もよりがリアルを救う法

naka-motoo

大切なのはあなたのココロと誰かが言ってくれたなら万年雪も融けるはず

 もしもわたしが一番ならば。


 世界を遍歴したでしょう。


「もよちゃん、おはよう」

「あ、おはよう、ちづちゃん」


 ちづちゃんはわたしの通う聖悟せいご女子高校で同じクラス。


 女子校というからにはふたりとも女子高生だから。


 それから、わたしは自己の属性を紹介するときに面と向かっての場合はわざわざ女子高生です、なんて言わない。


「高校2年生です」


 って言う。


 付け足すならば、バドミントン部員です、って答える。

 へえ、聖悟の?って県内の人ならばみんな一様に聞いてくれる。それぐらい強豪なんだ、ウチの部は。


「もよちゃん、昨日確認して貰ったエピソード、投稿したからね」

「いやー、文芸部部長に書いて貰うなんて思い返すごとに照れるなー。でもちづちゃん」

「なに」

「異世界とかファンタジーとか書きたいんじゃないの?」

「ううん」


 彼女ははっきり言った。


「リアルにしか興味がないの」


 授業が終わって部の練習に行くと、いつも冷やかされる。


「おー。文芸部部長どのがまた取材に来てるよー」

「もよりー。女冥利に尽きるねー」

「そんなんじゃないから。わたしのことはともかく、ちづちゃんをバカにしたら部活辞めるからね」

「ご、ごめんごめん!辞めないで!」

「・・・・・まあ、10年連続インターハイ、ベスト4以上を続けてる我が聖悟女子のキャプテンがそうおっしゃるならば敢えて辞めるまでではないけど」

「もより様!伏して伏して!」


 まあ、実際、さつきから頼まれたら絶対断れないけどね。


『全人格をもって部を運営する』


 全国からスカウトされた100人の部員を擁する大・聖悟を、恐怖政治でも媚びでもなく、そのまんまの温かなココロと自律の行いとでまとめてるさつきだから。


「ちづちゃん。寒くない?」

「あ、もよちゃん。ごめんね、いつもいつもお邪魔しちゃって」

「いい構図、描けた?」

「うん」


 ちづちゃんは体育館のコートの隅に温かなクッションを敷いたパイプ椅子に座り制服の上からコートとマフラーと毛糸の帽子で完全武装してスケッチしている。背中とお腹にカイロも貼っているって以前言ってた。


「どうかな」

「お・・・・・今日もかっこいい」


 ちづちゃんはコートで試合形式の練習をしている部員たちを骨組みみたいな人の形にスケッチしている。


「これ、もよちゃんね」

「わたしこんなに高くない」

「ジャンプしてるの」


 ちづちゃんはわたしをモデルにしたバドミントンの小説を書いている。


 強豪女子校バドミントン部の第二シングルス、っていう設定と、さらに親兄弟が全員研究者で東京と京都に散らばっていて、ひいばあちゃんとふたりで実家を守っている、っていう設定までまるで同じ。


 当然固有名詞は全て架空だしエピソードもちづちゃん自身が考えて書いてるんだけど、わたしがこう言ったら叱られた。


「ちづちゃん。リアリティがあるね」

「もよちゃん。リアリティじゃダメなの」

「え」

「フィクションなのは間違いないよ。創作だから。でもね、小説の中で動いているキャラたちは生きてるリアルじゃないとダメなの」


 そっか。


「あなたでありわたしじゃないとダメなの」



「ひいばあちゃん、ただいまー」

「ああ、お帰り、もよちゃん。練習疲れたろう?」

「平気だよー。みんなはまだまだこれからだからさー」

「すまんことだねえ。せっかく素質があるのにもよちゃんには寮生活もさせてやれんし、家事をやってもらわんといかんから朝練習も夕方も早めに切り上げさせて・・・・・・」

「ひいばあちゃんのせいじゃないよ。父さん母さん兄ちゃんが自分の趣味ばっかやってるからだよー」

「みんな偉い学者さまで仕事なんだからそんなこと言うもんじゃないよ、もよちゃん」


 わたしはひいばあちゃんと一緒に台所に立つのがほんとうに好きだ。

 ひいばあちゃんの歳を考えたら立ち仕事は申し訳ないんだけど、出汁を取ったり食材の下ごしらえをしたりといった作業が年季が入っていて惚れ惚れする。


「ほほ。ワシは嫁いだばっかりの時はまったく料理が下手くそでの。お姑さまに拾ってきた猫みたいに叱られてたもんさ」

「へえ。ひいばあちゃんのお姑さんて厳しかったの?」

「厳しい厳しい・・・じゃが、合点がいった厳しさじゃったよ」

「?」

「お姑さまはの、そのまた上の大姑さまにほんとうによく仕えておった。と、いうよりも大姑さまに心服して大姑さまのおっしゃる通りにお寺さん・氏神さん・神棚・仏壇への奉仕やらお給仕やらに怠りなかったの」

「へえ・・・・・・」

「正月に天神様の掛け軸をお出しするじゃろう?」

「ああ・・・・『お兄ちゃんの』天神様ね」

「ほほ、もよちゃん、ひがむでないよ。あの天神様の掛け軸はの、大姑さまの代でお買いになったものなのさ。そういういわれもお姑さまは丁寧にワシに引き継いでくださっての」

「へえ・・・」

「その昔、九州の太宰府に謀略によって左遷されてしまわれた菅原道真さまはそれでも皇室をお恨みなさらずに変わらぬ忠節の心を尽くしてお過ごしになられた・・・・学問の神様というのは頭がいいとかそういう話じゃないぞね」

「じゃあ、どういう話?」

「ほほ。もよちゃん、反抗的じゃの」

「だって・・・兄ちゃんみたいなのが偉い学者だなんて思いたくない」

「そう言いなさるな・・・・菅原道真さまが学問の神様たるゆえんはの、その真心にあるのじゃ」

「真心?」

「それも単に自分勝手に世の中を救いたいというひとりよがりではないぞ。良かれと思った施策がとんだ悪政じゃったということは大いにあることじゃからの」

「じゃあ」

「天に伺いを立ててほんとうに世のためになることはなにかと考え抜く。そのためには自分の出世やら成功やら私利私欲が完全に無い人格でないとならん。無いからこそ菅原道真さまは左遷されてしまわれたんじゃがの」


 ひいばあちゃんやお姑さまや大姑さまこそ、ほんとうに賢い学者なんじゃないかと思う。


「もよちゃん、どうしよう」

「?どうしたの?ちづちゃん?」

「受賞しちゃった」


 二月の一番寒い時期のことだった。


 ちづちゃんから2次選考に残っていることは聞いてたけど、まさか大賞を獲るとは思ってなかった。


 わたしをモデルにした長編が。


「ち、ちづちゃん、顔とか出るの?」

「わ、わかんない。でも、出たくない。あ、そうだ!」

「な、なに・・・・」

「もよちゃんが顔出して!」

「え!やだ!」

「だって、主人公なんだから・・・・」

「やだよ!」


 結局、ふたりして飛行機に乗って東京まで授賞式に出かけた。どうしてもちづちゃんは一人で行きたくないって言い張ったから。


 授賞式の会場は神保町の老舗ホテルの貸し会議室で、ほんとうにささやかな式だった。


「おめでとうございます。一言お願いします」

「ええと・・・・・・ありがとうございます」

「・・・・・・・・・・・・あの」

「はい。一言申しました」

「あの、もう二言三言」

「う・・・・・はい・・・・・・」


 ちづちゃんがジャケットの胸ポケットから折り畳んだA4の用紙を取り出した。微笑む会場。


「わ、わたしは地方の高校の文芸部で細々と小説を書いて、御社のサイトに投稿するのが青春のすべてでした。本当に何もない田舎で、内田百閒先生の随筆みたいな徒然なる短編を投稿して数人の方のPVや応援のコメントをいただいてそれを励みに書いていました。長編など自分には書けないだろうと思っていたからです。そんな時、わたしのクラスのもよちゃん・・・・・・もよりさんが、バドミントンがものすごく強いって聞いたんです」


 お。

 わたしの話・・・・・


「もよりさんはわたしの生活と比べると本当に小説みたいな生き方をしていると思いました。はっきり言って妬みました。でも、彼女の生活を全部見てみると・・・・・随分と色んなことを他のひとたちに譲って生きているな、って思ったんです」


 ありがと、ちづちゃん・・・・・・


「詳しくはわたしの小説をお読みください、っていう宣伝なんですけど、色んな制約条件の中で生きているもよりさんを、彼女の人格のままでわたしの小説の中で『振り切らせて』あげようと思ったんです。なので小説の中で彼女はオリンピックのミックスダブルス代表に選考されます・・・・はっ!」


 小説を出版する予定になっている出版社のひとたちを見てちづちゃんが大慌てする。


「ご、ごめんなさい!ネタバレですよね!?この部分は記事にしないでください!」


 みんな和やかに笑って、式は終わった。


「ちづちゃん、改めましておめでとう!」

「ありがとう、もよちゃん。もよちゃんのおかげ」


 わたしとちづちゃんはささやかな祝勝会を帰りの飛行機を待つ空港のカフェで行った。


「もよちゃん。わたしはもよちゃんのおかげで自分のやりたいことができたけど・・・・・もよちゃんは?」

「え?わたし?」

「もよちゃん、ほんとはバドミントンに集中し切って、オリンピック目指したいんじゃないの?」


 どうだろう。


「ひいばあちゃんがね」

「え?もよちゃんのひいおばあさま?」

「うん。天神様の話をしてくれたときに言ったのね」


 こくん、とうなずくちづちゃん・・・・やっぱりかわいいね。


「花は枯れないと種ができないんだよ、って」

「わあ」


 ちづちゃんもわたしと同じ反応をしてくれた。


「なんか、次元が違うな、って思ったけど・・・・・・でも冷静に考えたらみんな東京とか京都とか行っちゃってて、わたしが県外の大学にバドミントンの推薦で進学するのは無理だよね」

「ひいおばあさまを一人にできないから?」

「ううん。ひいばあちゃんのせいじゃないよ。もともとほんとうはやらなきゃいけないことがあるのをみんな知らないフリしてるだけで・・・・お正月にもほんとは兄ちゃんが天神様のお軸にお給仕しないといけないのにわたしがやったりとか」

「わかる」

「わかってくれて嬉しい。もし制約条件の中で考えるとしたらね」

「うん」

「やっぱり通勤可能な近隣県で就職だよね」


 春休みを前に、わたしは監督から告げられた。


「もより、お前は退部だ」

「えっ」


 そして春休み、わたしは監督推薦で隣の県の実業団チームのホームコートに立っている。


「もより!詰めが甘い!」

「はい!」


 ネットを挟んでコートの正面に立っているのは東上さん。


 女子シングルス全日本選手権の覇者にして世界ランキング2位の文字通り女王だ。


「給料貰ってるんだから死ぬ気で打ち込め!」

「はっ、はっ、まだインターンなんで給料出てません!」

「ここに通う交通費貰ってるだろ!?お弁当も食っただろ!?おんなじおんなじ!」


 東上さんは女子で唯一スマッシュの初速が400km/hの桁外れの身体能力を持つ。

 その東上さんが遠慮会釈無くわたしのコートに角度のついたジャンピングスマッシュを叩き込んでくる。


 コースも緻密に打ち分けて。


「息が上がった状態で思考するんだ!授業で先生の話聞いてたのか!」

「べ、勉強は苦手なんです!」

「知らないよっ!ウチの社員はバドミントン部員だろうが工場の三交代だろうが五体を動かしながら常に思考してんだ!それが社会人だ!」


 21-0

 21-0


 ストレートのラブゲーム。


「わたし、クビですか」


 実業団の監督に訊いたら即答された。


「モト取るまで絶対辞めさせねえからな、この野郎」


 わたし、野郎じゃないんだけど。

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