Ⅱ「エクスプローラーによろしく」

 まずは最新作のバッグをこうにゅう

 次にわいい服。今年の流行をのがしはしない。

 しょうひんのチェックも忘れず、アクセサリーは欠かさない。

 

 積み上がった買い物箱は少年とカピバラに持たせ、キャロルはコリをほぐすためにうでばす。

 

「んー、ショッピング最高!」

 

 かのじょを中心として形成されるのは人の輪。

 集団が取り巻きながら彼女をながめ、せんぼうまなしを向ける。

 だが少しずつ輪が小さくなっていくことを感じ取り、うたひめまなじりがきつくなる。

 

「ちょっと。ルールはんしそうならさらすわよ!」

 

 その一言でさぁっと波が引くように、人々が遠ざかる。

 人のかべによって一本道ができた。そこを彼女はゆうゆうと歩いていく。

 とことこと少年が付き従うが、周囲からはわくの視線を送られていた。

 

「そんなに『晒し』とはこわいのかい?」

「当たり前よ。理由には意味がない。ただ『標的』になるんだから」

「なるほど」

 

 けいたいでんを片手で操作しながら歩くキャロルは、少年の不思議さにまどう。

 あまりにも世間ばなれしている。他の都市から来たという割には、知らないことの差が激しい。

 それでいて大人びたしゅんかんもあれば、老成したようなふんさえ感じ取れる。

 

「てか、そのカピバラはちゃんと命令を聞くけど……しつけいの?」

「彼は使つかだ。昔、大魔女と名乗る者から卵をゆずけてね」

「ふーん、名前は?」

「ポラリス」

「予想外に可愛い名前ね」

 

 ねむそうな顔のカピバラは、忠実に少年の横を歩いていた。

 ベルトで固定した旅行かばんの上に、キャロルが買ったものぶくろを器用に積んでいる。

 白いいしだたみをとことこと進むが、荷物は落ちる様子すら見せない。

 

「ねえ、なんでこの都市に来たの?」

「……買い物さ」

「でも持ち合わせは少ないって」

「合流予定の相手がはらう予定なんだ」

 

 だれと問おうとした矢先、たけびがせまってきた。

 なみだで顔をらした男が、包丁を両手でにぎりしめていた。

 きょうに満ちたひとみでキャロルをとらえ、ってくる。

 

「……っ!?」

 

 さきやわらかい胸をつらぬこうとされた瞬間。

 体が後方へ飛んでいく。ふわりと、足が地面からはなれた。

 おくれて荷物が散らばる音がひびき、男はぼうぜんと見上げている。

 

「すまない」

 

 先ほどよりも耳の近くで感じる、少年の冷静な声。

 金のウェーブがみが青空に広がり、初夏の日差しがはだげきした。

 かえれば、青い瞳を見つめ返す少年。北国のよそおいでもあせ一つ流していない。

 

 こしかかえるかたうではキャロルの腕よりもたよりないのに、しっかりと体を支えている。

 右手に握られているのはけんじゅうを大きくしたような道具。

 そこからワイヤーが伸び、近くのビルの屋上を支点にぶら下がっている。

 

「あ、は、ははっ! なにこれ、すごい!」

「笑うことかい?」

「だって私、飛んでるもの!」

 

 じゃにはしゃぎ、からかうように少年の首にりょううでからめる。

 地上では何十人もが空を見上げ、十数人が包丁の男をつかまえていた。

 地面にたたせられた男はわめき、何度も「あの女が悪い」とさけんでいる。

 

うらまれる覚えは?」

「いくらでも。理由がある方かもね」

「……」

「あいつ、前にルールを破ったのよ。だから」

「そうやって身を守るのはめつを招くよ」

 

 言葉をさえぎった少年の言葉に、見えない部分がわずかに痛んだ。

 きゅるきゅるとワイヤーが伸びる音が響き、地上へともどっていく一分間。

 ピンヒールが石畳をみ、着地した少年はワイヤーを巻き取る。

 

 づつほうのような外見の道具は、けいばんのようなえんばんがくっついている。

 それをポンチョコートの下にかくし、腰のベルトで固定する。

 少年は何事もなかったように動き出す。

 

 散らばった荷物の多くは、通行人たちが拾って整えてくれていた。

 それを受け取り、両手いっぱいの荷物を抱えながらく。

 遠くの方では警察に連行される男が、こちらをにらんでいた。

 

「どこまで行けばいい?」

「……」

 

 荷物の運び先を聞かれたはずなのに、キャロルには別の意味となって聞こえた。

 

「宅配で送るわ」

「わかった」

 

 どうようさとられないように答え、近くの宅配サービス店へと歩き出す。

 足を進めている間、キャロルは少年の方へ振り向かなかった。

 彼のどうこうが開いた緑色の瞳を見ていると、められるようだった。

 

 

 

 荷物を全て自宅へと送る手配をし、キャロルは店から出る。

 

「ではぼくもお役めんだね」

 

 そう言って背中を向ける少年に対し、手を伸ばしていた。

 はなやかなネイルがコートのすそき、白魚のような指先が布地をつかんでいた。

 不自然に足が止まった少年は、不可解そうな表情で見つめ返す。

 

「ねえ、アンタの買い物に付き合ってもいい?」

 

 口から出た言葉に自身が戸惑うが、もうていせいすることはできない。

 少年が少しだけにこんわくした顔になり、わずかなゆうえつかんが胸を満たす。

 

「困る。合流相手がいい顔をしない」

「私が来て喜ばない男はいないの! 連れて行きなさい!」

「……どうなっても知らないよ」

 

 小さないきき、少年がしぶしぶりょうしょうした。

 口元があんゆるむ。その意味も知らず、キャロルは歩こうとした。

 しかし少年が彼女の体を姫きし、外見からは想像もできないきゃくりょくでビルの壁を三角飛びする。

 

 おどろくキャロルを置き去りに、ばさりと羽音が生まれた。

 きょだいわしが少年の横を飛んでいた。片足には旅行鞄の取っ手を掴んでいる。

 そしてもう片方の足で少年のかたつめを立て、ビルのすきうようにしょう

 

 地上で見上げている者には追いつけない速度で移動し、少しずつ高度を下げていく。

 うすぎたない裏路地は真っ白な街並みとは思えない。

 黄色くよごれた灰色の壁。しゃぶつや生ごみが散乱する細い道。

 がたがたと室外機がやかましく動いており、人の気配がまばらに存在していた。

 

「……なつかしい」

「なにか言ったかい?」

「別に!」

 

 思わずつぶやいた声は羽音にかき消されていた。

 少年が首をかしげていたが、キャロルは構わずに裏路地へ着地する。

 細い路地の先に、隠れるように赤いとびらが待ち構えていた。

 

 そこへ迷いなく進み、少年は勢いよく扉を開いた。

 真っ暗な部屋にえきしょうパネルの青い光が壁に並び、都市中の風景を映し出していた。

 中心ではとんくるまっている男が、インスタントラーメンをすすりながらほうけていた。

 

「…………え?」

「エクスプローラーは来ているかい?」

「そんなことよりキャロル・ノワール!?」

 

 カップの中に入っていたラーメンをゆかにぶちけ、男はキャロルを指差す。

 その仕草をかいに思い、携帯電話を取り出す。

 すると男は大きくおびえ、何度も床に頭を打ちつけて謝罪した。

 

「ご、ごめんなさい! ルールは破りません!」

「いいわ、許してあげる。で、この人に用があるの?」

 

 携帯電話をポケットにしまい、キャロルは問いかける。

 見るからにえない男だった。ぐせを放置したくろかみに、太縁の眼鏡の下には黒い瞳。しょうひげも伸ばし放題だ。

 服装はきにはんてんを着ており、数日は外出していないと容易に理解できた。

 

「ああ。情報屋らしい。名前は知らない」

「おっふぅ。少年のようしゃない宣言はえますな」

「お名前教えてね」

「はっ! せっしゃはウドと申します!」

 

 キャロルが両手を合わせ、可愛くこんがん

 それだけであっさりとかんらくした男――ウドの鼻息はあらい。

 彼女がすわれるようにラーメンをこぼした床を急いでり、かろうじてれいとんを三枚も重ねる。

 

「よかったらこちらにお座りください!」

「あら、うれしい。ベルはどうする?」

「僕はポラリスがいるからね」

 

 床の上にはいつの間にかたかから戻ったカピバラが座っていた。

 足をそろえて伏せの状態をしており、背中にはベルトで固定した旅行鞄。

 少年は旅行鞄とカピバラを代わりに、静かに腰を下した。

 

「エクスプローラーは?」

「F1092殿どのですな。残念ながら、まだれんらくは来ておりませぬ」

「そうかい。まあ彼きでも話は進められるからね」

 

 言いながら少年は液晶パネルの一つを指差す。

 青い光を放っているが、映っている風景は実在のものだ。

 星形のドーム。周囲で人が集まっているのもわずかに見えた。

 

「ステラドームね。なにかあるの?」

「あ、いや、その……」

「なによ。歯切れが悪いわね」

「め、目覚まし時計殿! 連れが彼女だとは聞いてないですぞ!?」

「僕は基本的に連絡手段を持っていないからね」

 

 言葉にまった男が助けを求めるが、少年はさらりと流してしまう。

 しかしキャロルの興味は、ウドが告げた「目覚まし時計」に移った。

 

「アンタ、ベルじゃないの?」

「あだ名があるのさ。君も好きな方で呼ぶといい」

「ふーん。じゃあベルね」

 

 にっこりと笑う姿は、暗い部屋の中でもかがやく宝石のようだった。

 あでやかな赤いルージュのくちびる。それがえがくだけで、真っ赤な三日月としょうされるだろう。

 

「ステラドームは今夜ライブがあるの」

「ライブ?」

「私が歌うの。キャロルツアー最終日をかざる最高のたいよ」

 

 ほこらしげに告げ、歌姫は座布団の上で歌い始めた。

 それは街頭テレビで流れていた最新曲。ロック&ポップな曲調。

 しかし耳に入ってくる音はそれだけで語りきれなかった。

 

 音圧がちがう。響き方も、腹のおくそこまでとどろく声のらぎも。

 体がスピーカーへと変わり、たましいしんまで握ってしまうりょく

 いんうつな部屋が、あっという間に彼女のどくだんじょうへとへんぼうした。

 

「私の歌はどうだった?」

「最高ですぞ!! さすが世界の歌姫!」

「もっとめなさい! そうやって伸びるんだから!」

 

 賞賛するウドの勢いに乗り、キャロルは心底嬉しそうにあおる。

 少年は味気ないはくしゅを送りながら、ステラドームの映像を眺めていた。

 

「では君にこくなことを言おう」

「なによ?」

 

 おんな切り出しが引っかかり、少年へと振り向く。

 

「あそこには星核コアかい装置があってね」

「へ?」

「特定の音域に反応して起動する」

 

 心臓が不気味に脈動した。いやな予感を覚え、鼓動が急に動きを変える。

 

「君の歌声が世界をこわす」

 

 そう告げた少年の顔に、座布団がぶつけられた。

 がらな体がわずかにったが、座った体勢のまま動じない。

 座布団がずるりと床に落ち、少しだけ赤くなった少年の顔にる。

 

「ふざけないで! だったらその装置をぶっ壊してやるわ!」

「それは無理だ」

「なんでよ!?」

「もう壊れてる」

 

 少年が液晶パネルを指差す。

 ステラドームがすなぼこりを上げてとうかいし、まどう人々が映し出されていた。

 音声は聞こえないが、現場の混乱は予想以上。しかしそれ以上にキャロルが動揺する。

 

「ステラドームが!? な、なんで!?」

「あわわ……まさかじんえいかんが動きましたかな!?」

「だろうね。だからエクスプローラーがここに辿たどいてないのさ」

 

 キャロルといっしょに混乱するウドをよそに、少年は冷静に答え合わせを行う。

 あわてながらも、ウドはパソコンを操作し始めた。

 都市中のカメラ映像をさぐり、ばくはつぶつけた犯人をめる。

 

「これは……」

 

 作業服にしゅうされた『R1033』というコードに、ウドはがくぜんとする。

 

「人衛機関ノーチラスの構成員だね。仕事が速い」

「そんな……あれは他にれていなかったはず」

「ちょ、人衛機関は守護をになうんでしょ! なんでドームばくをしてんのよ!?」

「それが『ヒトを守る』結果につながるからさ」

 

 いかりがおさまらないが、とうな言葉が見つからずに詰まってしまう。

 歌う時はよどみなく言葉が出てくるのに、今だけはなにも思いつかない。

 先ほどまで胸の中にあった誇らしさなど、ドームと同じように砂埃に消えて行きそうだった。

 

「あ、でもワイトシティ名物のハイタワーは無事ですぞ」

「そんなところ、なんの意味もない!!」

 

 なぐさめようとしたウドに対し、大声を張り上げる。

 彼が指差していた液晶パネルに映るのは、がらの大樹のように高いとうだ。

 夜になればライトアップされ、その色を街の四方八方へ届ける。

 

 しかしキャロルが歌う場所はステラドームだった。

 そこへ仕掛けられた破壊装置も、爆破によって無に帰した。

 なにかが起きていて、よくわからない内に力技で解決。

 

 なっとくできない光景だけが、液晶パネルに映っている。

 

「ごめん……って悪かったわ」

「だ、だいじょうですぞ」

 

 がくがくと足をふるわせながらも、ウドは不器用に笑いかける。

 

「……マネージャーに連絡しなきゃ」

「気をつけて」

「アンタもついてきてよ」

「なんで?」

 

 問われて、再度言葉に詰まってしまう。

 けれど指先が少年のコートをむ。

 

「お願い」

 

 思ったよりも弱々しい声が出たことに、驚きを隠せなかった。

 しかし少年はだまって立ち上がり、横にってくれる。

 そのことに嬉しさを感じ、キャロルは歩き出した。

 

「ああ、そうだ」

 

 わずかに立ち止まった少年が、閉じていく扉の向こう側へと声をかける。

 

「エクスプローラーによろしく」

 

 ばたん、と扉が閉じられた。

 残されたウドは、もくもくと液晶パネルを眺める。

 しばらくして、都市中に配備されたかんカメラのハッキングを再開するのだった。

 

 歌姫の終わりまで、あと七時間二十一分五十四秒――

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