Ⅱ「エクスプローラーによろしく」
まずは最新作のバッグを
次に
積み上がった買い物箱は少年とカピバラに持たせ、キャロルはコリをほぐすために
「んー、ショッピング最高!」
集団が取り巻きながら彼女を
だが少しずつ輪が小さくなっていくことを感じ取り、
「ちょっと。ルール
その一言でさぁっと波が引くように、人々が遠ざかる。
人の
とことこと少年が付き従うが、周囲からは
「そんなに『晒し』とは
「当たり前よ。理由には意味がない。ただ『標的』になるんだから」
「なるほど」
あまりにも世間
それでいて大人びた
「てか、そのカピバラはちゃんと命令を聞くけど……
「彼は
「ふーん、名前は?」
「ポラリス」
「予想外に可愛い名前ね」
ベルトで固定した旅行
白い
「ねえ、なんでこの都市に来たの?」
「……買い物さ」
「でも持ち合わせは少ないって」
「合流予定の相手が
「……っ!?」
体が後方へ飛んでいく。ふわりと、足が地面から
「すまない」
先ほどよりも耳の近くで感じる、少年の冷静な声。
金のウェーブ
右手に握られているのは
そこからワイヤーが伸び、近くのビルの屋上を支点にぶら下がっている。
「あ、は、ははっ! なにこれ、すごい!」
「笑うことかい?」
「だって私、飛んでるもの!」
地上では何十人もが空を見上げ、十数人が包丁の男を
地面に
「
「いくらでも。理由がある方かもね」
「……」
「あいつ、前にルールを破ったのよ。だから」
「そうやって身を守るのは
言葉を
きゅるきゅるとワイヤーが伸びる音が響き、地上へと
ピンヒールが石畳を
それをポンチョコートの下に
少年は何事もなかったように動き出す。
散らばった荷物の多くは、通行人
それを受け取り、両手いっぱいの荷物を抱えながら
遠くの方では警察に連行される男が、こちらを
「どこまで行けばいい?」
「……」
荷物の運び先を聞かれたはずなのに、キャロルには別の意味となって聞こえた。
「宅配で送るわ」
「わかった」
足を進めている間、キャロルは少年の方へ振り向かなかった。
彼の
荷物を全て自宅へと送る手配をし、キャロルは店から出る。
「では
そう言って背中を向ける少年に対し、手を伸ばしていた。
不自然に足が止まった少年は、不可解そうな表情で見つめ返す。
「ねえ、アンタの買い物に付き合ってもいい?」
口から出た言葉に自身が戸惑うが、もう
少年が少しだけに
「困る。合流相手がいい顔をしない」
「私が来て喜ばない男はいないの! 連れて行きなさい!」
「……どうなっても知らないよ」
小さな
口元が
しかし少年が彼女の体を姫
そしてもう片方の足で少年の
地上で見上げている者には追いつけない速度で移動し、少しずつ高度を下げていく。
黄色く
がたがたと室外機がやかましく動いており、人の気配がまばらに存在していた。
「……
「なにか言ったかい?」
「別に!」
思わず
少年が首を
細い路地の先に、隠れるように赤い
そこへ迷いなく進み、少年は勢いよく扉を開いた。
真っ暗な部屋に
中心では
「…………え?」
「エクスプローラーは来ているかい?」
「そんなことよりキャロル・ノワール!?」
カップの中に入っていたラーメンを
その仕草を
すると男は大きく
「ご、ごめんなさい! ルールは破りません!」
「いいわ、許してあげる。で、この人に用があるの?」
携帯電話をポケットにしまい、キャロルは問いかける。
見るからに
服装は
「ああ。情報屋らしい。名前は知らない」
「おっふぅ。少年の
「お名前教えてね」
「はっ!
キャロルが両手を合わせ、可愛く
それだけであっさりと
彼女が
「よかったらこちらにお座りください!」
「あら、
「僕はポラリスがいるからね」
床の上にはいつの間にか
足を
少年は旅行鞄とカピバラを
「エクスプローラーは?」
「F1092
「そうかい。まあ彼
言いながら少年は液晶パネルの一つを指差す。
青い光を放っているが、映っている風景は実在のものだ。
星形のドーム。周囲で人が集まっているのもわずかに見えた。
「ステラドームね。なにかあるの?」
「あ、いや、その……」
「なによ。歯切れが悪いわね」
「め、目覚まし時計殿! 連れが彼女だとは聞いてないですぞ!?」
「僕は基本的に連絡手段を持っていないからね」
言葉に
しかしキャロルの興味は、ウドが告げた「目覚まし時計」に移った。
「アンタ、ベルじゃないの?」
「あだ名があるのさ。君も好きな方で呼ぶといい」
「ふーん。じゃあベルね」
にっこりと笑う姿は、暗い部屋の中でも
「ステラドームは今夜ライブがあるの」
「ライブ?」
「私が歌うの。キャロルツアー最終日を
それは街頭テレビで流れていた最新曲。ロック&ポップな曲調。
しかし耳に入ってくる音はそれだけで語りきれなかった。
音圧が
体がスピーカーへと変わり、
「私の歌はどうだった?」
「最高ですぞ!! さすが世界の歌姫!」
「もっと
賞賛するウドの勢いに乗り、キャロルは心底嬉しそうに
少年は味気ない
「では君に
「なによ?」
「あそこには
「へ?」
「特定の音域に反応して起動する」
心臓が不気味に脈動した。
「君の歌声が世界を
そう告げた少年の顔に、座布団がぶつけられた。
座布団がずるりと床に落ち、少しだけ赤くなった少年の顔に
「ふざけないで! だったらその装置をぶっ壊してやるわ!」
「それは無理だ」
「なんでよ!?」
「もう壊れてる」
少年が液晶パネルを指差す。
ステラドームが
音声は聞こえないが、現場の混乱は予想以上。しかしそれ以上にキャロルが動揺する。
「ステラドームが!? な、なんで!?」
「あわわ……まさか
「だろうね。だからエクスプローラーがここに
キャロルと
都市中のカメラ映像を
「これは……」
作業服に
「人衛機関ノーチラスの構成員だね。仕事が速い」
「そんな……あれは他に
「ちょ、人衛機関は守護を
「それが『ヒトを守る』結果に
歌う時は
先ほどまで胸の中にあった誇らしさなど、ドームと同じように砂埃に消えて行きそうだった。
「あ、でもワイトシティ名物のハイタワーは無事ですぞ」
「そんなところ、なんの意味もない!!」
彼が指差していた液晶パネルに映るのは、
夜になればライトアップされ、その色を街の四方八方へ届ける。
しかしキャロルが歌う場所はステラドームだった。
そこへ仕掛けられた破壊装置も、爆破によって無に帰した。
なにかが起きていて、よくわからない内に力技で解決。
「ごめん……
「だ、
がくがくと足を
「……マネージャーに連絡しなきゃ」
「気をつけて」
「アンタもついてきてよ」
「なんで?」
問われて、再度言葉に詰まってしまう。
けれど指先が少年のコートを
「お願い」
思ったよりも弱々しい声が出たことに、驚きを隠せなかった。
しかし少年は
そのことに嬉しさを感じ、キャロルは歩き出した。
「ああ、そうだ」
わずかに立ち止まった少年が、閉じていく扉の向こう側へと声をかける。
「エクスプローラーによろしく」
ばたん、と扉が閉じられた。
残されたウドは、
しばらくして、都市中に配備された
歌姫の終わりまで、あと七時間二十一分五十四秒――
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