15-1 ダンテ -皇帝との確執-
帝都ドレイドラータの皇帝の間。
絶対的権力者が座するこの部屋では、またも重々しい空気が二人の
一人目の
彼はエルゼ達から聞いたベイロックスの街及び秘密研究所での一部始終をアーティス皇帝に報告したところだった。一つだけ伝えていないことがあるとすれば、エルゼ達が研究所でシャングラの五大諸侯の一人、ウィレムと会ったという事実だ。このことを話せば、なぜ彼を捕えてこなかったのだとあの3人が責められることになってしまう。いつものお茶らけた雰囲気はどこへやら、表情は真剣そのものだ。
二人目はドクター・シン。秘密研究所で人間からモンスターを創り出す実験をしていた張本人だ。彼もまた真剣な表情をしているが、ダンテに比べるとどこか余裕がある。
その余裕を感じ取ったダンテはどこかおかしいと感じていたが、報告を受けた皇帝はしばらく熟考するため、沈黙を貫いている。こういう時はダンテもドクター・シンもただひたすら待つしかない。
「セドラス、セラム、ルーカイ、ヘルゲル。みな捕らえられるか、死んだわけか。そして、ベイロックスでは暴動が起きた結果、市民政府が樹立したと」
「仰る通りです、皇帝陛下」
ダンテが跪いたまま答える。ベイロックスの街はエルゼ達が研究所を後にしたときは未だに暴動中だったが、つい先日遂に市民側が勝利したという報告が入ったのだ。
「これは、余自身がベイロックスに赴かねばならんな」
「はっ!すぐに準備を始めます」
ダンテがきりっと返事をするも、皇帝は静かに静止する。
「待て。この準備はセラにやらせる。ダンテよ、貴公には他の任務を与える」
「はっ!」
跪き、任務の内容を待ったダンテは次の瞬間、自分の耳を疑った。
「貴公はシャングラ連合国に赴き、五大諸侯の一人、
「な、何ですと…?」
ダンテはあまりに予想外の任務内容に、凍り付いたように身動きができなくなってしまった。
自分はウィレムのことは伏せて報告したはず。なのに、何故皇帝陛下がそのことを知っているのか。すると、、、可能性は一つしかない。バッとドクター・シンの方を振り向く。
「あれぇ、エルゼ君や君の弟の報告の中にウィレムの名前はなかったのかな?」
ダンテは頭の中で一つ一つ順序立てて可能性を潰していく。ウィレムが本名を名乗ったのはエルゼ達との別れ際だと聞いている。その時奴はいなかったはずだ。奴は研究所でしかウィレムと顔を合わせていないし、その時ウィレムは偽名を使っているはずだ。
不敵な笑みを浮かべるドクター・シンの顔を見て、あることに気づく。
「まさか、、、その
「さすがだね。この
「ヘレンだと…?」
「そんな女がただの少年と一緒にいるはずがない。それに、あの少年は隠してはいたが、高貴な者にしか出せないオーラがあったし、何より純真で真っ直ぐな瞳を宿していた。あれは間違いなく名君の器を持っているよ。それこそあのアーサー王をも超えるかもね…」
「ふん。お前がそこまで言うとは珍しいな」
「全く、、、あの明らかに怪しい二人を見て、何も報告してこないなんて君の諜報部隊も名ばかりだね。少しは怪しまないと、諜報なんて務まらないよ?」
肩をすくめて馬鹿にしたような仕草をしているドクター・シンを見て、ダンテはあることに気が付いた。
この男は"エルゼ達がウィレムの正体を知っている"ということを知らない。
これはいつか何かのアドバンテージになると直感したダンテは、黙ってドクター・シンの嘲笑を受け流す。
二人の会話にしばし耳を傾けていた皇帝が再び話し始める。
「ウィレムは身分を偽り、研究所に潜入した挙句、シン将軍の大事な研究素体を何体も破壊し、捕らえていた者を連れ出したのだ。これは余に対する宣戦布告と受け取ってよい」
「しかし、陛下!彼がシン将軍が造られたモンスターを倒したのは不可抗力ですし、それに何よりまだ子供です」
「ダンテよ。余は、、二度は言わぬぞ」
皇帝の有無を言わせぬ口調にダンテはただ黙って従うしかなかった。
これ以上何かを訴えても、逆に自分が処刑になりかねない。最近もインハルトが処刑されたばかりだ。
「御意。しかし、少々お時間をいただければと存じます。そのヘレンという魔術師が護衛についているのでしょう?しかるべき準備が必要かと」
「ふむ。よかろう」
「まぁ、君なら楽勝だよ?」
ドクター・シンはヘラヘラとした態度で、話しかけてくる。さっきから余裕の態度でダンテに接するドクター・シンに対していい加減嫌気が差したダンテは、
「皇帝陛下。私から一つお願いごとがございます。この男に罰をお与えください。厳正なる判断を求めます」
「何故だ?」
皇帝は眉一つ動かすことなく問いかける。
「先ほど申し上げた通り、この男は人体実験を繰り返し、その被害はベイロックスの街全域に及んでいました。さらに、インハルト将軍の死体を使って造り出した化け物を使い、私の諜報部隊の隊員を殺そうとしました。これは明らかに帝国法に違反します。しかるべき処罰が必要かと」
ダンテは顔を上げ、祈るような目線を皇帝に向ける。
そして、ダンテを見つめ返した皇帝が発した言葉はまたしてもダンテにとって信じられない内容だった。
「そのような些事。水に流すのだ。良いな?」
「さ、、些事!?しかし…!」
「ダンテよ。余は、、二度は言わぬと言ったはずだが?」
皇帝の闇より深い黒き瞳に睨み付けられ、ダンテはまたもそれ以上何も言うことが出来なくなってしまった。
「今日の話は以上だ。他の諜報部隊の次の任務はこの書簡に記した。取りに来たまえ」
「はっ…」
ダンテがその書簡を受け取るために皇帝の元に向かう足取りはどこか覚束ないものがあった。
その書簡を受け取る際、自分なら素早く腰の短剣を取り出し、皇帝の首を掻っ切ることができるだろう。しかし、ダンテにはそれができなかった。できない理由は何だったのだろうか。自分でも言葉に言い表すことができず、ダンテが書簡を受け取る手は震えていた。
部屋を出る際に皇帝がダンテに尋ねる。
「して、ダンテよ。西のリブリアの森林地帯の捜索は完了したか?」
「はっ!しかし、皇帝陛下のおっしゃる古代遺跡のようなものは見つかりませんでした」
「そうか。。。ご苦労」
皇帝は労いつつも、心底ガッカリしたような態度だ。隣でダンテの報告を聞いたドクター・シンもこの報告には明らかにガッカリとした様子だ。
(一体、古代遺跡が何だっていうんだ??)
何の釣果を得ることもできずに皇帝の間を後にしたダンテ。
彼は肩を落としながら呟いた。
「あいつら3人に合わせる顔がない…」
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