Ⅲ「歌えば平気」

 かっかっ、と夕焼けで赤く染まったいしだたみつらぬきそうな足音。

 ビルが立ち並ぶ街並みの中で、ひときわ長いビルへとむ。

 内部では人々があわただしく動き回っていたが、たった一人が入り口に現れただけで止まってしまう。

 

「キャロルだ」

うたひめ……」

「あの、ステラドームが……」

 

 スタッフの一人であるエルフが声をかけようとしたが、それを無視してすすむ。

 ばされたスライムの手をはじき、どうようするオークの腹をたたいて退かせる。

 あせっているキャロルの後ろを少年がついていく。カピバラも器用に人々の足の間をすりけていた。

 

「マネージャー!」

「キャロル。おそいわよ」

 

 青いはだと一つ目がとくちょうてきな美人が、赤いひとみの単眼でにらんでくる。

 ビジネス用にまとめあげられた団子頭はちゃぱつ、目の数に合わせた三角形の眼鏡。

 すらりと着こなした黒スーツ、いそがしさのせいかじゃっかんシワができていた。

 

「オルフォはかくにんした? 報連相は大事っていつも言ってるわよね?」

「そんなことよりステラドームよ! ばくされたんでしょ!?」

「キャロル」

 

 聞き分けのない子供を注意するように、マネージャーはまなじりを上げた。

 たった一つの瞳は、顔面の三分の一をせんゆうしている。

 圧の強さは瞳の大きさに比例し、キャロルはしぶしぶけいたいでんを取り出した。

 

 画面をめるれんらくの数々。

 電話から簡易メッセージを利用したものまで、あらゆる手段で無事を確認しようとしている。

 百をえる連絡に、キャロルはバツが悪そうな表情になった。

 

「会場スタッフたちはんそうされたわ。命に関わるや死亡者がいなかったのは不幸中の幸いね」

「……そう」

「それだけしか言葉が出ないなら、貴方あなたに未来はないわよ」

 

 厳しいことづかいで話しかけるマネージャーだが、その表情はしんけんだ。

 背後で事態を見守っていたスタッフ達にき、キャロルはうやうやしく頭を下げる。

 

「連絡が遅くなってごめんなさい。今ここにいるスタッフ達に怪我がなく、事態収束のために働いてくれることに感謝します」

「私の方からも重ねておびとお礼を申し上げます」

 

 頭を下げ続けるキャロルの横に立ち、マネージャーも心のこもったおを行う。

 わずかな動揺が走ったが、先ほど手を弾かれたスライムのスタッフが明るい声を出す。

 

だいじょう! 機材は無事だったから、ツアー最終日を別にすれば……」

よ、キャロルのスケジュールは明日から別のツアーよ!」

 

 オークのスタッフが携帯電話でけんさくし、キャロルのファンサイトで確認できる情報を見せる。

 向こう一年の日程は全て埋まっており、チケットも完売済み。

 どう調整しても、今日以外にワイトシティで歌うことは来年まで不可能だ。

 

「ワイトシティでステージを開けるのはステラドームだけ。それ以外の場所は収容人数的にも無理ですね」

 

 エルフの青年が地図を確認し、残念そうに首を横にる。

 場の空気が重くなっていく。現地スタッフの一人がつぶやく。

 

「せっかくの故郷ライブなのに」

 

 その言葉に頭を下げたままのキャロルが、ぴくりと反応した。

 しかし少年とカピバラ以外では、気づいたのはマネージャーだけだった。

 

「ライブ配信を試みます。チケットこうにゅうしゃには特典およはんばいを……」

 

 キャロルを背にかばい、マネージャーが新たな指示を出していく。

 少しだけかたせまそうな歌姫は、人知れずビルの屋上へと向かう。

 少年はもくしたままその背中についていき、夕焼けが落ちる様子を窓からながめた。

 

 とうめいなエレベーターは上っていく。

 眼下に広がる街並みは赤く染まり、まるで火に焼かれているようだった。

 ビルの裏路地はい黒におおわれ、昼間の白さがうそのようだった。

 

 屋上のフェンスに背中を預け、アスファルトのゆかこしを下ろす。

 キャロルはひざに顔を埋め、ただ太陽に背を向けていた。

 初夏の日差しは夕方でも強く、肌が少しだけじりじりと痛む。

 

れいな街だ」

 

 フェンスに寄りかかった少年が呟く。

 真っ赤に染まった夕焼けの向こう側から、あいいろせまってくる。

 すると建物や看板に光がともり、地上に星空を作っていくのが見えた。

 

「いいえ、ここはきたないわ」

 

 否定の言葉をいて、歌姫がようやく顔を上げた。

 鼻頭は空以上に赤くなっており、瞳はみずまりのようにうるんでいた。

 目元のメイクが少しくずれていたが、それでもかのじょぼうおとろえない。

 

「裏路地を見たでしょう?」

「ああ」

「情報屋さんの生活はマシな方よ。ストリートチルドレンだっているんだから」

 

 そう言って、キャロルは適当な裏路地を指差す。

 うすぐらい場所に設置されたごみばこ。そこをらす子供達。

 店の通用口から出てきた店主がれば、蜘蛛くもの子を散らすようにげていく。

 

「ベルはくさった肉を食べたことある?」

「少しだけね。くて、腹をこわしたよ」

「私は平気だったわ」

 

 空を見上げ、目に痛いほどの赤を瞳に映す。

 

「歌えば、平気だった」

 

 肺のおくからしぼすように、苦痛をめてした言葉。

 それを少年はだまって受け止め、続きを待つ。

 

「ここはきらい」

「どうして?」

「昔の私を知ってるから」

 

 もう一度、膝に顔を埋める。

 五分超えても無言なかれ女に対し、少年が別の話を切り出す。

 

「最初は君を殺すつもりだった」

「……」

ぼくは星の目覚まし時計。このセカイを守るのが、僕の役目だからだ」

 

 生温かい風がほおでる。今も太陽が肌を焼く。

 それでもキャロルは動けないまま、少年の声を聞いていた。

 

星核コアかい装置は壊れたが、複製品が出てくるかもしれない」

「……」

「それもじんえいかんがどうにかするだろう。僕のここでの役目は終わったようだ」

「……旅立つの?」

「ああ」

 

 フェンスから体をはなし、歩いて行こうとした少年。

 そのうでつかむために、キャロルは立ち上がっていた。

 

「今、私を殺してよ!」

 

 こんがんするように背後からきしめ、少年の腰にある道具にれる。

 けんじゅうを大きくしたような武器。あれこそが殺害用だと考えての行動。

 けれど少年はりょううでを動かそうとしない。抱きしめられたまま、くしている。

 

「今日で終わると思ったのよ! 昔の私が消えるって……」

「……」

「でも消えないの! なにもできない私が!」

「…………」

「歌えなきゃ、私に価値はないの……お願い、ベル」

 

 少年のかたに顔を埋め、何度も願う。

 コートの一部分が色を変えても、少年は動かない。

 言葉にまった歌姫は、ただえつをあげることしかできなかった。

 

「君は僕に殺されたいのかい?」

「……うん」

「じゃあ星の敵になってみたまえ」

「……」

「でないと殺せないよ。君は僕の恩人だからね」

 

 ってきたカピバラの頭を撫で、少年はやさしくさとす。

 一日にも満たない短い時間。出会いさえ、いいものではなかった。

 それでも少年には殺す「理由」がどこにもないのだ。

 

「自分で死ねばいいの?」

 

 少年から離れ、フェンスに手をかける。

 眼下には薄暗い路地裏が写っている。真っ黒な地面にまれそうだ。

 街の暗い部分を見下ろしながら、キャロルが身を乗り出そうとする。

 

「君が望むならね」

「……」

「でも」

 

 歌姫へとかえった少年は、その背中に向けて問いかける。

 

「君は歌いたいのでは?」

 

 手がふるえた。足にも伝わり、体全身がおびえ始める。

 膝からくずち、フェンスにすがりつくように泣く。

 藍色が広がる空は、だいに夕焼けを彼方かなたへと追いやっていた。

 

「どこで歌えばいいのよ」

「君が好きな場所さ」

「どうやって歌えばいいのよ」

「それは君が一番知っているだろう」

 

 なみだと共にうろここぼちたのか、胸が軽くなっていく。

 顔を上げた先には都市名物のハイタワー。薄暗くなった夜に合わせ、ライトアップが始まった。

 よろけながらも足に力を込め、まっすぐに立ち上がる。

 

「ああ、そうだ」

 

 背後からの声は何故なぜか遠かった。

 

「僕に守ってほしければ――星に認めてもらいなよ」

 

 ばさり、と羽音がひびいた。

 キャロルが振り向くころには少年の姿は消え、屋上には一人だけ。

 気合いを入れて自らのほおを叩き、歌姫はマネージャーの元へと走り出した。

 

 

 

 裏路地へと降り立った少年は、ごみぶくろかげかくれている人物へと近寄る。

 わきばらを手でさえ、苦しそうにうめく青年。真っ赤なかみあせで顔に張り付いていた。

 うっすらと開かれたまぶたの下には青い瞳。黒い服はげてぼろぼろだ。

 

「やあ、エクスプローラー」

「……ちっ」

 

 いまいましそうに舌打ちした青年――エクスプローラーは上体を起こす。

 塵袋をしんだい代わりに休んでいたせいか、彼からはなまぐささがただよっている。

 カピバラがめいわくそうに少年の後ろに隠れ、低くうなっていた。

 

「なにがあったんだい?」

「R1033は?」

 

 問いかけに疑問を返し、ぜぇはぁと息を吐く。

 ゆうのない様子に構うことはせず、少年は冷静に答える。

 

「情報屋なら知っているだろうね」

「ちっ!」

 

 もう一度舌打ち。今度は先ほどよりも力強い。

 

「ツアーは中止か?」

「どうだろうね。もしかしたら……」

「はぁ? だったら、やばいぞ」

 

 かべに寄りかかりながら立ち上がった青年は、苦痛をえて歩き出す。

 それも二、三歩で終わる。冷たい地面の上にたおれ、声にならない悲鳴をらした。

 あきれたように少年が近寄り、青年の顔近くに耳を寄せる。

 

「機関のれんらくもうがおかしい……はいじょの方向で動いてやがる」

「へえ。それはめずらしい」

のんに言ってる場合か。歌姫とやらが殺されるぞ」

「いいんじゃないか。先ほどまで死にたがってたからね」

 

 れいこくな内容を無表情で告げる少年。

 それに慣れている青年は、忌々しそうに顔をゆがめた。

 

「ただね」

 

 少しの間を置いて、少年は呟く。

 

「僕は人間の可能性を信じているからかな」

 

 藍色に染まる空に、ハイタワーから放たれた光が伸びる。

 

「全てはセカイ次第さ」

 

 どんなに強い照明でも、空の星あかりは消えることがない。

 藍色の空でまばらに散る星を眺め、少年はほんの少しだけほほんだ。

 

 

 

 ハイタワー展望台。

 一本の幹のように伸びたとうに、丸いえんばんを取りつけた姿。

 その円盤の正体が展望室であり、ワイトシティを一望できる場所だ。

 

 携帯電話のSNSによって拡散される期待。

 よい、歌姫が展望台屋上にてきんきゅうライブをかいさい

 最悪の危機をえて、最高の歌唱が街に響く。

 

 マネージャーのびんわんと、機材スタッフのじんそくな動きで可能となったステージ。

 涙のあとり、キャロルは新しいしょうを自分の顔にほどこしていく。

 いくさに出かけるようなおもちで。女性らしく、はなやかで強さを表現できるように。

 

 金のウェーブがみには勇ましい姫王冠ティアラを。

 しなやかなたいには華やかな衣装ドレス。足元はピンヒールの革靴ブーツ

 耳にはおんきょうを拾うためのイヤホンと、頰に沿う形のマイク。

 

 全ての準備を整えたキャロルは、改めてスタッフ一同を集めた。

 

「私のわがままに付き合ってくれて、みんなありがとう」

 

 忙しいとわかっていても、伝えないままステージに立つことはできなかった。

 だれもがおどろいた表情で歌姫を眺め、そのしい姿にれる。

 

「昔の私はがりがりの子供で、なにもできなかった」

 

 それは週刊誌にも取り上げられ、ファンの間でも周知の事実。

 かつてのストリートチルドレンが、シンデレラロードをけていると。

 

「今も誰かの助けを借りないと駄目なのを知ってる」

 

 ちらりとマネージャーの方に振り向き、まゆじりを下げて微笑む。

 眼鏡の位置を直して目元を隠すマネージャーだが、鼻をすする音はせなかった。

 

「ファンやスタッフに支えられて、今夜はここで歌える」

 

 戦がみのような力強いみをかべ、歌姫は宣言する。

 

「だから皆と私のために、全力で歌うわ! 最後までお願いね!!」

 

 熱いげきれいに、かんの声が上がった。

 やる気に満ちたスタッフ達がそれぞれの持ち場へと移り、緊急ライブ開催に向けて動き出す。

 マネージャーも移動しようとするが、ほんのわずかキャロルが引き止める。

 

「マネージャー。私、さらすの止めるわ」

「それはいいけど……どうしたの急に? オフの日ルールは?」

「ルールは続行。でもなんだか、変わりたくなったの」

「そう。いいけいこうね。おうえんするから、がんりなさい!」

 

 うれしそうに微笑んだマネージャーが、キャロルの背中を力強く叩く。

 それがかつを入れるこうだと知っている歌姫は、じゃに笑う。

 

「ベル、見ててね」

 

 誰にも聞こえないように小さく呟き、歌姫はステージへと歩き出した。

 それは天空のステージ。いのちづな一本だけで歌う場所。

 命がけで彼女が自らの証明を果たす場でもあった。

 

 歌姫の終わりまで、あと二時間五十六分七秒――

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