3:彼は彼から手紙を受け取り、彼女は彼に出会う。

 「お話を聞いていただいて感謝します。小野橋豊さん。いやぁ、あと少し遅ければお渡しできなくなるところでしたね。」

近くのベンチに僕を座らせ、隣に珈琲缶を持って腰を下ろした。

 しばらく何もしゃべらないまま、時間が過ぎた。数分すぎたころだろうか、彼が缶を開けて一口コーヒーを飲み話を切り出した。

「彼女の後を追うつもりだったんですか?」

 それはその行いを咎めるわけでも、英里奈が死んだことに同情しているような声色ではなくただ事実を淡々と述べているだけ。そんな様子だった。

「まぁそこは別に構いはしません。・・・できれば僕の仕事が増えるのでやめてほしいと思わないでもありませんが。さて、そんな話はさておき本題に入りましょうか。」

 彼はそう言うと僕のほうに体を向けた。

「申し遅れました。私は天津川天使と申します。先ほども申し上げましたとおり、あなたの彼女、倉敷英里奈さんより伝言および手紙をいただいております。ただお渡しする前にいくつか注意事項を。」

 彼の告げた注意事項は三つだった。一つ、渡された手紙は必ず遺体と一緒に埋めること。一つ、手紙の内容は天津川さんと僕以外誰にも読ませないこと。一つ、上記の事項を破った場合は手紙を読んだ記憶を消去する。とのことだった。

「上記のことに関しては、あなたが見せようとせず見られた場合も事項に抵触認識しておいてください。・・・何か質問はありますか?」

 その言葉に僕が静かに首を横に振ると彼は微笑を浮かべ、白い便箋をこちらに渡してきたのだった。

・・・・・

 修君の腕の中で目を閉じた私は、次に目を覚ました時雲の上にいた。なんとなくだけれど死んだのだ。そう直感的に感じた。

 私、倉敷絵里奈は幸せな人生を歩んでいた。そう断言していいと思う。心配性だけど私のことを考えてくれる母と頑固で無口だけれど本当に困ったときは私の力になってくれた父、気さくに話しかけてくれて私の些細な相談にものってくれた友人たち。・・・そして少しだけ生真面目だけれど優しい彼。

 私はどちらかというと、要領のいい人間ではなかった。仕事も少し人より遅かったり、何かをしていても大きなミスではないが些細なことで失敗してしまう。

 今回の事故もそれが原因で起こってしまった。仕事でいっぱいいっぱいになり、昼休憩や定時後少しの時間でもいいから彼に連絡を入れておけばこんなことにはなっていなかったかもしれない。

 彼のあんな顔を見たくはなかった。泣いている彼にかけてあげたい言葉がたくさんあった。それなのに、声は出ないし体は動かなかった。物語の主人公は死にかけたって戦うことができたというのに。私は物語の主人公ではなかったらしい。

「ようこそ、天便へ。どなたに手紙をしたためられますか?」

 いつの間にか下を向いてしまっていた視界を声のした方に向けると

 男の人が立っていた。

「始めまして。倉敷絵里奈さん。私は天津川天使と申します。」

そう名乗った後。彼は再度繰り返したのだった。

「さて、どなたに手紙をしたためられますか?」


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桜の花の散る頃に 天塚春夏 @sarashigure

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