第3話 マヨネーズとデザートイーグル
「「いただきます」」
二人で手を合わせ、口をそろえる。待ちに待った義妹特製ビーフシチューの時間だ。
スプーンで救ったやんわりと湯気の立ち上るそれを、俺はずずっと一口。
「どう? おいしい?」
「ああ。めちゃくちゃ美味いな」
「ふふっ。よかったぁ」
俺の感想を微笑みで応じた後、エリィもビーフシチューに手を伸ばした。
エリィの作ったビーフシチューは予想を遥かに超える美味さだ。
素材にも多少のこだわりがあるのかもしれないが、このバランスのいい口当たりは巧みな調理テクニックあってのものだろう。
これから毎日こんな料理が食えるなんて、夢みたいだ。
それに、二人で口を揃えて「いただきます」だなんて、もしかしたら初めて言ったかもしれない。
いつもは一人だし、効率重視でカップ麺やカロリーバーで済ませることがほとんどだった。
これが家族の温かさとかいうやつなのかな、なんて柄にもないことをつい考えていると。
「えいっ」
ぶちゅううううううう……。
「はぁ!?」
なにやってんだこいつ!!!
俺が家族愛とは何ぞやと脳内であれこれやっているうちに、エリィはビーフシチューにマヨネーズを大量に投下し始めた。
「なに? どうかした?」
「いやいやいや。せっかくこんな美味しいのに、そんなことしたら台無しだろ!」
「なんで? マヨネーズ入れると美味しくなるんだよ? お兄さんも入れる? 入れるよね? はいっ!」
ぶちゅううううううう。
「おいいいいいいいっ!」
は? ふざけんなよこいつ。
俺のビーフシチューは一瞬にして薄黄色の海と化し、最早ビーフシチューの面影はどこにも見当たらない。
「はいっ。これでもっと美味しくなったよ!」
「ちっとも美味しそうじゃねーよ! 少しならまだわかるけど、こんなんもうマヨネーズそのものだろ! 美味いわけあるかよっ!」
マヨラーとは言っても限度というものがあるだろう。
そんな俺の猛反発を皮切りに、エリィの目つきが豹変。
「……それ、どういう意味?」
立ち尽くす俺をエリィは不自然なほど落ち着いた眼差しでじっと見上げてくる。
「どういう意味って。そのまんまだろ。こんなの食えるか」
「要するに、お兄さんはマヨネーズが不味いと」
「そのまんま食うもんじゃねえだろ。第一、俺そんなにマヨネーズ好きじゃないし。脂っこいし、なんか匂いもちょっとくさ……えっ」
——カチャッ。
俺の額に、いつの間にやら冷たく固いものが当てられる。
手になじんだ、長く使いこんだものなのだろう。一瞬ふわりと硝煙の香りが鼻についた。
トリガーに添えられた真っ白で細い指が、眼前にある。
大型自動拳銃——デザートイーグル。
未成年の女がなんてもの持ってやがる……っ!
「な、なにしてんの……?」
「ん? うざいから。殺そうかと思って」
「なっ! ちょ、待て! 落ち着け!」
「見てわからない? 私は十分落ち着いてるけど」
この目はマジだ。殺しに慣れた目つきだ。
目の前の人間を一撃で葬り去ることだけを考えているに違いない。
一歩でも動いたらどうなるか、容易に想像がつく。
動こうとすれば、その瞬間に躊躇なくあの引き金が引かれることだろう。
言わずもがな、俺の頭部は一瞬で吹き飛ぶ。
でも、こんなのはあんまりだろ。どう考えたってビーフシチューをマヨだくにするやつの頭がおかしい。
「と、とりあえずエリィ! 一度俺の話を聞いてくれ!」
「なに?」
冷酷な眼差しのまま、エリィはまっすぐに俺を見つめる。
「あのな、その、エリィのビーフシチューはものっすごく美味い! 本当に! 正直こんな美味いビーフシチューは初めて食った!」
「ふ、ふぅん……」
ぴくり、一瞬エリィの眉が動く。額に当てられた銃口もわずかにずれる。
どうやら会話には応じてくれるらしい。
「だからな、その、まずはマヨネーズ抜きでもう少し堪能したかったんだよ!」
事実、エリィのビーフシチューはめちゃくちゃ美味かった。
だからこんなマヨネーズまみれにする必要なんてどこにもなかったんだ。
「……言いたいことはわかったけど、じゃあマヨネーズトッピングバージョン食べてよ。美味しいから」
「え、ええっとそれは……」
こいつ正気? 馬鹿なの?
お前の目にはこれがどう映ってんのか疑問でしかないが、誰がどう見ても最早マヨネーズでしかないぞ。
「はやく」
ぐぐっ。
デザートイーグルの銃口が、俺の額に強く押し付けられる。
脅迫ですよね、これ。
「わ、わかった、食う! 食うから! 一旦銃置こう? な?」
俺がそう諭すと、エリィはようやくゆっくりと銃を引っ込めた。
「はい。食べて」
「お、おう……」
死の淵から解放され、俺は汗ばんだ手でスプーンを持ち、マヨネーズの塊を掬った。
義妹エージェント 亜咲 @a_saki
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