Ⅳ「裏切り者」

 星空よりも、地上の星が強い都市。

 真っ黒な街の街灯やネオン看板。それらがまめつぶに見える高さ。

 がらのビルさえ手の平に乗りそうな展望台から、うたひめは手をばした。

 

「――――」

 

 声の調節のために出した「ラ」の音。

 何度も、続けて、ただ一つの音をしぼすだけ。

 しかしそれさえも歌へと変わっていく時、地上のだれもが星空を見上げた。

 

 けいたい電話をながめながら歩いていた若者も、車の運転をしていた仕事帰りの社会人さえも。

 その声にりょうされた。美しいの一言では済ませられない、音のなみ

 いっそのこと暴力的で、力強く、どうしようもなくたましいつかんではなさない。

 

「――!」

 

 音楽が流れ、歌声がひびいたしゅんかん

 掴まれた魂をさぶられ、意識がぶほどの圧をまくが受ける。

 体全てがその音を受け止める硝子皿になったようで、いつひび割れてもおかしくない。

 

 そうごんで、暴力みたいに、れいで、激情を重ね、まっすぐにく。

 星空よりもりょくてきで、ネオン看板もかすませるかがやきが声に宿る。

 世界の歌姫キャロル・ノワール。その名前が確かなものだと思い知らせてくる。

 

 一曲目が終わり、初夏の風がったはだをなぞる。

 あせが冷え切らない内に、地上からばんらいはくしゅが送られる。

 かんせいまない。それだけでしんが起きそうなほどだ。

 

「……っ」

 

 ドームでは味わえなかったであろう、都市全体をんだステージ。

 腹のおくそこからふるえ、かつてないこうようとりはだが立つ。

 にやり、と勇ましいみをかべ、歌姫はゆうカメラへちょうはつする。

 

「二曲目! いくわよ!」

 

 配信で類を見ない再生数。

 アクセスが集中しすぎて、再生できない事態が多発。

 あらゆる配信サイトがパンクする勢いを、さらにじょうしょうさせていく。

 

「――――!!」

 

 最後まで歌い切るような、そんな力のかたではない。

 いつたおれてもおかしくないほど、一音にさえ全力を注ぐ歌い方。

 めつてきな体力配分。だかその圧力は画面向こうのちょうしゃの心まで届く。

 

 音によって引き起こされたしんどうは、大地へと伝わる。

 空気が、水が、あらゆるものが震えていた。

 星の命――竜脈にまででんし、おく底のねむりをげきする。

 

「……おや?」

 

 裏路地を歩いていた少年が足を止めた。

 背中で歌姫の声を浴びながらも、かれだけは遠ざかっていた。

 けれど星の変化を感じ取り、進む方向を変える。

 

 どうこうが開いた緑色のひとみが、ひかかがやくハイタワーを映す。

 一つ外れた路地ではストリートチルドレンさえ、歌をいていた。

 さらにもう一つ外側の道では、とうそつ的な動きでとうへと向かう集団が走っている。

 

「なるほど」

「おい、目覚まし時計!」

 

 少年よりもおそい足取りで、青年がよろよろと歩いていた。

 ぜぇひゅー、という呼吸が苦しそうだ。また倒れてもおかしくない。

 それでも少年を引き止めようと、必死に手を伸ばす。

 

「このまま見捨てるのかよ!?」

「そう思っていたが、事情が変わったよ」

 

 予想外の返答を受け、青年は目を丸くした。

 少年の行動スタンスは体に残ったおくや十二の指針、星の意向だけで成り立っている。

 しかし青年が知る中で初めて、少年が変化したのである。

 

「じゃあ今すぐ歌姫を……」

「いいや。まずは根源をつぶしておこう」

 

 そう言って少年はまたもやハイタワーに背を向けた。

 動向が掴みにくい少年にいらちながらも、青年はよろけながらついていく。

 裏路地を曲がりくねり、時にはカピバラに先頭を任せながら進む。

 

 赤いとびらが閉じられた場所へ辿たどき、青年の額に青筋が浮かぶ。

 背後からあふれるなど構わず、少年は手慣れた様子で扉に手をかけた。

 ぎぃっ、とわずかにきしむ音が響き、扉は重く開いた。

 

「え?」

 

 インスタントラーメンをすすっていたウドは、とつぜんの来訪者におどろく。

 少年とカピバラだけで安心したのもつか、彼の背後でさかほのおもくげきしてしまう。

 

「ひぃっ!? なんでF1092殿どのが!?」

「テメェ……」

 

 体全身が炎となった青年が、コンクリートやゆかがしながら室内へ入る。

 炎の化け物からげるため、情報屋は部屋の奥へとした。

 しかしすぐにかべへとぶつかってしまい、青のえきしょうパネルにすがるようにきつく。

 

「なんでかのじょのろったんだい?」

「……あ?」

 

 扉の前で立ったままの少年は、冷静に問いかける。

 内容が引っかかった青年が立ち止まると、情報屋はとんの中にくるまった。

 顔だけを布団から出した状態でおびえ、少年をぎょうする。

 

「電子の呪いとはおそれいったけどね」

「どうして……」

ぼくが質問してるんだが?」

 

 一歩、少年が近寄る。

 それだけで情報屋は金切り声を上げ、ますます布団にまる。

 

「あれが悪いんだ! せっしゃの友はあれのファンにさらされて、自殺したんだ!」

「彼女自身が行ったのではなく?」

「あれに晒されるのは逆名誉なんだよ! けど過激派のファンはちがう!」

 

 少年がそれ以上近づかないようにいのりながら、情報屋は自白していく。

 

「過激派は対象を社会的に殺すんだ! 半ばらしさ!」

「その過激派を呪えばよかったのでは?」

「晒しを認めたのはあれだ!!」

 

 情報屋は青い液晶パネルを指差す。

 全てのパネルに歌姫が映し出され、今も力強く歌い続けている。

 勇姿と呼ぶにさわしい姿でライブを行う彼女を、情報屋はなみだで見つめた。

 

「過激派はあれをしんぽうする信者だ……だから失ってしまえばいい」

「目的がズレているよ」

「わかってる……でも許せないんだ……」

 

 くずれ、布団をらす男はひんそうだった。

 時折顔を上げて、液晶パネルに映る歌姫を瞳に入れる。

 

「目覚まし時計殿が連れてきた時は驚いたよ」

「そうかい」

「実物のあれは……じゃで、まるで子供みたいだった」

「……」

わいかった。好きになるよ。でも……もう遅い」

 

 液晶パネルの映像がいっせいに乱れ、街中に響くばくはつおんが室内にまで届いた。

 炎の体のまま青年が外へ出れば、ハイタワーがななめにかたむき始めている。

 

「この呪いの解除の仕方を拙者は知らないんだ」

「残り時間は?」

 

 うなだれた情報屋に、少年はれいこくに問いかける。

 

「あと二十分――」

 

 パソコン上に表示された時間をつぶやき、情報屋は力なく笑う。

 

「アクセス数が百億をえて、もうばんじゃくだ……くつがえせない」

 

 やみサイトの管理ページを操作しようとして、権限がけられる。

 立ち上げた本人の手を離れ、暴走する呪いを前にウドは涙目でちょうする。

 

鹿だなぁ……」

 

 ふくしゅうしんが標的を変えた時点で気づくべきだった。

 他人の力に任せてふくしゅうかなえようと考えなければよかった。

 全てはおくれ。どれだけ歌姫がのがれようとしても、死の呪いは実行される。

 

「おかげで僕が動く羽目になったよ」

「へ?」

 

 少年の声に反応し、顔を上げる。

 だが炎の青年と共に部屋から消えており、赤い扉がゆっくりと閉じられていく。

 れんするかい音を聞きながら、情報屋は青い液晶パネルを眺める。

 

 くずれていく展望台の上で、歌姫がなんを始めるところだった。

 

 

 

 いのちづなせ、不安定な足場で走り出す。

 ハイタワーの展望台真下でばくはつが起きた。そのしょうげきで意識がいっしゅんだけれている。

 スタッフ達の姿も消え、展望台には彼女だけが取り残されていた。

 

「なにが、起きっ!?」

 

 真横にれきが落ち、すなぼこりが上がる。

 火災も起きているのか、のぼってくるけむりに混じっていく。

 身の危険を感じて登ることを決意した矢先、砂埃の中から手が伸びた。

 

 その手を掴もうとしたが、人間大の炎がふさがる。

 伸びた手が炎にれた瞬間、ぼうちょうした炎がれつして四散。

 目の前で起きたことにあくが追いつかないキャロルに、声が届く。

 

「逃げろ! ここにはお前の敵しかいない!」

 

 四散した炎が一しょに収束し、一人の青年が現れた。

 先ほどの炎のかたまりと同じ色のかみに、反対に真っ青な瞳。

 黒い服はところどころ焦げており、半ば焼かれたからすのようなちだ。

 

「あ、アンタは……」

「いいから! 目覚まし時計があとはどうにか……」

 

 別の煙から伸びた手が、青年に触れる。

 すると青年の姿は一瞬で消えてしまい、手は煙にかくれてしまった。

 異常事態の裏であんやくするものがいる。判断に迷うキャロルののうに、先ほどの青年の声がよみがえる。

 

 ――逃げろ!

 ――目覚まし時計があとはどうにか……。

 

 耳には自信がある。炎と青年の声は同一だった。

 青年の言葉を信じ、キャロルはハイタワー最上階へと向かう。

 煙やものかげに気をつかい、せまってくる人物がいないか注意をはらう。

 

 歌姫の終わりまで、あと五分――

 

 闇サイトで進行する時間などわからず、キャロルは階段をがる。

 ちゅうでピンヒールが折れ、体勢を崩す。段差の角でひざをぶつけ、痛みに顔をしかめた。

 立ち上がると足首に痛み。触れればわずかに熱とれが感じ取れた。

 

 痛みをまんして階段を上がり、最上階へと辿り着く。

 階下で言い争う声が聞こえたが、ほんの少しだけしか理解できなかった。

 

「裏切り者め!」

おれは裏切ってねぇよ、B1104」

ちょうのうりょく者だからとるな!」

「うっせぇ、T1067。まずはテメェからだ!」

 

 ボタンで防火扉を降ろし、まだ火の手が遠いことにあんする。

 

 歌姫の終わりまで、あと三十秒――

 

「そうね。なにか武器とか……」

 

 棒を探そうと思ったキャロルの頭上に、急に瓦礫が現れた。

 それは一つ二つではなく、連鎖するように次々と落ちてくる。

 足の痛みにうめきながらけると、がむしゃらに落下する様子が見えた。

 

 てんじょうを見上げてもこわれている様子はない。

 だが建物自体が傾き、その重みで瓦礫が迫ってくる。

 車のようにすべる瓦礫をどうにかえるが、背後で硝子が破れる音がとどろいた。

 

 歌姫の終わりまで、あと十秒――

 

 瓦礫の重みで傾きが加速していく。

 ほぼ垂直な角度にえられず、キャロルの体も床を滑っていく。

 硝子のまどわくに右手をかけるが、へんが手の平をした。

 

 歌姫の終わりまで、あと三秒――

 

 手の平からしたたる血が、ほおに降りかかる。

 かたうででぶら下がった状態の中、小さな瓦礫が指に当たった。

 指が解け、瓦礫の雨といっしょに地面へと落下していく。

 

 歌姫の終わりまで、あと二秒――

 

 火傷やけどだらけの少女が、大きな瓦礫に手をわせる。

 すると瓦礫はその場から消え、歌姫をつぶそうと空中に現れる。

 キャロルなどやすく潰せる大きさで、避けることもなく迫ってきた。

 

 歌姫の終わりまで、あと一秒――

 

 瓦礫からた鉄パイプが、左胸に触れた。

 大きな瓦礫の方が落下速度が速い。やわはだにパイプの先が埋まっていく。

 信じられないといった様子で、キャロルは無力なまま目前の出来事を見つめていた。

 

 歌姫の終わり――

 

 彼女の視界は一色に染まる。

 世界が終わってしまったかのように、なにも見えなくなった。

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