背を向け、二人は携帯電話ショップへと向かう。

 しかし店員すらも歌声にれてしまい、買うのに五時間ほどついやしたのは別の話である。

 

 


 駅構内では様々なそうぞうしさが響き、いやおうでも声が耳に入る。


「ねえ、キャロルの最新曲を聞いた?」

ちょうエモいやつね! バラードロックで、泣いちゃった」

「あれって誰かをおもって歌ってるんだって!」

 

 はしゃぐ女学生の横で、北国のよそおいを着た少年が立っていた。

 彼は耳にイヤホンをしており、万年筆型のミュージックプレイヤーで音楽を聴いていた。

 通りかかった少女が、彼のミュージックプレイヤーをうらやましそうに眺めている。

 

 世界的歌姫キャロル・ノワールの限定品。しかもサイン入りなのだ。

 遠くで新聞紙に顔をかくす男が、電光けいばんにらめっこしながら様子をうかがっている。

 少年は慣れない手つきで携帯電話を操作し、新しい連絡先を追加する。

 

『次の都市間列車が参ります。白線の内側で――』

 

 アナウンスの声にカピバラの耳が立つ。

 少年の足に寄り添っていた使つかは、走り寄ってくる音も聞きつけた。

 音楽が一瞬にして遠くなった。少年はゆっくりとじょうきょうを把握する。

 

 ミュージックプレイヤーを新聞紙片手の男にうばわれ、彼は通過する列車に張り付いた。

 手足がカメレオンの形をしており、そのままとうそうそうぜんとする構内で、少年は軽いいきいた。

 

「さすがは星に届く歌声だ」

 

 携帯電話で何度も表示される返信要求のメッセージを読み飛ばし、少年は線路内へと降りた。

 あわてるしゃしょうの声を無視し、カピバラから鷹へと姿を変えた使い魔の足をつかむ。

 ばさり、と羽音だけが駅構内に残る。一瞬で少年は姿を消した。

 

 電車に張り付いた男の笑みが引きつった。

 時速二百キロをえる電車に、鷹と少年が追いついてこようとしているのだ。

 

「それは返してもらうよ」

 

 少年のれいこくな声が響き、悲痛なさけびがどこかの街中でとどろいた。

 街頭テレビでは今日も歌姫がかつやくし、それを青年が見上げている。

 とある場所ではせっとうはんつかまり、星の目覚まし時計は旅立つ。

 

 呪いはかいされ、歌姫の終わりはまだ遠い。

 そして今日も星の眠りは守られるのであった。

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