星の目覚まし時計
文丸くじら
終わりの歌姫
星に届く歌声
Ⅰ「歌姫と少年」
がりがり、と
真昼は白い街並みも、夜になれば黒とネオンの色だけに染まる。
裏路地は
ぐちゃぐちゃ、と干し肉を
温かい食事など週に一度食べられたら幸せだ。
ごくり、と苦しみながら
食べることにさえ体力を使い、ぎょろりと街を見上げる。
いつか必ず、私は――。
白い歩道が
大きな街頭テレビからは
「ふふん、ふんふふーん」
満足そうに街頭テレビを見上げ、一人の女性が軽く
その様子を男女問わずに
しかし誰も
目当ては百メートル先のブティック。最新作のバッグ。
高級サングラスを取り外し、
盛り上がった胸を強調するタンクトップに、くびれた
高いピンヒールのサンダルで、かっかっかっ、と歩道の
むぎゅう、と異音が混じった。
足裏に気味の悪い柔らかさが伝わり、
白い歩道のシミとでも言うように、茶色の服を着た人間が
少し季節外れな北国の
ふわふわのポンチョコートにピンヒールが
「うっ……」
少年が起きあがれば、コートの影にはカピバラが
ピンヒールはポンチョコート
四角い旅行
「やだ、ペット!?
ゆっくりと起き上がった少年は、特に動じる様子もなく答える。
「靴は汚れるものだろう」
「そうじゃないの! これ高かったんだから!」
話が通じそうにないと思い、少年はよろけながら立つ。
カピバラに寄りかかりながら
「ちょっと! 道に倒れて
「……すまな」
少年の声を
「お腹減って倒れたの?」
「……
言葉とは裏腹に、少年の顔は無表情だ。
視線や
「ついてきなさい!」
ずるずると引きずられる少年を、カピバラはとことこと追いかけた。
白い街並みに合わせたような、
お
「好きなの
「この街で使える通貨は、あまり持ち合わせが……」
「
ついでに少年の足元で寝そべるカピバラ用のご飯も頼んでいた。
「で、名前は?」
「ベル・クロノグラフ」
「ふーん、いい名前ね。ベルって
好きに
晴れやかな春すらも恥じらうほど、その
しかし少年はメニュー表を注視し、全く意に
「君は?」
「は?」
「
当たり前のように告げた少年に対し、女は
最新のミュージックビデオが流れ、それに
『世界的
続いて地元のラジオ放送局から、別の声がカフェテリアに広がる。
『彼女こそ、このワイトシティが
「ねえねえ! キャロルのミュージックプレイヤー予約できた?」
「むりー。
四方八方から聞こえる声と、街頭テレビで
結果を総合し、少年はメニュー表を指差す。
「このミートボールスパゲッティを三人前いいかな、キャロル」
「食べ過ぎじゃない!?」
十四
それに
「まあ、いいけど。すいませーん」
「は、はい! あ、あの……」
「サイン? 食べ終わってからね。ルールは?」
「わかってます! ご注文ありがとうございます!!」
語気強めに応える店員は、スキップまじりに
その背中を見送りながら少年は、スパゲッティ以外のメニューを思案する。
「チョコバナナパフェもいいかい?」
「スパゲッティを食べ終えてからにしてくれない?」
「わかった。ありがとう」
しばしの
少年は硝子越しの視線を気にしない。
女も同じように無視しているが、少し
「アンタ……わかってる?」
「ああ、食後の注文だろう」
「
「……?」
心底意味不明といった様子で、少年は首を
足元ではカピバラがはぐはぐとドッグフードを食べている。
どちらもわかっていない姿に、女は
「お子ちゃまには私の
「年が離れてそうだしね」
「私はまだ十八歳よ!」
少し大人っぽい容姿――
しかし少年は要領をえないのか、もう一度首を傾げていた。
「やはり離れてるじゃないか」
「四歳差くらいじゃない! まさかアンタ……十歳以下?」
「そんなわけないだろう」
冷静に否定されるが、それが気に食わなくて軽く
メニュー表から顔を離したベルは、至近
「私の曲を
「今だね」
街頭テレビを指差し、軽快なロック&ポップを耳に入れる。
誰もがその映像を携帯電話のカメラで
近くで世間話をしていた女学生も、キャーキャーとはしゃぐだけで近寄らない。
「仕方ないわね。私の限定ミュージックプレイヤーをあげるわ」
頬をつねっていた指を離し、ホットパンツのポケットから小型の機械を取り出す。
まるで万年筆のようなデザインだが、側面に配置されたボタンが機械であることを主張していた。
それを少年に差し出し、反応を確かめようとする。
「いらない」
「予約
「興味ない」
素っ気ない少年の態度に
山盛りの
それを前にして少年がわずかに表情を変えた。どことなく
「いただきます」
「私より食べ物が大事って……」
食欲に忠実な少年は、
動作は
ものの十分もしない内にスパゲッティは消え、少年はメニュー表に視線を
「まあ、いいわ。私も食べよ……」
頬いっぱいに食べ物を
「なによ?」
じっと見つめてくる少年に対し、
「幸せそうに食べるから、つい。すまない」
パンケーキを二人前、チョコバナナパフェを一人前、コーヒーゼリーを三人前、サラダを五人前、ポークステーキを四人前頼んだ。
その量の多さに店員の口元がひくついたが、
「食べるの好きなの。
「わかる」
「あははっ、変なの」
それだけで十八歳と思えるほど幼く見え、愛らしさが増していく。
「あー、おかしい。アンタ、他の都市から来たの?」
「この姿からわかるだろう」
少年は
窓の外に集まる群衆に、彼と同じような装いの者はいない。
誰もが初夏に
「だって私のこと知らないんだもん。あ、最近の転星移入者?」
「……」
「ちょっと待って! 調べるから!」
言うや
指と音声で操作し、ネットニュース記事から『三日前の異世界転星について』というのを
「これじゃない?」
「違うよ」
「えー……人衛機関ノーチラスは?」
「知り合いがいるね」
「私は?」
「すまない」
ことごとく予想が外れ、キャロルは
「なんで私は知らないのよ!?」
「……事情があってね。
「わけわかんない。まあいいや」
パンケーキを完食し、食後のコーヒーを注文する。
その間にベルはポークステーキから食べ始め、硝子越しの群衆を眺める。
動物園の動物になった気分。通りかかる者のほとんどが足を止めているのだ。
「歌手ならファンの相手をしなくていいのかい?」
「ルール上禁止よ」
「それはなんだい?」
ポークステーキを平らげ、サラダを食べ始める。
あまりにも
なお小さな子供や女性にはカピバラが大人気だった。今は
「オフの日ルール。私のオフを邪魔したら、公式
意地悪な笑みを
晒し者
それはまるで犯罪者や賞金首の一覧にも感じ取れ、あまり気持ちのいいものではない。
「変なことをするね」
「人気者でもオフはゆっくり過ごしたいの」
「僕は?」
「アンタは別。知らないなら仕方ないでしょ」
おかわりのコーヒーを頼み、女は微笑む。
「け・れ・ど」
少しの間を置き、
「私の買い物に付き合ってよね」
「それは……」
「奢ってあげたわよね?」
積まれた皿を見つめ、ベルは観念する。
食べたことは
こうして少年は歌姫の一時的
歌姫の終わりまで、あと八時間三十二分十六秒――
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