Ⅲ「歌えば平気」
かっかっ、と夕焼けで赤く染まった
ビルが立ち並ぶ街並みの中で、
内部では人々が
「キャロルだ」
「
「あの、ステラドームが……」
スタッフの一人であるエルフが声をかけようとしたが、それを無視して
「マネージャー!」
「キャロル。
青い
ビジネス用にまとめあげられた団子頭は
すらりと着こなした黒スーツ、
「オルフォは
「そんなことよりステラドームよ!
「キャロル」
聞き分けのない子供を注意するように、マネージャーは
たった一つの瞳は、顔面の三分の一を
圧の強さは瞳の大きさに比例し、キャロルは
画面を
電話から簡易メッセージを利用したものまで、あらゆる手段で無事を確認しようとしている。
百を
「会場スタッフ
「……そう」
「それだけしか言葉が出ないなら、
厳しい
背後で事態を見守っていたスタッフ達に
「連絡が遅くなってごめんなさい。今ここにいるスタッフ達に怪我がなく、事態収束のために働いてくれることに感謝します」
「私の方からも重ねてお
頭を下げ続けるキャロルの横に立ち、マネージャーも心のこもったお
わずかな動揺が走ったが、先ほど手を弾かれたスライムのスタッフが明るい声を出す。
「
「
オークのスタッフが携帯電話で
向こう一年の日程は全て埋まっており、チケットも完売済み。
どう調整しても、今日以外にワイトシティで歌うことは来年まで不可能だ。
「ワイトシティでステージを開けるのはステラドームだけ。それ以外の場所は収容人数的にも無理ですね」
エルフの青年が地図を確認し、残念そうに首を横に
場の空気が重くなっていく。現地スタッフの一人が
「せっかくの故郷ライブなのに」
その言葉に頭を下げたままのキャロルが、ぴくりと反応した。
しかし少年とカピバラ以外では、気づいたのはマネージャーだけだった。
「ライブ配信を試みます。チケット
キャロルを背にかばい、マネージャーが新たな指示を出していく。
少しだけ
少年は
眼下に広がる街並みは赤く染まり、まるで火に焼かれているようだった。
ビルの裏路地は
屋上のフェンスに背中を預け、アスファルトの
キャロルは
初夏の日差しは夕方でも強く、肌が少しだけじりじりと痛む。
「
フェンスに寄りかかった少年が呟く。
真っ赤に染まった夕焼けの向こう側から、
すると建物や看板に光が
「いいえ、ここは
否定の言葉を
鼻頭は空以上に赤くなっており、瞳は
目元のメイクが少し
「裏路地を見たでしょう?」
「ああ」
「情報屋さんの生活はマシな方よ。ストリートチルドレンだっているんだから」
そう言って、キャロルは適当な裏路地を指差す。
店の通用口から出てきた店主が
「ベルは
「少しだけね。
「私は平気だったわ」
空を見上げ、目に痛いほどの赤を瞳に映す。
「歌えば、平気だった」
肺の
それを少年は
「ここは
「どうして?」
「昔の私を知ってるから」
もう一度、膝に顔を埋める。
五分超えても無言な
「最初は君を殺すつもりだった」
「……」
「
生温かい風が
それでもキャロルは動けないまま、少年の声を聞いていた。
「
「……」
「それも
「……旅立つの?」
「ああ」
フェンスから体を
その
「今、私を殺してよ!」
けれど少年は
「今日で終わると思ったのよ! 昔の私が消えるって……」
「……」
「でも消えないの! なにもできない私が!」
「…………」
「歌えなきゃ、私に価値はないの……お願い、ベル」
少年の
コートの一部分が色を変えても、少年は動かない。
言葉に
「君は僕に殺されたいのかい?」
「……うん」
「じゃあ星の敵になってみたまえ」
「……」
「でないと殺せないよ。君は僕の恩人だからね」
一日にも満たない短い時間。出会いさえ、いいものではなかった。
それでも少年には殺す「理由」がどこにもないのだ。
「自分で死ねばいいの?」
少年から離れ、フェンスに手をかける。
眼下には薄暗い路地裏が写っている。真っ黒な地面に
街の暗い部分を見下ろしながら、キャロルが身を乗り出そうとする。
「君が望むならね」
「……」
「でも」
歌姫へと
「君は歌いたいのでは?」
手が
膝から
藍色が広がる空は、
「どこで歌えばいいのよ」
「君が好きな場所さ」
「どうやって歌えばいいのよ」
「それは君が一番知っているだろう」
顔を上げた先には都市名物のハイタワー。薄暗くなった夜に合わせ、ライトアップが始まった。
よろけながらも足に力を込め、まっすぐに立ち上がる。
「ああ、そうだ」
背後からの声は
「僕に守ってほしければ――星に認めてもらいなよ」
ばさり、と羽音が
キャロルが振り向く
気合いを入れて自らの
裏路地へと降り立った少年は、
「やあ、エクスプローラー」
「……ちっ」
塵袋を
カピバラが
「なにがあったんだい?」
「R1033は?」
問いかけに疑問を返し、ぜぇはぁと息を吐く。
「情報屋なら知っているだろうね」
「ちっ!」
もう一度舌打ち。今度は先ほどよりも力強い。
「ツアーは中止か?」
「どうだろうね。もしかしたら……」
「はぁ? だったら、やばいぞ」
それも二、三歩で終わる。冷たい地面の上に
「機関の
「へえ。それは
「
「いいんじゃないか。先ほどまで死にたがってたからね」
それに慣れている青年は、忌々しそうに顔を
「ただね」
少しの間を置いて、少年は呟く。
「僕は人間の可能性を信じているからかな」
藍色に染まる空に、ハイタワーから放たれた光が伸びる。
「全ては
どんなに強い照明でも、空の星
藍色の空でまばらに散る星を眺め、少年はほんの少しだけ
ハイタワー展望台。
一本の幹のように伸びた
その円盤の正体が展望室であり、ワイトシティを一望できる場所だ。
携帯電話のSNSによって拡散される期待。
最悪の危機を
マネージャーの
涙の
金のウェーブ
しなやかな
耳には
全ての準備を整えたキャロルは、改めてスタッフ一同を集めた。
「私のわがままに付き合ってくれて、
忙しいとわかっていても、伝えないままステージに立つことはできなかった。
「昔の私はがりがりの子供で、なにもできなかった」
それは週刊誌にも取り上げられ、ファンの間でも周知の事実。
かつてのストリートチルドレンが、シンデレラロードを
「今も誰かの助けを借りないと駄目なのを知ってる」
ちらりとマネージャーの方に振り向き、
眼鏡の位置を直して目元を隠すマネージャーだが、鼻を
「ファンやスタッフに支えられて、今夜はここで歌える」
戦
「だから皆と私のために、全力で歌うわ! 最後までお願いね!!」
熱い
やる気に満ちたスタッフ達がそれぞれの持ち場へと移り、緊急ライブ開催に向けて動き出す。
マネージャーも移動しようとするが、ほんのわずかキャロルが引き止める。
「マネージャー。私、
「それはいいけど……どうしたの急に? オフの日ルールは?」
「ルールは続行。でもなんだか、変わりたくなったの」
「そう。いい
それが
「ベル、見ててね」
誰にも聞こえないように小さく呟き、歌姫はステージへと歩き出した。
それは天空のステージ。
命がけで彼女が自らの証明を果たす場でもあった。
歌姫の終わりまで、あと二時間五十六分七秒――
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