誓い 特技習得 混沌を破る術
宿舎の中庭で、私は手のひらに収まるほどの石を睨んでいた。
それは魔境の影響を受けた物品、とはいえ実のところは単に魔境に落ちていた石だ。
しかし、それは私ですら周囲と自然律に隔たりがあることを理解できるもの。
それを標的として、
己の
では、私のもとに下る天恵とは何だろうか。
聖印の映し出す、私自身の心の内とは何であろうか。
自らの有り様が混沌を討つものであればと、最初に浮かんだのが破邪の印だった。
混沌の持つ異界の理にひびを入れ、この世界の自然律の影響を強く与えさせる力。
(それと知っていても、使えたと思えたことはなかった力だ)
君主の子として生まれ、様々に謳われた力のことは知っていても。
私自身が天恵と呼ばれる力を振るえたと実感したことはない。
だが、戦場で天恵を目にしたことは何度もあるというのに、何を知らないだろうか。
自身から石までと、その周りの光景をぼんやりと見ながら、ふと思い至った。
(ならば、私が知らないのはそれを振るう持ち主の、心の内だろうか)
君主の心を写して与えられる力なら、現象は影、内心こそ光であるかもしれない。
私にその力を与えることができる、そんな感情は何なのだろうかと、自らに問う。
そうして、自らの内面を理解するために幾度目にもなる回顧に耽る。
魔法師の卵として教えを受けたかつてのように。
・・・・・・
まずは目を閉じ、少しずつ、感覚を抑え込んでいく。
飛び込んでくる光、伝わってくる香り、外からの音を、触れる風を、閉ざしていく。
そうすると、そうするがゆえに、自分の中にある感覚が強く浮き上がってくる。
止まらない心臓の音が、巡る体液の間隔が、自分の中の思考が、広がっていく。
(自分の願いに、向き合わなくてはならない)
軌跡を忘れないための力が、なぜこの形になったのか。
初めて手にしたときの、誓いに、願いに思いが及ぶ。
あの男が、仇である彼から力を授けられた時に抱いた思い。
それは、その場にいたほかの誰かに向けた思いではなかった。
「わたしは、
私の中から湧き出した言葉を口にして、初めの誓いに辿り着く。
わたしが、私自身を勝ち取るためには、己との縁を確固たるものにするには。
その精神の具現が、他人がいつでも取り上げられるようなものであっていいのか。
その問いを抱くということは、同時に私は答えを決めているということである。
(私はこの聖印を捨てなければならないだろう)
外とのつながりを切った今、自分の中にある
私を従属させる、彼と私を結び付けるこの力が、私の中に巡ることを確かめる。
それは決して私を苦しめるものではない、これがあったからこそ生き延びられた。
けれど、それでも溢れて止まらない、自分の中の確信を確かめる。
(私が、自ずから立ち上がるための縁が、誰かのものであってはならないのだから)
中庭には風は渦巻かない、けれど、なでるようなそれを確かめる。
人の声、生き物の鳴き声、そばだてずとも聞こえるすべての音を意識する。
気に留めねば気付かないような香りを、無意識に受け止める自分に戻る。
そして、空に浮かぶ、誰のものでもない光の中で目を開く。
「わたしは、この聖印を捨てるために、混沌をこの力で打ち払う」
誓いの言葉を、自分の意志で紡ぐ。
その思いは淡い光となって、標的に宿る混沌を振り払った。
目の前にある石は、確かに周囲と自然律を同じくしている。
見た目には、何の変化も起こしておらずとも。
・・・・・・
(もちろんこれでも、死ぬ可能性の方がずっと、高いけれど)
聖印の創出は、なにも始祖君主だけの業ではない。
けれど、それに挑み命を失うものも、少なくはない。
(わたしは混沌核を勝ち得て、聖印を返上し自ら勝ち取る)
しかし、従属させた主の死なしで独立聖印を得る術は、他にない。
仇であろうと彼の死など、わたしは求めていなかった。
(この手で混沌を浄化し、己自身の聖印を創るのだ)
混沌を治め、聖印に至るのはあらゆる君主の在り方だ。
誰かの命を奪うことで辿り着く必要など、ないはずだと信じている。
(そう、決めたんだ。契約書にない、己自身の意志で)
不意に緩んだ口元は、しかしすぐさまにきつく結ばれた。
自分に結び付いた何かが不意に解けて、そしてわたしは、気づいた。
「隊長の気配が……、消えた?」
鳩は平和を、雲雀は何を?~見習い君主の行軍録~ @H_hisakata
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