14 イレーヌ -自らの出自-
シャルルがセルティナ草を手に入れるために旅立ってから幾日かが経過した。
レンツが毎日頑張ってくれてはいるが、父の容態が日に日に悪化していることはイレーヌにも分かる。
タイムリミットが刻々と迫り焦燥感が増す中、政務を終えたイレーヌは今日も父の世話をしていた。
「お父様…」
父は、倒れた初日こそきちんと話をすることができたが、段々と舌がマヒしてきているのか最近では呂律が回らなくなってきていた。
そこへエレンとエレナがやって来る。
「お姉ちゃん、お父さんは本当に大丈夫なの…?」
と二人共心配そうに見つめる。
イレーヌはこの前もこんな場面あったなと思いつつ、その時と同様気丈に答える。
「もう二人とも。お父様は大丈夫だって言ってるでしょう?」
「でも、お父さんずっとベッドで寝ているし、イレーヌお姉ちゃんだって最近疲れた表情しているよ?」
そう言うのはエレン。少し引っ込み思案なところはあるが、10歳ながらしっかりとしており、この調子で育てば将来は立派な王になるに違いない。イレーヌは自分が10歳の時は"パパ"と呼んでいたにも関わらず、エレンはもう"お父さん"と呼んでいるようだし。
イレーヌとしては、父が病に倒れた今でこそ自分が先頭に立ち政務を行っているが、将来的にはエレンが父の跡を継ぐのでもよいと考えていた。
「そうだよー。お姉ちゃんも休まないと!最近ずっとお仕事してるから綺麗なお顔が台無しよ!」
一方のエレナは7歳。遊び盛りで、普段はイレーヌも遊んでやっているが、今は政務で忙しくなってしまったため、あまり構ってやれていない。エレナも本当は「イレーヌお姉ちゃん、遊んでよ~!」と言いたいのだろうが、雰囲気を察しているのか言わないでくれている。この子もまたとても良い子で、将来が楽しみだ。
ただ、行く末楽しみな兄妹を見るにつけ、イレーヌには疑問があった。それは、"自分は本当に父の娘なのか?"ということだ。
イレーヌはサファイアのように輝く蒼い瞳を持つが、エドワード4世、エレン、エレナ、そしてエレナを生んですぐに亡くなってしまったイレーヌの母エレイーズの全員の瞳の色が灰色だ。
明らかにイレーヌだけが異なる瞳を持つ。
この子たちとは本当の兄妹ではないのかもしれない…。そう思うと自分のこれまでの時間が全て偽物になるような気がして、これまで父のエドワード4世にも真実を聞くことができずにいた。
そして、(こんなことはあってはならないが)もしもシャルルが間に合わず、父がこのまま亡くなるようなことがあれば、その真実は永遠に闇の中に葬られてしまうかもしれない。
そう考えると焦燥感は増すばかりだ。様々な感情に押しつぶされそうな今、エレナの"綺麗なお顔が台無し"という指摘は的を射ている。全く、7歳にして随分と本質を見抜いていることで…
「ふふ。ありがとうね、二人とも。お父様もお姉ちゃんもその気持ちで十分よ」
と"マグメールの至宝"らしい笑顔で言うと、エドワード4世は
「うむ…」
とだけ言った。彼はそれ以上の言葉を紡ごうとしているが難しいようで、イレーヌはその様子を見るだけでも胸が絞め付けられるようだった。
---
その夜、イレーヌはレンツを部屋に招いていた。
宰相アルシドと大将軍レオナルドは、現在王国北部のモントロワの街に駐在しており、エルドライド帝国の動向に目を光らせている。アルシドの策で
そして、王国の重要人物二人が不在である今こそ、イレーヌはレンツに確かめておきたいことが2つあったのだ。
「レンツ、突然呼び出してごめんね。一つ聞きたいんだけど、あなたは私が生まれた時のことを覚えているかしら?」
「もちろんですとも。あの日は大変雲が多くどんよりとした日でした。しかし、イレーヌ様が産声を上げたとき、その雲が一気に晴れ上がり、太陽が顔を見せました。その時、国王陛下と亡きエレイーズ様を始め王宮にいた全ての人が、この子は曇り空すら吹き飛ばすくらい天真爛漫で明るい方に育つに間違いないと大騒ぎしました。実際今のイレーヌ様を見ると、そのとおり、いやそれ以上かと思います。それがどうかしましたか?」
これまでもイレーヌが何度も聞かされてきた"イレーヌ伝説"だ。
「ねぇ、私って本当にお父様の娘なの?家族の中で私だけ瞳の色が異なるのはおかしいわ。あなたなら本当のことを知っているのではなくて?」
イレーヌの質問にレンツは言葉に詰まりしばし考え込んでいたが、意を決したように答える。
「、、、実は私も知らないのです。私がこの王宮に召し抱えられたのはイレーヌ様が7歳の時でしたから。今の話も人から聞いただけの話でございます。国王陛下なら、真実をご存知のはずですが…」
「そう。。。分かったわ。そのお父様の様子はどう?日に日に体調が悪くなっていくお父様を早く救って差し上げたいけど…」
イレーヌの質問にレンツは力なく答える。
「力不足で申し訳ございません。やはりセルティナ草がないと、治すことは不可能です。私も鋭意努力はしているのですが…」
「やっぱりそうよね。。。シャルルの帰りが待ち遠しいわ。それに早く父をこんな目に遭わせた奴を捕まえないといけないわ」
「そうですね。私も日々調べているのですが、中々、、、って、んん!?」
レンツが「しまった!」と思った時には時すでに遅し。イレーヌがしてやったりの顔でレンツを見ている。
「やっぱりそうなのね?お父様はご病気ではなく、誰かに毒を飲まされたのね」
「、、、はい、おっしゃるとおりです。国王陛下の症状は毒によるもので、恐らく王宮内の何者かの仕業です。今まで黙っていて申し訳ありませんでした」
観念したレンツは申し訳無さそうにイレーヌに白状する。
「いいのよ、レンツ。お父様の世話だけではなく犯人捜しまでやってくれて、あなたには本当に感謝しているわ。それで、これまでに何か手掛かりは得られたの?」
「はい。私はこう見えて大陸でも屈指の魔術師だと自負しております。魔法だけでなく、病についても相当勉強してきました。ですから私は以前国王陛下のお命は1か月ほどだと申し上げましたが、本当は2ヶ月くらいもたせる自信があったのです。しかし、今のペースではやはり1か月しかもちそうにない…」
レンツが何を言いたいのかイレーヌにはすぐに理解できなかった。
「それはつまり、何を意味するの?」
「私の日々の治療を相殺するようなことを行っている人物がいるということです。敵は我々の思っている以上に、、、身近な人物かもしれません」
レンツは声のトーンを落として言葉を発した。
「そんな…」
イレーヌはショックを受けたが、しかしそんなことでへこたれてはいけない。
「分かったわ、レンツ。明日以降、私たち家族とあなた以外は誰にもお父様に近づけさせないようにして。お父様専属の侍女も衛兵もダメよ」
レンツは自分も国王陛下に近づいていい一人として選ばれたことに、一瞬ほっと胸をなで下ろしたが、すぐに当然の疑問を口にする。
「しかし、、、それでは誰が国王陛下の身のお世話をしたり、部屋の警護をするのですか?」
「全て私がやるわ」
「それではイレーヌ様の負担が…」
「やるったらやるのよ。どのみちシャルルちゃんがセルティナ草を持って戻ってくるまでの辛抱だから大丈夫よ」
イレーヌのサファイアのように輝く瞳がより一層強く輝き、強い決意をみなぎらせている。それを見たレンツはそれ以上は何も言わないことにした。
「承知しました。そこまで仰るならお言葉に従いましょう。政務に関してはなるべく私に回すようにし、イレーヌ様のご負担を少しでも軽くいたしましょう」
「ありがとう、レンツ。これからもよろしくね」
「いえ、イレーヌ様。こちらこそよろしくお願いします。共にこの危機を乗り越えましょう」
レンツはイレーヌと固い握手を交わし、部屋を後にした。
しかし、レンツには不安があった。
(自分の身の回りのことすら全てシャルルに任せきりのイレーヌ様が、他人ましてや国王陛下のお世話などできるのだろうか…?いや、断じてできるはずがない。実際にやってみたら全くできずに、すぐに弱音を吐いて結局自分が世話することになるのではないか…?)
そう考えると、悪寒にも似た寒気がレンツを急に襲ってきた。
「あぁ寒い。最近、本当にめっきり冷えてきたな…」
自室に戻るレンツの足取りはどこか重かった。
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