星の目覚まし時計

文丸くじら

終わりの歌姫

星に届く歌声

Ⅰ「歌姫と少年」

 がりがり、とくさった干し肉をけずるようにむ。

 真昼は白い街並みも、夜になれば黒とネオンの色だけに染まる。

 裏路地は湿しめったくらやみしんしょくされ、看板の光でさえまぶしいほどだ。

 

 ぐちゃぐちゃ、と干し肉をえきやわらかくする。

 温かい食事など週に一度食べられたら幸せだ。

 あまいものは月に一回でも味わえばもうけもの。

 

 ごくり、と苦しみながらむ。固くてい。

 食べることにさえ体力を使い、ぎょろりと街を見上げる。

 だれでも成功する可能性がある世界。星を飲み込む星。

 

 いつか必ず、私は――。

 

 

 

 白い歩道がびる街並み。

 がらのビルも同じ色を映し、街の色になってむ。

 大きな街頭テレビからはりのプロモーションビデオが流れている。

 

「ふふん、ふんふふーん」

 

 満足そうに街頭テレビを見上げ、一人の女性が軽くくちずさむ。

 その様子を男女問わずにながめ、興奮した様子でけいたい電話をポケットから取り出す。

 しかし誰もかのじょには近づかず、ゆうゆうとした足取りで女は買い物を楽しむ。

 

 目当ては百メートル先のブティック。最新作のバッグ。

 高級サングラスを取り外し、きんぱつのウェーブがみを初夏の風にらした。

 の光にさらされたのはあざやかな青い目。空に負けないほど明るく美しい。

 

 盛り上がった胸を強調するタンクトップに、くびれたこしにはかわベルト。

 きたえられたでんからのらしいきゃくせんを、ホットパンツで主張。

 高いピンヒールのサンダルで、かっかっかっ、と歩道のいしだたみたたく。

 

 むぎゅう、と異音が混じった。

 足裏に気味の悪い柔らかさが伝わり、じょうげんだった女が視線を下ろす。

 白い歩道のシミとでも言うように、茶色の服を着た人間がたおれていた。

 

 少し季節外れな北国のよそおい。

 ふわふわのポンチョコートにピンヒールがさっている。

 ねた金髪の上には四角いぼう。それもポンチョコートと同じ茶色だった。

 

「うっ……」

 

 うめごえを上げたのは少年だった。

 うっすらとまぶたが上がる。どうこうが開いた緑色の目が、女を見上げる。

 少年が起きあがれば、コートの影にはカピバラがうようにていた。

 

 ピンヒールはポンチョコートしに、カピバラのおなかんでいた。

 四角い旅行かばんを背負ったカピバラが、不満そうに鼻を鳴らす。

 

「やだ、ペット!? くつよごれてない!?」

 

 あわてて足を退け、くつぞこかくにんする女。

 ゆっくりと起き上がった少年は、特に動じる様子もなく答える。

 

「靴は汚れるものだろう」

「そうじゃないの! これ高かったんだから!」

 

 話が通じそうにないと思い、少年はよろけながら立つ。

 カピバラに寄りかかりながらはなれていくかれを、女は首根っこをつかんで引き止める。

 

「ちょっと! 道に倒れてじゃだったんだから、謝罪はないの!?」

「……すまな」

 

 少年の声をさえぎる、大きな腹の虫が鳴った。

 ごくの底からひびいたかと思うほどとどろき、少年は少しだけ視線をらす。

 

「お腹減って倒れたの?」

「……ずかしいことにね」

 

 言葉とは裏腹に、少年の顔は無表情だ。

 視線やこわには感情が多少宿るが、顔色には反映されない。

 

「ついてきなさい!」

 

 とうされるだろうと思っていた少年だったが、女に手を引っ張られる。

 ずるずると引きずられる少年を、カピバラはとことこと追いかけた。

 

 

 

 白い街並みに合わせたような、かべゆかの木目調がとくちょうてきなカフェテリア。

 おしゃな観葉植物がかざられ、メニュー表には流行のオーガニック料理の名前が並んでいる。

 てんじょう近くで回るプロペラが、室内の空気とラジオから流れる音をかき混ぜていた。

 

「好きなのたのんでいいわよ」

「この街で使える通貨は、あまり持ち合わせが……」

おごるわよ! 私、そこまでイメージ戦略で失敗してないはずよ!?」

 

 おこりながらも店員を呼び、食前のドリンクを軽く注文する。

 ついでに少年の足元で寝そべるカピバラ用のご飯も頼んでいた。

 

「で、名前は?」

「ベル・クロノグラフ」

「ふーん、いい名前ね。ベルってかねでしょ? 音が鳴るのは好きよ」

 

 好きにかいしゃくし、満足そうにほほむ女。

 晴れやかな春すらも恥じらうほど、そのみは美しいものだった。

 しかし少年はメニュー表を注視し、全く意にかいしていない。

 

「君は?」

「は?」

ぼくの名前を聞いたならば、自分の名前を言う流れだろう」

 

 当たり前のように告げた少年に対し、女はまどしに街頭テレビを指差す。

 最新のミュージックビデオが流れ、それにずいするアナウンスが聞こえた。

 

『世界的うたひめキャロル・ノワール! 最新曲は――』

 

 続いて地元のラジオ放送局から、別の声がカフェテリアに広がる。


『彼女こそ、このワイトシティがほこる歌姫ですよ。ハングリー&アングリー精神こそ彼女のしんずいで――』

 

 となりの席からは興奮気味に話す女学生。

 

「ねえねえ! キャロルのミュージックプレイヤー予約できた?」

「むりー。ちょうしいけど、転売屋も買えなかったってうわさじゃん」

 

 四方八方から聞こえる声と、街頭テレビでちょうはつてきに微笑む美女。

 結果を総合し、少年はメニュー表を指差す。

 

「このミートボールスパゲッティを三人前いいかな、キャロル」

「食べ過ぎじゃない!?」

 

 十四さい程度のがらな少年――彼の予想外な食欲。

 それにぎもかれ、名前を気安く呼ばれたことも忘れてしまう。

 

「まあ、いいけど。すいませーん」

「は、はい! あ、あの……」

「サイン? 食べ終わってからね。ルールは?」

「わかってます! ご注文ありがとうございます!!」

 

 語気強めに応える店員は、スキップまじりにちゅうぼうへと向かう。

 その背中を見送りながら少年は、スパゲッティ以外のメニューを思案する。

 

「チョコバナナパフェもいいかい?」

「スパゲッティを食べ終えてからにしてくれない?」

「わかった。ありがとう」

 

 しばしのちんもく

 少年は硝子越しの視線を気にしない。

 女も同じように無視しているが、少しなっとくがいかないように指で机を叩く。

 

「アンタ……わかってる?」

「ああ、食後の注文だろう」

ちがう! 私のこと! 気にならないの!?」

「……?」

 

 心底意味不明といった様子で、少年は首をかしげた。

 足元ではカピバラがはぐはぐとドッグフードを食べている。

 どちらもわかっていない姿に、女はかたから力が抜けていく気がした。

 

「お子ちゃまには私のりょくが通じないのね」

「年が離れてそうだしね」

「私はまだ十八歳よ!」

 

 少し大人っぽい容姿――け顔をてきされた気がして、キャロルは声をあららげる。

 しかし少年は要領をえないのか、もう一度首を傾げていた。

 

「やはり離れてるじゃないか」

「四歳差くらいじゃない! まさかアンタ……十歳以下?」

「そんなわけないだろう」

 

 冷静に否定されるが、それが気に食わなくて軽くほおをつねる。

 メニュー表から顔を離したベルは、至近きょで美女のおこがおを見つめた。

 

「私の曲をいたことは?」

「今だね」

 

 街頭テレビを指差し、軽快なロック&ポップを耳に入れる。

 誰もがその映像を携帯電話のカメラでるが、カフェテリアにいる本物に対しては眺めるだけだ。

 近くで世間話をしていた女学生も、キャーキャーとはしゃぐだけで近寄らない。

 

「仕方ないわね。私の限定ミュージックプレイヤーをあげるわ」

 

 頬をつねっていた指を離し、ホットパンツのポケットから小型の機械を取り出す。

 まるで万年筆のようなデザインだが、側面に配置されたボタンが機械であることを主張していた。

 それを少年に差し出し、反応を確かめようとする。

 

「いらない」

「予約ひっの限定品よ!? 生産数も千台しかないの!」

「興味ない」

 

 素っ気ない少年の態度にいらつ中、ミートボールスパゲッティがはいぜんされた。

 山盛りのめんるい。見ているだけで腹がふくれそうなほど、大量のミートボール。

 それを前にして少年がわずかに表情を変えた。どことなくうれしそうだ。

 

「いただきます」

「私より食べ物が大事って……」

 

 食欲に忠実な少年は、わきらずにフォークとスプーンを掴む。

 動作はれいで、食べる所作もかんぺき。ただし速度が異様に速い。

 ものの十分もしない内にスパゲッティは消え、少年はメニュー表に視線をもどした。

 

「まあ、いいわ。私も食べよ……」

 

 あきれたように息をき、キャロルは配膳されたパンケーキに目をかがやかせる。

 頬いっぱいに食べ物をめ、もぐもぐとほおる姿は美女からかけ離れていた。

 

「なによ?」

 

 じっと見つめてくる少年に対し、しんな目を向ける。

 

「幸せそうに食べるから、つい。すまない」

 

 しつけに眺めていたことを軽くび、ベルは追加注文を行う。

 パンケーキを二人前、チョコバナナパフェを一人前、コーヒーゼリーを三人前、サラダを五人前、ポークステーキを四人前頼んだ。

 その量の多さに店員の口元がひくついたが、なおに注文を受け取った。

 

「食べるの好きなの。しいのならなおさらね」

「わかる」

「あははっ、変なの」

 

 じゃに笑うキャロルは、楽しそうに腹をかかえる。

 それだけで十八歳と思えるほど幼く見え、愛らしさが増していく。

 

「あー、おかしい。アンタ、他の都市から来たの?」

「この姿からわかるだろう」

 

 少年はうでを広げ、自らのポンチョコートを主張する。

 窓の外に集まる群衆に、彼と同じような装いの者はいない。

 誰もが初夏にさわしいすずしげな姿で、スタイルも白い街並みの発展具合に沿っていた。

 

「だって私のこと知らないんだもん。あ、最近の転星移入者?」

「……」

「ちょっと待って! 調べるから!」

 

 言うやいなや、キャロルはホットパンツのポケットからうすがたの携帯電話を取り出す。

 指と音声で操作し、ネットニュース記事から『三日前の異世界転星について』というのをさぐてた。

 

「これじゃない?」

「違うよ」

「えー……人衛機関ノーチラスは?」

「知り合いがいるね」

「私は?」

「すまない」

 

 ことごとく予想が外れ、キャロルはくやしさでやっになる。

 ゆく不明者ニュースや顔写真けんさくも用いたが、少年の手がかりはいっさいなかった。

 

「なんで私は知らないのよ!?」

「……事情があってね。ぞくにはうといのさ」

「わけわかんない。まあいいや」

 

 パンケーキを完食し、食後のコーヒーを注文する。

 その間にベルはポークステーキから食べ始め、硝子越しの群衆を眺める。

 動物園の動物になった気分。通りかかる者のほとんどが足を止めているのだ。

 

「歌手ならファンの相手をしなくていいのかい?」

「ルール上禁止よ」

「それはなんだい?」

 

 ポークステーキを平らげ、サラダを食べ始める。

 あまりにもばやい食事風景に、これまた別のこうな視線が注がれる。

 なお小さな子供や女性にはカピバラが大人気だった。今はひるをしている。

 

「オフの日ルール。私のオフを邪魔したら、公式さらものよ」

 

 意地悪な笑みをかべ、キャロルは携帯電話の画面を見せてくる。

 晒し者あつかいされた人間たちが手配書風の加工をほどこされ、キャロル公式ホームページにせられていた。

 それはまるで犯罪者や賞金首の一覧にも感じ取れ、あまり気持ちのいいものではない。

 

「変なことをするね」

「人気者でもオフはゆっくり過ごしたいの」

「僕は?」

「アンタは別。知らないなら仕方ないでしょ」

 

 おかわりのコーヒーを頼み、女は微笑む。

 

「け・れ・ど」

 

 少しの間を置き、あくのようにわくてきささやき。

 

「私の買い物に付き合ってよね」

「それは……」

「奢ってあげたわよね?」

 

 積まれた皿を見つめ、ベルは観念する。

 食べたことはこうかいしないが、あっさり引っかかった事実はやむ。

 こうして少年は歌姫の一時的ぼくとなったのである。

 

 歌姫の終わりまで、あと八時間三十二分十六秒――

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