15-3 エルゼ -ダンテの過去-

 目を閉じたダンテは石像のように動かず、じっとしているだけで何も言わない。その様子を見たアリシアが代わりに口を開く。

「ダンテが諜報部隊の隊長になったのは2年前のこと。エルゲルト家は元々帝国の中でも上級貴族の家柄だったけれど、100年の1度の天才と言われる彼が六誓将軍ゼクス・エイドの一人に任命されたことで、エルゲルト家は名声の絶頂を極めました。けど、それがいけなかったのね…」

「逆恨みか?」

 珍しく勘の働いたマリーが先回りする。


「その通りです。ダンテと3人の部下たちは帝国東部のとある小さな町の近くに出没する刀剣蛇サーベル・スネークと呼ばれるモンスターの住処の調査に行きました。その時、地元を治める老獪な貴族が22歳にして諜報部隊の隊長を務めるダンテに嫉妬したのです」

 アリシアは部屋の隅の机に置いてあった水差しから、コップに水を注ぐことなく、直接水を自分の口元に運んで水を飲んだ。あれも水流魔法の使い方なのだろう。水くらい普通に飲めばいいのにとエルゼは思わずにはいられなかった。

「その貴族は、"刀剣蛇サーベル・スネークが出没した"と町民に嘘をつかせ、ダンテだけを別の場所に連れ出しました。一方、他3名の隊員はダンテ不在の中、その貴族と町の衛兵に連れ出され、刀剣蛇サーベル・スネークの住処である洞窟の調査に赴きました。そして、衛兵たちと刀剣蛇サーベル・スネークの挟み撃ちにあった彼らは…」

 アリシアはそこまで言って一瞬黙り込んだが、話を再開することを決意した。

「連れ出された場所に刀剣蛇サーベル・スネークなどいなかった。騙されたとわかったダンテは急いで住処の洞窟に向かいました。しかし、惨劇は既に行われた後でした。そこでダンテは…」


「その場にいた奴らを皆殺しにした」


 ダンテが最後の部分だけ引き取った。その瞬間、部屋の温度が大きく下がったのを感じたエルゼは背中がゾクッとした。

「そんなことがあったなんて…」

 未だに信じられないという表情をしているレインに対して、アリシアが優しく声をかける。

「その貴族は隊員3人を刀剣蛇サーベル・スネークの仕業に見せかけて殺し、ダンテの責任問題にしたかったのでしょう。今となっては分かりませんが。帝国上層部はこの事件は全て闇に葬りました。ダンテ自身も口を閉ざしたのであれば、あなたが知らなくても当然のことです」

 そして、諜報部隊3人全員に向けて

「分かったでしょう。彼はもう二度と隊員を失いたくないのです。あなた達のドクター・シンを許せないという気持ちもよく分かります。しかし、今は耐えてください。いつかチャンスは訪れますから。どうか、、、お願いします」

 と切に願うような態度で頭を下げる。

 先程までのドクター・シンのところに殴り込みに行くムードは失われた。今は、ダンテの深い思いに対する感謝や辛い過去への憐憫といった感情が部屋に充満していた。


 その様子を見たダンテは改めて3人に丁重に謝罪する。

「、、、今回のベイロックスの任務。。。ここまで危険な任務だと分かっていれば、俺自らが行った。本当にすまなかった。そして、あの男に何も罰を与えられなかったことも…」


 一瞬部屋そのものが沈黙したかのようにシーンと静まり返るが、レインが口火を切り、兄に笑顔で答えた。

「兄さん、俺も悪かったよ。けどよぉ、もう秘密はやめてくれよな?」


「もういいのよ、ダンテ。あなたの想いも知らずに本当にごめんなさい」

 エルゼもまた謝るが、一つだけ聞きたいことがあった。

「一つだけ聞かせて。ドクター・シンという男はあなたよりも強いの?私にはただの科学者にしか見えなかったわ」

「そうだな…。エルゼたちが戦ったヘカトンケイルという化け物。そいつより強いだろうな」

 静かに答えるダンテ。アリシアも黙りながら首肯している。ヘカトンケイルと戦った3人が絶句する中、レインが

「、、、ははは。いつもの冗談だろ、兄さん?」

 とわざと明るく笑い飛ばそうとしたが、ダンテもアリシアもそれ以上は何も言おうとしない。

 

 仕方ないので、マリーが話題を変える。

「さて、アリシアさんよぅ。あんたがここに来たのは昔話をしに来ただけなのかい?」

 と尋ねると、アリシアは苦笑しながら答える。

「ふふ。あなたは本当に勘がいいですね。実は、あなた方の次の任務では私と共に行動してもらうからなのです。任務内容もダンテの代わりに私から伝えましょう」


 次の任務…!

 部屋の中が緊張に包まれる。しかも今回は六誓将軍ゼクス・エイドの一人が同行するのだ。きっと重要な任務に違いない。次こそは皇帝に届く任務だと良いが…


 エルゼが期待する中、アリシアが壁にかかった大陸の地図の方に歩き、帝国東部の都市を指差す。ダンテといいアリシアといい、任務を言い渡すときに地図を指差すのは恒例行事なのだろうかとエルゼは疑問に思った。

「今回の任務は帝国西部の大都市サンルートの調査です」

「サンルート?」

 エルゼが尋ねると、レインが補足する。少し呆れてはいるが、今回は特に馬鹿にした様子ではない。

「エルゼは本当に帝国の都市のことを知らないんだなぁ。人口60万人を超える、帝国西の中心都市だ。近くに帝国最大の墓地があり、歴代皇帝も埋葬されているな」

「その通り。そして、最近その墓地が荒らされている事件が発生しているのです」

 アリシアが続けるが、早速マリーが疑問を呈す。

「何だ、それってただの墓荒らしじゃないのか?わざわざ私たちが行く必要あるのかい?」

「話は最後まで聞きなさい。その墓荒らしですが、死体が無くなっているだけではありません。墓荒らし事件の発生件数に比例するかのように、サンルートを訪れた行商人が襲われたという事件が増えています。そして、ここからが重要ですが、命からがら逃げかえった者からはという報告を受けています」


「死体、、、だと!」

 レインとマリーが同時に大声を上げながら立ち上がり、エルゼも同じ可能性に思い至っていた。

「まさか、、、」

「そうです。あなた達は死んだはずのインハルトがヘカトンケイルとして蘇ったのを研究所で見たのでしょう。今回の事件もあの男、ドクター・シンが関わっている可能性があります」

「ふーん、そういうことか。俄然燃えてきたな。あの野郎をぶっ飛ばしてやるぜ」

 マリーは興奮して腕をブンブン振り回している。

「ドクター・シンが関与していることを突き止めた時点で深掘りはしないこととします。仮に彼と戦闘する可能性がある場合、即刻逃げることをダンテにも約束してください」

「ちっ。。。まぁしょうがねぇか。分かったよ」

 マリーはそう答えながら、腕を振り回すのをやめた。


 エルゼがダンテの方をちらっと見ると、ひとまず安心したという表情をしている。

 そんなダンテにも質問する。

「ダンテ、あなたはどうするの?」

「俺は、、、ちょっと別の任務があるんだ。すまないな。まぁ今回はアリシアちゃんも同行する。俺は必要ないだろう?」

 ダンテはいつもの軽い調子で言っているが、彼の顔が少し青ざめているのをエルゼは見逃さなかった。


「無理しないという約束もしたので、そろそろ出発しましょうか。長話が過ぎましたね」

 マリー、レイン、アリシアの3人が部屋を退出する中、エルゼは一人残って、ダンテに質問した。


「ねぇ、ダンテ。あなた何か隠してない?今日のあなたはどこか変よ」

「何言ってんだ、エルゼ。変で当たり前だろ?あのマッドサイエンティストに対して、何のお咎めもなかったんだ。俺だって内心怒りまくってるし、話したくなかった過去の話までされちまった」

「それもあるけど。。。他にもあるような気がして」

「な、、何言ってるんだよ!部下に心配されるなんて、俺も隊長としてヤキが回ったかな…」

「今は冗談言わなくていいわよ。ねぇ、本当に何もないの?」

 エルゼが真剣に問いかけるが、ダンテは無用な心配をかけまいとあくまでも否定する。

「何も、、、ない。俺を信じろ」


 ダンテはどうあっても誤魔化すつもりらしい。エルゼはダンテが何か隠していることを確信していたが、よほど言えない事情があることを察してこれ以上は聞かないことにした。

「ダンテ。私はこう見えて、あなたにこの諜報部隊に誘ってもらってとても感謝してるのよ。だから、、、早まった真似だけはしないでね?」

 それだけ言ってエルゼは切ない表情を残し、3人の後を追いかけた。


 エルゼが立ち去り、部屋に一人残されたダンテは上を見上げながら呟いた。

「心配するな、エルゼ。ドクター・シンの件も、ウィレムの件も俺が一人でケリをつけるさ…」

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動乱のロストガリア @nogacchi

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