そのまま、枯れろ

naka-motoo

いずれこのまま枯れ果てて、そして僕は種子を育てよう

「アンタ、自分のことはもうさて置くことだね」

「はい」


 泰助は100坪ほどの敷地に建坪率ギリギリに建てられた木造二階建ての台所で姑から告げられた。

 それは提案でも妥協案でもなくましてや対案でもなかった。


『海外から地元に来た研修生支援のボランティアに参加したいんだ』

『その前に私らをなんとかしてくれ』


 その後に上記の言葉が続いた。


 即答ということは常日頃から老人たちはそう考えていたということで、ただし泰助の申し出も泰助が日頃から思い描いていたものではあった。


 泰助の『ボランティア』はある意味代替案だった。


 自分に対しての。


「泰助さん。ごめんね・・・・父さんも母さんも、本音をそのまま言ったってことは泰助さんを頼りにしてるってことだから」

「わかってるよ。僕の方こそわがまま言って申し訳なかったね」


 妻の日奈からかけられた言葉を置いて泰助は出勤した。


 フロントグラスの左右を視線は前に向けたまま視野の範囲で見える景色は一日として同じものはなかった。

 国道の脇に騒音覚悟で建ち続けている家もターゲット層の顧客が訪れることなど皆無と分かっていながらそこで営業し続けなくてはならない老舗の棒鯖寿司屋も本音をぶちまけたらこうだろう。


 勝手に道を造りやがって。


 景色が毎日違うのは彼女・彼らの内面が移ろうからだろうと泰助は思った。

 物理的な変化の中にはココロの動きも当然含まれて、そのココロの動きというものも結果として体内を駆け巡る様々な分泌物という物理現象となって、そしてそれは彼女・彼らの顔色やら呼気吸気の温度の変化となって現れ、人によっては『吐く息が白い』などと言えば純文学的と誤解されるような極めてステレオタイプの表現すら微妙に異なっていて、つまりそれが景色となって現れるのだ。


『大いなる世の流れの一員なのだ』


 そうつぶやいた純文学者が居たらしいが、泰助の人生の流れに対してその言葉はまったく何の影響も及ぼしていないし、むしろ泰助にしてみればこう思った。


「一員じゃなく一因でしかないじゃねえか」


 舅・姑と居る時間を仕事に没頭することで削り、結果として給与体系での自分の位置を年次に比した上昇以上に押し上げてきた自分がもし今『花を咲かせたい』と思ったとしたら少なくとも老人二人分の人生設計を崩すことになるのだろうと思った。


 人生設計。


 老人の。


 将来的展望。


 哀れなる老人の。


 だから泰助は始業の時間にはまだ十分な余裕があったので、ハザードランプを点滅させて国道の路肩に寄せて車を停めた。


「綺麗だ」


 泰助が定点観察のように毎朝車を止めるのは、廃棄物処理業を営んでいた企業の跡地。


 支柱が錆びたために折れた企業名の入った看板が倒れて、けれども誰も警察にも消防にも通報していないままの状態で置いたまままになっている。


 未処理のまま残された金属の山。


 その、隙間に、草が生えている。


 花など咲かない、草が。


 枯れて、そのまま置かれていて、けれども泰助は、その草の、種子のつけかたを。


 知りたくてしょうがなかった。

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