15-2 エルゼ -六誓将軍アリシア-
エルゼ達3人は諜報部隊の会議室で皇帝との謁見中のダンテを待っていた。
自分達はダンテに全てを報告し、ダンテがしかるべき処分をあの男に下すよう皇帝に進言する手はずだった。もし、あの男にしかるべき処分が下らなかったその時は…
エルゼが一人考え事をしていると、待つだけの暇な時間を持て余したのかレインが声を掛けてくる。
「ちょっといいか。話がある」
「何、どうしたの?」
レインは咳払いをしてから、エルゼが座っていた席の前まで来る。そして、深々と頭を下げる。
「ちょ、、ちょっと!やめてよ、そんなこと!一体どうしたの?」
エルゼが慌てて答えると、レインは頭を下げたまま
「俺のこれまでのお前に対する無礼を謝罪する。悪かった。お前と会った時に平民だというだけでバカにしたり、ベイロックスの宿屋で言い争いをしたり。けど、お前がいなかったら、あの事件だって解決しなかったし、あの化け物ヘカトンケイルを倒すこともできなかった。お前の観察力や発想力、行動力。そういったものは俺にはとてもじゃないが真似できないものだ。だからまぁ、、、これからも同じ諜報部隊の隊員としてよろしく頼むよ」
といつになく丁重に言葉を綴った。
エルゼは立ち上がる。
「頭を上げて。らしくないわよ」
そして、握手を求めながらレインに快諾の意を伝えようとする。
「これからもよろしく。けど条件が一つだけあるわ」
一旦間を置くエルゼ。
「ん?」
「"お前"呼ばわりはやめてね」
「はっはっは!確かにそうだな。悪かったエルゼ」
一本取られたとでも言うような感じで握手するレインは笑っていた。エルゼはレインの心の底からの笑顔を初めて見たような気がして、どこかお腹の中が温かくなったように感じた。
二人のやり取りを見ていたマリーは「最初からそれで良かったじゃねぇかよ」とだけ興味なさそうに言った。
そしてついに、皇帝との謁見を終えたダンテが諜報部隊の会議室へと戻ってきた。どうも彼の表情を見るに忸怩たる思いを抱えているような雰囲気を感じたが、エルゼ達3人は首を長くして結果を待っていたため、ダンテが部屋に入るや否や、すかさず質問攻めにした。
「どうだった!?」
「ドクター・シンは?当然何らかの処分があるのよね?」
しかし、隊長の回答は歯切れが悪い。
「いや…。本当に済まない。俺の力不足で、奴にお咎めはなしだ…」
「はっ!?嘘だろ兄さん?」
「そんなバカなことが許されていいの!?」
レインとマリーが興奮する中、最も憤りを感じたのはエルゼだ。
「今から皇帝に直訴してくるわ!私たちはあいつに殺されかけたのよ!」
「やめろ、エルゼ!そんなことをしても無駄だ!お前の立場を悪くするだけだ」
「じゃあどうしろって言うのよ?あの男は今も野放しなんでしょ?研究所こそ崩壊したけど、奴が次に何するか分からないのよ!?」
「わかっている!それは、俺も十分わかっている!!だが…」
ダンテはそれだけ言うと、ただ黙ってうつむいてしまう。
エルゼは全身から熱を発しながら、やりどころのない怒りをただ黙っているダンテに向ける。
「ダンテ。あなたも皇帝の犬なの?
「おい、エルゼ!今のは流石に兄さんに向かって失礼だぞ!」
レインが兄をかばうが、ダンテはエルゼの怒りを真っ向から受け止める。
「いいんだ、レイン。エルゼの言うとおりだ。俺は所詮犬だ…」
その様子を見たエルゼは、ダンテがここまで落ち込んでいるなんてただ事ではないと感じ、レインも
「兄さん、一体どうしたっていうんだ…」
と心配そうに呟く。
「よし。じゃあよ、あのクソ眼鏡をぶっ飛ばしに行こうぜ」
そんな険悪なムードの中、ケガも治り完全復活したマリーが腕をブンブン回しながら提案する。
「マリー姉さん、この前あいつの造ったヘカトンケイルに殺されかけたばかりじゃないか?けど、、、やるしかねぇな」
とレインは半ば呆れながら賛同し、エルゼもそれしかないと考えた。
「そうね。奴はまだこの帝都にいるのでしょう?今すぐに行きましょう!」
しかし、それをダンテが怒鳴りながら止める。
「やめろ!そんなことをしてもお前たち3人が死刑になるだけだ。あんな男のために自分が死んでもいいのか?」
「ふん。あいつをぶちのめしたら、帝国を抜け出してマグメール王国でもシャングラ連合国でもどこへでも逃げるさ」
「あーそうしたら、俺の貴族の地位も失われちゃうけど、まぁ仕方ないか!」
まんざらでもないというマリーとレインに対して、エルゼは踏ん切りがつかないでいた。
「そ、、そうよ!私もそうするわ!」
(私は、帝国を抜けるわけにはいかないわ。皇帝を殺すまでは…。一体どうすればいいの?)
「頼むからやめてくれよ…」
その様子を見ていたダンテの表情が半ば諦めの表情に変わりかけた時、会議室に一人の女性が入ってきた。その女性は入室するや否や、
「水流魔法:
と唱える。するとマリーとレインを大きな水球が包み込み、二人を包んだ水球は床を離れ宙を漂う。二人は呼吸ができず、苦しそうにもがき始める。
エルゼが「何するのよ!」とすぐにその女性に攻撃しようとしたが、ダンテがそれを止める。
「あー待て、エルゼ。アリシアちゃん、もうそのへんでいいだろ?」
「分かってるわ、もちろんよ」
アリシアと呼ばれたその女性が指パッチンすると二人を包んでいた水球が消え、床に落下した二人はゴホゴホと咳込んだ。
「3人共初めてだったな。紹介しよう、彼女こそが帝国魔導学院
「何だか称号が多いわね。それよりもさっきは何故攻撃したのですか?」
呼吸を落ち着けようとしているレインの背中をさすりながら、エルゼが当然の疑問を口にする。
「ごめんなさいね。でもこうでもしないとあなた達はあの男、ドクター・シンに無謀な挑戦を試みようとしたでしょう?」
エルゼはアリシアと呼ばれた女性を品定めするように観察した。
まず特徴的なのは、長い茶色のサラサラとした髪を片側にまとめあげていることで、とてもしなやかな印象を受ける。彼女はそれだけでなく、往年の経験からなのか"できる"雰囲気を醸し出しており、彼女の茶色の瞳も美しい髪とマッチしており、その"できる"雰囲気に貢献している。
また、彼女の羽織る厚くて黒い毛皮の上にドラゴンが縫い付けられた立派なマントは、彼女の地位も相当高いものであることを表している。
観察を終えたエルゼが再び質問する。
「無謀な挑戦とはどういう意味でしょうか?」
「あなた達ではドクター・シンに勝てないということです。あの男の持つ力は計り知れません。先ほどの私の水流魔法を破れないようではあの男に勝つことは不可能です。そのことを分かっていただきたかったのです」
普通に呼吸できるようになったマリーが
「はぁ?さっきのは不意打ちだろうが!?そんなんで私たちに勝った気になるなよ?」
「何度やっても同じことです。それに、私はダンテとは
「おい、アリシア。それ以上は言うな」
ダンテが睨むが、アリシアは彼に優しいまなざしを向けながら続ける。
「いいえ、言います。その様子だと、このことは弟であるレインにすら伝えていないのですね」
「ん、何だ?一体何の話なんだ、兄さん?」
不安そうな表情で尋ねるレイン。
そして、アリシアが重い口を開いた。
「ダンテは、かつて任務で隊員を死なせてしまったことがあるのです。それも3人も」
「え!」
「そんな!?」
部屋の中は雷に打たれたような衝撃に大きく揺れるのだった。
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