13-8 ウィレム -運命の分岐点-

 レーゼの反射魔法で跳ね返されたヘカトンケイルの体の一部はそのまま彼自身に直撃し、胴体に再び大きな風穴を開けることに成功した。

「よし!」

「まだだ!また再生するぞ!」


「私に任せて!」

 そう叫びながらエルゼがヘカトンケイルの体の空洞に向かって"何か"を投げ込んだ。


 ヘカトンケイルの体がその"何か"もろとも再生し、

「ちっ、また振り出しか…」

 と、ヘレンが悔しそうにしたその時だった。


「氷結魔法奥義:地獄の氷コキュートス


 エルゼがそう呟いた瞬間、ヘカトンケイルの体の内側から幾重もの氷の結晶が突き出し、ヘカトンケイルは体の内側から粉砕され、バラバラになった。


「あ、、あれはまさか!マリー姉さんにもらった魔導器を奴の体内に投げ込んだのか!?」

 レインが驚愕するが、それ以上にヘカトンケイル自身が自分の体に起こったことを理解できていないようだった。

「グ、、ギギ??」

 バラバラにされたヘカトンケイルだったが、頭部は無傷で残っており、再びそこからの再生を試みた。

「そんな…」

 エルゼが無念そうに呟いたが、今度は少し様子が異なるようだ。

 ヘカトンケイルはもはや2ヤーン(≒4m)の体躯ではなく、元々の半分程度の大きさしかない。腕も4本しか再生しておらず、意識も混濁としている様子だ。

「グ、、ギ、、、??」


 希望は見えている。しかし、部屋の一同は満身創痍で、まともに動ける者はほとんどいない。


 そんな中、ウィレムが立ち上がり

「皆さん!あともう少しです!もう少しで奴に勝てます!」

 と先頭に立つ。

「皆さんには皆さんの使命があるはずです!こんなところで立ち止まるわけにはいきません!さぁ!共に行きましょう!」


「ちっ。。そこの少年がうるさいから目が覚めちまったよ…」

 とマリーが目を覚まし、立ち上がる。

「おい、レイン。あと一発くらいはまだ魔法撃てるだろ?」

「無理って言ってもどうせ撃たせるんでしょ…」

 と愚痴りながらレインも立ち上がる。

 エルゼがシャルルに

「まだできるでしょ?」

 と問いかけ、シャルルも

「ええ、もちろんです。あの少年の掛け声を聞くと不思議と力が湧いてきますね…」

 と力強く答えながら二人も立ち上がった。

 エヴァンだけは立ち上がることこそできなかったが意識を取り戻し、

「へへ、反射魔法とはな。ああ言えばこう言うのレーゼにピッタリだな」

と軽口を叩くので、元々エヴァンのことを心配そうにしていたレーゼが顔を膨らませる。

「うるさいわね。そんなこと言ってると守ってあげないわよ」

 最後にヘレンが、「ふふ。見てるか、アーサー?これもお前の血かね…」と感慨深そうにしながら立ち上がった。


「今日はとことん使われてやるよ!炎熱魔法:炎の渦フレイム・ヴォルテクス!」

 レインが唱えた炎の渦は再びマリーの大剣の周りで渦巻く。

 炎の剣を携えたマリーが突撃し、ヘカトンケイルが迎撃しようとするも、腕が4本しかないことに違和感を感じたのか、「…!?」と反応が遅れる。

 その隙を見逃さなかったマリーは、4本の腕のうち1本を綺麗に切断する。

「グギャア!」と悲鳴を上げるヘカトンケイル。切断箇所から腕は生えてこない。もはや再生はできないようだ。

 残った腕でマリーを攻撃しようとしたが、エルゼとシャルルが同時に後ろから斬り付けたことで、さらにもう1本の腕も失われた。ヘカトンケイルが悲鳴を上げる間もなく、ヘレンが風の精霊を呼び出す。

「万物を運びたる風よ、今こそ精霊として顕現せよ。召喚魔法:風の精霊シルフ

「行っちゃうよ~♪」

 シルフは風に乗り物凄い速さで体当たりし、肩の付け根あたりを貫く。こうして、短時間の間にさらにもう1本の腕が失われ、化け物はいよいよ「ギャアアア!!!」と発狂する。


「ほら、撃ってこいよ。この薄ノロ」

 壁に寄りかかるように座る満身創痍のエヴァンがヘカトンケイルを侮辱するような表情で挑発すると、発狂する化け物はもはや再生できないにも関わらず、残った腕をエヴァンに切り離し、投げつけてきた。

「へへ、バーカ。あとは頼むぜ…」

 エヴァンが弱々しくつぶやくと隣のレーゼが

「任せなさい!反射魔法:光子の結界フォトン・リフレクター!」

 と唱え、先ほどの映像の繰り返しの如く、ヘカトンケイルの腕は跳ね返され、胴体に大きな風穴が空いた。


「これで、、、終わりだ!おぉぉぉぉ!!」

 ウィレムが声を上げて突撃すると、ヘカトンケイルは残った足で踏みつけようとしてくるが、ウィレムはそれをスライディングで避ける。その様子を見ていたヘレンは「へへ、その動きは練習済みだったな」と勝ち誇った顔で呟いた。

 そのままウィレムは化け物の真下から、穴の空いた胴体もろともヘカトンケイルの頭部まで一刀両断した。

 真っ二つにされたヘカトンケイルは断末魔の叫びをあげることなくその場に倒れ、そのまま再生することもなければ動くこともなかった。


「終わった…」

 一同はやり切ったという達成感を感じると共に、虚脱感が襲った。

シャルルやヘレンのように疲れてその場で座り込む者もいれば、レインやウィレムのように歓喜で跳び上がる者もいる。

 エヴァンやマリーのようにヘカトンケイルから受けた傷でそれどころではない者もいる。エルゼやレーゼのように、怪我人の手当てをする者もいる。


 簡単な応急処置を終えると、エヴァンやマリーはまだ動くことはできないものの、話せる程度には回復した。

「エヴァン!大丈夫なの?」

 レーゼが心配そうに声を掛けると、エヴァンが

「へへ。。まだ大陸中の女性とデートしてないからな。まだ死ねない…」

 といつもの軽口で答える。

「ふふ。その調子なら案外大丈夫そうですね。もうレーゼさんを泣かしちゃダメですよ」

 とエルゼが声を掛けると、

「いやいや、僕は貴方ともデートに行かなければ…」

 エヴァンの軽口がさらに軽やかになったが、ぬるっと眼前に現れたヘレンにビクッとしてしまった。

「あ、、えーと、召喚魔法の。どうなさったので?」

「ふん、色男。そんなくだらないことばかり言ってないで、ちゃんとレーゼちゃんに感謝しろよ。あの子の反射魔法が覚醒しなかったら、私たちは今頃お陀仏だったよ。あぁ、あと…」

「ん?」

「ありがとよ。お前の頑張りがあったからあの化け物に勝てたんだ」

「へへ…」

 ヘレンが照れくさそうに言うので、エヴァンも照れくさそうに笑う。


 戦いに疲れ果てた一行が一息つこうとすると、急に建物全体が轟音を立て、崩れるような音がする。

「なんだ!?」

「さっきの戦いで重要な柱がやられたんだ!」

「え、てことは…?」

「まずい!この建物は崩れるぞ!」

「早く逃げないと!」

「でもどこから!?」

「あそこだ!あのクソ眼鏡が使ってた扉!あそこから出られるはずだろ!?」


 まだ万全に動ける状態ではなかったマリーやエヴァンを抱えながら、クソ眼鏡ことドクター・シンが使っていた扉から地上を目指す。


 何とか間一髪で研究所を脱出すると、そこはベイロックス平原のど真ん中とも言える場所だった。辺りはもう真っ暗で、月と星の光だけがウィレムたちを照らしている。風は無風と言ってもよく、周りの草木は死んだように眠っているような状態であったため、未だに聞こえてくる地下の建物が崩れ落ちる音が耳に響いていた。

「あの野郎、平原のど真ん中にこんな入り口作ってたのかよ」

「もうあいつが何を作ってようとあんまり驚かなくなってきたわ」

 エヴァンに対するレーゼの返答に、皆が妙に納得していた。


 しかし、エヴァンが軽口を言えるのもそこまでで、その場で倒れぐっすりと寝てしまう。それを皮切りに他の者たちも次々とその場に倒れ込み、皆死ぬように眠りに落ちた。そして、、夜が明けた。


 ---


 燦燦と白く輝く朝日で目を覚ましたウィレム。他の皆も続々と起き上がってきたため、

「おはようございます。皆さんはこれからどうされるのですか?」

 と質問すると、エルゼ達は帝都ドレイドラータ、シャルルは王都アンドラにそれぞれ帰ると答え、レーゼはしばらくエヴァンの傷を癒す必要があるので近くで療養したいという。


 すると、レインがレーゼに対して手紙を渡す。

「この平原を西に進んだ先にある山の中腹にクリンケイドという小さな村がある。そこには名医が住んでいるからエヴァンを診てもらうと良い。この手紙を渡せばタダで診てくれるはずだ」

「丁寧にありがとうございます。でもマリーさんは?」

「私なら大丈夫だ。鍛え方が違うんだよ。あっ、イテテ…」

 マリーは強がっているふうではあるが、実際一晩寝たことである程度回復した様子だった。

「マリーさん、本当に大丈夫なの?」

 エルゼも心配するが、マリーは強気に答える。

「バーカ。私たちは早く帰ってあのクソ眼鏡の悪事を全部報告しないといけないだろ?道草食ってる場合じゃないんだよ」


「ドクター・シンと言いましたね。あの男を止められるのはエルゼさん達だけです。奴をこのまま野放しにしてはおけません。お願い致します」

「もちろんよ。あの男は絶対に止めてみせる」

 エルゼとシャルルが固い握手を交わす。


「なぁ、俺たちの出会いは偶然だったのか?」

 レインの口からこぼれるかのように言葉が出てきた。

「ふっ。私たちは皆導かれるようにこの場所にやって来た。それは運命と呼べるかもしれないな」

 ヘレンが達観した表情で答えるとウィレムが呟く。

「その運命は僕たちに一体何をさせたいのでしょうか…?」

「私たちアルティマ教の信徒なら、"それはアルティマ神のみぞ知る"って答えちゃいますけど…」

 そこまで言ってレーゼは顔を横に振り、自分の言葉を紡いだ。

「けど、この出会いに意味を作るのはこれからの私たちの選択次第なんじゃないでしょうか?」

「レーゼちゃんの言う通りだ。私にはこの出会いに意味があるのかないのか、良く分からないけど、お互いこれからもそれぞれの道を全力で生きていく。答えを考えるのはそれからだろ?」

 マリーの言葉にエルゼが感慨深そうに呟き、レインも感動する。

「それぞれの道…」

「マリー姉さんはただの戦闘狂だと思ったら、たまに良いこと言うんだよな…」

「おい!"ただの"は余計だ!」


 全員バラバラの道を行くことに対してウィレムが

「そうですか。。。では皆さんとはここでお別れですね。名残惜しいですが」

 と、心底残念そうに言うと、エルゼが

「ふふふ。名残惜しいなんてアラム君は可愛いこと言うのね」

 と笑いながら答える。


 ウィレムは、今まで共に戦ってきた仲間たちに本当の身分を明かしていないことがもどかしく、ヘレンに目で問いかけるが、ヘレンは黙って首を横に振るだけだった。

 しかし、ウィレムは決意する。


「エルゼさん、皆さん。僕たちは一つ嘘をついていました。僕の名はアラムではありません。本当の名はウィレム。ウィレム・セレスフィア。シャングラ連合国の五大諸侯の一人です。そして、こちらのカレンの本当の名はヘレン。シャングラが誇る魔術師です」


 ヘレンが後ろで「あー、言っちゃうのかよ…」という顔をする中、想像通り一同はどよめきに包まれた。

「え、あなたそんなに偉い人だったの?」

「お、俺。お前とか言っちゃったよ、ごめんごめん」

 レインが恐縮そうにするが、シャルルが疑問を口にする。

「良かったのですか?言ってしまって?」

「いいのです。僕はあなた方になら言ってもいい。いえ、言うべきだと感じましたから」

 毅然とした態度ながら笑顔でそう答えるウィレムの後ろから丁度朝日が照らし、眩しくて直視するのが難しくなる。


「おいおい、まるで王の風格だな…」

「そうでしたか。。。先の戦いで最後に私たちを鼓舞した時、只者ではないと思いましたが…」

 エヴァンが感心し、シャルルが納得する中、マリーが

「ウィレム様よぅ。それは立派なことだけれども、私たちがあなたを帝都まで連行することは考えなかったのかい?」

 と聞くが、

「もちろん考えましたよ。けれど、あなた方はそんなことしないでしょう?」

 ウィレムに笑顔のまま見つめられたマリーはたまらず降参の仕草をした。

「全く、、、敵わないな。この若き王様には…」


「さぁ。伝えるべきことも伝えられたんだ。そろそろ行くぞ、ウィレム」

 ヘレンがウィレムに声を掛けると、エヴァンがボソッと

「あ、正体はバラしても、この人はウィレム王に対してやっぱりタメ口なのね」

 と聞こえないように呟いた。しかし、ヘレンには聞こえていたようで

「おい、クソガキ。昨日ちょっとお礼を言ったからって調子に乗るなよ。そんなケガしてなかったら殴ってるところだ」

 と今にも殴りそうな勢いで脅すので、ウィレムが慌てて「先生、やめてください~」と情けない声を上げながら後ろからヘレンを抑える。

 つい今しがた王の風格を漂わせていた人と同じ人物の行動だとは思えない光景が滑稽で、皆大笑いした。


 そしていよいよ別れの時がやって来た。


 無意識のうちに同じことを考えていたらしく、皆は同じことを口走った。


「この場所が僕/俺/私たちの運命の分岐点。いずれまた!!」


 そう言って、ウィレム達は南へ、エルゼ達は北へ、シャルルは東へ、エヴァン達は西へとそれぞれの道を歩み始めた。8人は誰一人として後ろを振り返らずに、真っすぐと各々の道を進んでいく。


 朝日はこれから別々の運命へと足を踏み出す8人を応援するように眩しく照らしつける。

 一方、冷たい風に揺られて音を立てる草花は、まるで仲間たちの別れを惜しむかのように泣いているようだった。

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